
パリの中心部から西へおよそ30キロ。サン=ジェルマン=アン=レーを抜け、イヴリーヌ県の長閑な風景の中を進むと、モルドゥル川の谷間に位置する小さなコミューン、モール(Maule)へと至る。古代ガロ・ローマ時代から交通の要衝として人が定住し、現在も伝統的な石造りのファサードが街並みを形成するこの地は、パリ近郊という立地でありながら、独自の穏やかな時間を保ち続けている。
【画像】「見せびらかす」のではなく、車への愛情をオーナー同士で分かち合うのがフランス流の自動車文化(写真29点)
この日のパリは、ここ数日続く穏やかな晴天に恵まれていた。日中の気温は春のそれで、コートの前を開けたくなるような陽気である。サン=ジェルマン=アン=レーを後にし、イヴリーヌの丘陵地帯へと車を走らせると、パリ近郊であることを忘れさせる風景が広がった。なだらかに起伏する丘と、見通しのよい快走路。前を行く一台のクラシックカーが左のウインカーを出す。目的地はおそらく同じだ。モールへ向かう道すがら、こうして何台かの愛車と自然に合流していく。それもまた、この集会ならではの序章だった。
この静かな村の休日の朝が、ひと月に一度、確かな熱気を帯びる。毎月第4日曜日の午前、村の中心にある公民館と映画館に面した広場(アンリ・デュナン広場)を舞台に開かれる「レトロ・モロワーズ(Les Rétro Mauloises)」の定例ミーティングだ。発足から10年以上の歴史を持つ同クラブが主催するこの集会は、格式張ったコンクール・デレガンスとは対極に位置する、地元エンスージアストたちの純粋な交差点である。エントリーも審査も存在しない。ただ走ってきた車と人が集まり、コーヒーを飲みながら朝の数時間を共有する、それだけでいい。
木立に囲まれた広場に足を踏み入れると、戦前の古き良きヴォワチュレットから、シトロエンDSやアルピーヌといった自国のヘリテージ、ACコブラやデロリアンといった異彩を放つ名車、そしてホンダCB750フォアやシビック・タイプRといった日本車まで、時代も国境も超えた顔ぶれが肩を並べる。二輪もまた例外ではない。カフェレーサー仕立てのBMW R100が朝の光にメタリックブルーを輝かせ、その傍らではウィンタータンデムを想起させる革張りのサイドバッグを下げたR60/5が静かに佇む。ヴェスパとホンダCB750フォアが隣り合う光景に、誰も違和感を覚えない。
運営側から参加者と地元住民に温かいウェルカムコーヒーが振る舞われ、オーナーたちは車格や年式の垣根を越え、開け放たれたボンネットを前に濃厚な技術論や歴史的背景について語り合う。パナール・ディナZの極小フラットツインを前に人垣ができ、アミルカルのエグゾーストノートが広場に轟き、プジョー203のエンジンルームに置かれた古いEsso缶が笑みを誘う。どの車の前にも、必ず誰かが立ち止まっている。
ここに「他者に見せるため」の虚飾は介在しない。あるのは、自らの手で愛車を維持し、週末の朝の数時間を走る喜びに費やすという、フランスに深く根付いた生きたモータリゼーションの姿である。スペックやオークション価格といった無機質な数字ではなく、その車がかつてどのような時代背景のなかで生み出され、現在誰の日常を彩っているのか。実走によって刻まれた各車の年輪と、世代を超えて集う人々の熱量が交差するモールの広場は、フランスにおける自動車文化の成熟そのものであった。
写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI