アイザイア・コリアー、コルトレーンの系譜を継ぐサックス奏者が語る「戦争の時代に立ち向かうジャズ」

サックス奏者のアイザイア・コリアー(Isaiah Collier)は突如現れた。リリースされたアルバムが人づてにひっそり話題になり、いつの間にかメディアでも紹介されるようになった。2023年ごろにはダウンビート誌の批評家投票のライジングスター部門でも名前が出るようになり、レビューでも高評価を得ていた。2024年には同誌の定番企画「25 for the Future」(ジャズの未来を担う25人)にも選ばれ、翌2025年には”The Next Sax Giant!”という見出しと共に表紙を飾った。そして気づけば、世界中のジャズフェスから引っ張りだこに。1998年生まれ、まだ20代の若手に対する期待度の高さがうかがえるだろう。

2018年、当時20歳だった彼は、自身のバンド「ザ・チョーズン・フュー(The Chosen Few)」を率いてデビュー作『Return Of The Black Emperor』をリリース。そこからアイザイア・コリアー&ザ・チョーズン・フュー名義で3作、単独名義で2作、I AM名義で1作、The Ancients(ウィリアム・フッカー、ウィリアム・パーカーとのトリオ)名義で1作と、これまで計8作品も発表。ほぼ1年に1作ペースでリリースを続けているわけだが、そのすべてがマイナーなインディーレーベルから送り出されたもの。彼はメディアで大きく取り上げられるようになってからも、著名なレーベルとの契約をせずに成功を掴んだ。

しかも、その音楽性がどう聴いても、ジョン・コルトレーンやファラオ・サンダースの系譜のジャズだったことも驚きだった。現在の主流でもあるハイブリッド志向ではなく、90〜2000年代的なコンテンポラリーでもなく、まるで1960~70年代からタイムスリップしてきたかのような、もしくは当時のレコードの再発だと言われても信じてしまいそうなサウンドを奏でている。だから当初は、いわゆるジャズのリスナーというよりは、レコード好きやDJから「スピリチュアル・ジャズ」として歓迎されていた印象だ。にもかかわらず、20代でダウンビート誌の表紙を飾るほど、アメリカの批評筋からも高い評価を獲得している。

〈Brainfeeder〉やLAヒップホップシーンとの絡みで台頭したカマシ・ワシントンや、UKジャズの勃興と共に知られるようになったシャバカ・ハッチングスらとは違い、シーンに支えられることもレーベルの力に頼ることもなく、自分の力でここまで登り詰めたアイザイア・コリアー。異例の快進撃を続ける彼が、4月2〜4日に東京・丸の内コットンクラブでの初来日公演を前に、国内初インタビューに応じてくれた。

音楽のルーツ:教会、シカゴ、コルトレーン

―もともと教会で演奏していたそうですね。

アイザイア:育ったのがバプテスト派の教会だったので、讃美歌やスピリチュアル、リチャード・スモールウッド、タイ・トリベット、フレッド・ハモンドといった当時活躍していたゴスペルの音楽家をたくさん聴いていた。ただ面白いことに、教会で演奏するようになったのはサックスを始めたあとだ。それまでは演奏せず、”聴く”専門だった。最初は聖歌隊で歌っていた。そしてサックスを学ぶようになると、それまで”歌”で聴いてきたものをホーンで音に変換するようになったんだ。

―Chicago High School for the Artsに通っていた高校時代についても聞かせてください。

アイザイア:今の自分を形成する経験だったと思う。というのも、僕らの学校はセロニアス・モンク・インスティテュート(現:ハービー・ハンコック・インスティテュート)と提携していたので、その恩恵を受ける機会があったんだ。一つの高校のコンボが選ばれることもあれば、全米のパフォーミングアーツ系の学校から一人ずつ選抜され、いわばスーパー・グループとしてツアーに出ることもあった。僕自身も、15歳の時に初めてそうしたツアーを経験した。

その体験を通して世界を知り、物事をどう捉えるかを学んだと思う。コンクールのために準備して、演奏したら、あとは日常に戻る……っていうんじゃない。音楽を仕事として続けていくことには浮き沈みがある。レパートリーを覚えるプレッシャー、時間厳守、プロとしての意識。そういったことを学び、それが今に至るまで続いているんだと思う。

―大学時代、Brubeck Instituteでの経験についても聞かせてください。

アイザイア:刺激的ではあったけど、同時に、人生の大きな移行期だったと思う。その頃までに僕はたくさんの経験も積んでいた。でもそれは身近に整ったサポートがある、言ってみれば守られた環境の中にいたんだ。ところが18歳になって、突然新しい環境に飛び込むことになった。しかも地元から何千マイルも離れた土地でね。それまでに与えられてきたものを全て駆使して、大人として生きていく最初の一歩だった。

僕が在学していたのは、第1期トランプ政権が始まった時期で、人種間の緊張が高まっている時だった。レイシズムってことを頭ではわかっていても、実際にその中に身を置かない限り、本当の意味はわからない。それでも、僕はそこに進学したからには、そこでやるべきことをやらなきゃならなかった。学生はほぼ白人、太平洋諸島とアジア系で占められてて、黒人はキャンパス全体の2.5〜3.5%しかいなかった。

―これまでの黒人中心のコミュニティとは真逆の環境だったと。

アイザイア:でもそれ自体が問題ではないんだ。問題は、表に出ない無知が空気の中に蔓延し、それが本来あるべきでない形で文化として定着していたことだ。

そんな中で、自分が「何について音楽を書きたいのか」を決める時間を持てたと思う。教授陣はエドワード・サイモン、アンブローズ・アキンムシーレ、ステフォン・ハリス、ベニー・モウピン、ルイス・ナッシュ、カール・アレン……と超一流ばかりで、彼らには「自分がやってきたこと」や「やろうとしていること」に揺らぐことない絶対的なものがあった。でもそのどれもが、僕が目指すものとはまるで違ってたんだ。だって「この音楽(ジャズ)は時代に合っていない」と言われる時代に、「じゃあ自分はどう音楽を作ればいい?」ってことになるだろ? すごく皮肉な話だ。本当にそうなら、なぜたくさんのフェスが今も開かれてるんだ? なぜ学校に通って学位を取ろうとする人がいるんだ? 今の時代に合ってないのなら……。そんなわけで、あの頃は「自分が何をやりたいのか」と問い直し、理解し、揺れ動き、変わっていった時期だったんだと思う。

―シカゴで育ったあなたは、シカゴの団体AACMとも関係があったのでは?

アイザイア:ああ、16歳になる頃には僕も自分なりの”声”を持つようになっていて、当時AACMのチェアマンだったアーネスト・ドーキンスの下で学ぶようになってた。カヒル・エルザバーやアリ・ブラウンとも出会い、気づけば、AACMがもたらした影響力や功績を、より広い文脈の中で捉え直す機会を得た。そのことで、僕は”創作の道”の可能性にアクセスできたと思う。つまり、単に音楽を一面的なものではなく、もっと広いものだと教えられたし、全体を見渡せるようになった。その影響は大きかったと思う。

カヒル・エルザバーに起用されたアルバム『A Time for Healing』(2022年)

―AACMがあなたに与えた影響をもう少し教えてください。

アイザイア:一番はクリティカル・シンキング(批判的思考)、つまり ”意識をもって考える”ことだ。みんながいいと言っているものを、文脈も理解しないまま「これって最高だ!」と言うのは楽だし、簡単だ。でも本当にそうなのか? それとも、その成り立ちを理解した上で、そう思ってるのか? たとえ「これが創造性の頂点だ」「これ以上はない」と思える瞬間にたどり着いたとしても、次に浮かぶのは「どうやってこの先へ進むのか?」という問いだ。その問いに対する答えは、たいていこうなる。「今やったことの反対は何だ?」と。その”反対”を知ることで、”すでにやったこと”とは直接結びつかない、新しいものを生み出すことができる。

最初は、こういう考え方がとても自己中心的に感じられた。でも、さまざまな経験を積むうちに、わかってきたんだ。「そうか。自分では即興してるつもりでも、本当の即興は”何も知らない”状態からしか生まれないんだ」ってね。そこに即興の美しさがある。無知の中を進みながら、少しずつ知恵や理解へと近づいていく。それは”極める”ということともちょっと違う。でも、今の時点で自分の立ち位置はわかっている。ただし、それはいつでも変わりうるものだ。本物の知恵とは”変化は必ず起こる”と知っていることなんだと思う。じゃあ、どうやって変化に対応できる状態でい続けるのか?音楽があっちにも、こっちにも、どっちにでも進みうる瞬間に、どう備えるのか?答えは、とにかくたくさん聴くこと。ただ聴くのではなく、クリティカル・リスニング、つまり ”意識をもって聴く”こと。結局、何事においてもクリティカルでいる、ということが一番大切なんだ。

Photo by Johanna Brinckmann

―あなたはかなり深くジョン・コルトレーンを研究し、多くを学んでいると思います。アイザイア・コリアー&ザ・チョーズン・フュー『Cosmic Transitions』(2021年)は『A Love Supreme』、I AM名義の『Beyond』(2022年)は『Interstellar Space』を参照してますよね。コルトレーンからの影響について教えてください。

アイザイア:僕が尊敬するのは、コルトレーンの音楽の「人間らしさ」だ。どこか神聖さすらある。彼の音にはこの世のものとは思えないところがあるけど、それは本人が「自分が出している音じゃない」とわかっていたからだと思う。彼はチャーリー・パーカーとは違い、最初からああいう音を出していたのではない。彼はやっていくうちにヴァーチュオーソになった。普通のミュージシャンたちに「信仰のない行いは死んでいるも同然だ」ということを、身をもって示したんだ。

コルトレーンは同世代の誰もが抱いていたのと同じ夢を抱いていた。ソニー・ロリンズ、ジョー・ヘンダーソン、ズート・シムズ、ハンク・モブレー、ラッキー・トンプソン、ジミー・ヒース……誰もがみんなバード(チャーリー・パーカー)になりたかった。そして、その生きる神話が亡くなった時、全員が同じ問いを突きつけられた。「次は誰だ? 何がくるのか?」

その答えがコルトレーンだとは誰も思わなかった。見込みがあるやつは他に大勢いたし、今でこそ、彼は歴史に名を残しているが、当時はマイルス・デイヴィスとの大きなギグをふいにした直後。そこでキャリアが終わってもおかしくなかった。でもコルトレーンはそれで終わらせなかった。マイルスが自分の悪癖によって人生を終わらせなかったように。そして、誰も引き受けたがらない仕事をし、自分が陥った状況の責任を負い、残りの人生をどう捧げるか、そこからどう生き直すかを自分で決めた。それは誰かが代わりにやってくれることではなく、自分自身がやるしかないこと。魔法のドリンクも、楽にしてくれる薬もない。

―ふむ。

アイザイア:彼が生きてたのはアメリカ史の中でも最も過酷な時代だ。政治やマッカーシズムなど、当時、世の中に蔓延してたことを前に、皮肉屋になっても不思議じゃなかった。それでも彼は耐え抜き、前に進んだ。諦めてしまう人が多いのは、結果を残せなかった人たちの姿は表に出ないからだ。

50年以上経った今も、僕らはなんの義務もないのに、こうして彼の話をしている。このことこそが、いかに彼の音楽が何世代にも影響を与え、誰もが認めざるを得ないものなのかを証明しているよ。確かに彼は音楽の流れを変えた。ひたすら誠実なやり方で、だ。僕らは、彼のような人を神格化しがちだが、もしここに本人がいたら「俺は普通の人間だった」と言うだろう。実際、死ぬ間際まで「ただやるべきことをしてただけ」だった。そこには”目的”があった。そこが僕が彼の音楽を愛する理由だよ。どの1音にも意味があった。ただ演奏するために音を鳴らしてたんじゃない。

人ってさんざん願い事をするくせに、叶った途端、無駄にしてしまうだろ? でも彼の姿勢には常に感謝の念があった。感謝し続けるのは簡単じゃない。でも彼の謙虚さを思い出すたび、僕も謙虚でいたいと思わされる。彼は自分のやっていることに誇りを持っていたが、決して驕ってはいなかった。僕らがこの世界で目指すべき境地に、彼は到達してて、それを僕らに思い起こさせてくれるんだと思う。

I AM:アイザイア・コリアーとマイケル・シェクウォァガ・オデ(Dr)のデュオ名義

ファラオとサン・ラの影響、ディアスポラの視点

―コルトレーンが亡くなった後、それの一部を受け継ぎつつ、独自の音楽を作ったのがファラオ・サンダースでした。ザ・チョーズン・フュー『The Almighty』(2024年) に収録された「Perspective」では、ファラオに言及されています。彼の影響については?

アイザイア:ファラオにとってはサウンドがすべてだった。ジャンルは関係なく、実際、いくつものジャンルも手がけたが、常にこの世のものとは思えない音を生み出した。

僕が、彼や彼の世代の人たちへと立ち返るのは、自分の家族のルーツと重なるからだ。彼らは、アフリカ系アメリカ人の大移動(Great Migration)の時代を生きた世代。南部出身の人たちには共感できる部分がある。日本でも地方で育った人ならわかるはずだ。都会では聞こえない音に囲まれて育つ。鳥の鳴き声を聞けばその種類がわかり、オオカミ、アライグマ、フクロネズミ、キツネ、シカの違いも音で判断できる。感覚が備わるんだ。だから、楽器に向かうとき、無意識のうちに、自分が聴いてきた音の記憶を音に乗せる。僕が彼らの音楽から聴きとるのは、まさにそれだ。旅の記憶、土地の記憶。

同時に、彼は多くのものを背負っていた。音楽業界に入るまでには苦労し、ニューヨークではホームレス同然の生活を送った時期もあった。そうした苦難の経験は、通過せねばならない儀式となり、どんな時でも傷つくことを恐れずに音として差し出せる強さへと変わっていった。その価値は計り知れない。僕は彼に会った時のことをはっきりと覚えてるよ。僕は15〜16歳だった。

―ファラオに会ったことがあるんですか?

アイザイア:ああ。寡黙で表情ひとつ変えないというか……僕は彼に近づいて「こんにちわ」と声をかけたが、チラッと目だけを動かした。彼と僕のメンターが会話してたんだけど、真ん中で僕は『スターウォーズ』のワンシーンにいるようだった。人が唸り声だけで会話するのを初めて見たよ。言葉のやり取りは一切なし。テレパシーっていうのかな。そしてそのまま、ステージに出てったんだ!

―すごい(笑)。

アイザイア:コルトレーンの音楽を聴き始めた頃、実はファラオの方が好きだったんだ。当時は「ジョンに教えたのはファラオだ」と思ってたから。その時、僕が聴いている”人が悲鳴をあげてるかのような”サックスが何なのか、親に説明してなかったので、母は「何なの、今のは!?」って気味悪がってね。でも僕には筋が通っていたから「何がわからないの?」という感じだった(笑)

結局はあの「音」なんだよ。聴いたこともない音だったんだ。それまでサックスがサックスに聴こえないなんて経験はなかった。それで、語り尽くされてきたはずの楽器で、まだ何が言えるだろう?と考えるようになった。それがまさに wonderment(驚き)。僕はそうやって驚かされることが好きだったんだ。

Photo by Johanna Brinckmann

―あなたはブラック・アメリカンの音楽を探求している気がするんですが、だとしたら、サン・ラは避けられないのではないかと思います。

アイザイア:まず第一に、サン・ラが注いだ情熱と貢献を心から尊敬する。彼がいなければ、AACMもなかったし、ホレス・タプスコットとパン・アフリカン・ピープルズ・アーケストラもなかったし、ファラオ・サンダースもいなかった。ジョン・ギルモアのサウンドが存在できる居場所もなかった。

ビバップにおけるセロニアス・モンクと同じくらい重要な存在だよ。勉強というたった一つの目的のため、毎日情熱を注ぎ、サウンドをまとめ、ミュージシャンたちを集める彼に比べ……僕なんて一人のミュージシャン相手でもようやくなのに(笑)彼は20人以上を率いてたんだ。なんという統率力、そして育成力だろう。

サン・ラのことはエンジェル・バット・ダヴィドから教えられ、好きになった。彼はタイムトラベラーだ。本来その時代に聞こえるはずのない音を、彼は聴き、皆に告げた。「未来がやってくる。俺の言うことを聞け!」そして去っていった。1950年代に生きながら、その時代にはいなかったんだ。

―あなたの音楽に出てくる「Black Emperor(黒い皇帝)」「Vessel(器となる体)」「Eggun(祖先の霊)」などの単語から、私はディアスポラや植民地主義の文脈を思い浮かべるのですが、いかがでしょうか?

アイザイア:僕は、自分のルーツを知っていることには誇りを持ってる。母方の家系はベナン出身、だから僕もヨルバ人だ。ヨルバのことを学ぶと、彼らがエジプト人に次いで高度なレベルで天文学を活用していたことがわかる。望遠鏡もない時代に、星座を書き留めていたんだからね。Eggunというのはヨルバ語でスピリット(霊)を意味する単語だ。自分のルーツを知ってるなら、それを使うか否かを判断するのも僕の仕事だ。そしてまだまだ学ぶべきことはたくさんあるので、理解を深めたなら、さらに共有していきたいよ。僕には他にも先住的ルーツがあることはわかっているので、時間はかかるだろうが、ぜひそれも知りたい。でも旅を重ねるごとに、学びも増えているよ。僕は、その土地の人たちの観察から育まれた音楽を聴くのが好きだ。どこかを訪れ、その土地の民俗音楽を一つも聴かなかったら、本当の意味で”そこに行った”とは言えないと思う。音楽には必ずその土地の影響があるものだ。

僕にとって、この地球は巨大なCircle of Fifths(五度圏)なんだ。その土地ごとにキー(調)がある。同じように音楽が聴こえることはない。周波数が違うからね。それをどこにどう取り入れるかが大事なんだ。それができなきゃ旅ではない。「ただTシャツを買って帰ってきた」だけになっちゃうよ。それは僕の思う旅ではないんだ。

戦争の時代に、ジャズはどう立ち向かうべきか?

―ザ・チョーズン・フューとの最新作『The World Is On Fire』(2024年)には、多様な主張が込められていますよね。今、アクティビズムを音楽として形にする際、コルトレーンがいた頃、つまり公民権運動の時代と同じやり方にはならないと思います。あなたはこのアルバムを現代の、同時代のものにするためにどんなことを考えていますか?

アイザイア:第一に、人は誰もが同じ現実に生きているわけじゃない。僕がBrubeck Instituteに通っていた当時(2016〜2018年)から、カリフォルニアでは山火事が多発していた。最初は「光景」として認識していたんだけど、時間と共に「Fire」は僕の中で一つのメタファーになっていった。各地で(ブラック・ライヴズ・マターの)抗議運動が起こり、僕が住んでいた近所でも暴動が起きて、内側から崩れているのを目にした。でもその当時、そういった現実を少しでも語ろうという音楽を耳にすることは少なかった。

そしてパンデミックが起き、制限が解除されると、何事もなかったかのように皆は昔の生活に戻っていった。「これってストックホルム症候群?」って思ったよ。僕は必死で意識を持ち続けようとしてたんだ。全てを直視するために。そうやって生き延びた。それなのに、なぜ君たちには何もなかったフリをする選択肢がある?「いつも通り」に戻るなんて無理だ。目にしたことを、見なかったフリなんてできない。

2023年10月7日、旅の途中、僕はエチオピアにいた。(イスラエルとガザの)紛争とミサイル攻撃が始まり、僕らの乗った飛行機は離陸できずにいた。そんな状況にいたんだ。翌日、全てがニュースとして流れてくるのを見た。それでも僕たちは、人が人を殺すのを止めろと言うことさえ、それはその人間の選択肢だと言われてしまう。そして今、これまでは特定の人たちだけに行われてきたあからさまな暴力行為を、国家権力を背負った警察(ICEと思われる)が、誰彼構わず行なうような状況になった。そうしたら、ようやく皆が共通の危機感を持ち始めた。でもこれって、それまで話し合ってこなかったから、ここまでエスカレートした問題なんだ。

―そうですね。

アイザイア:表現を引き受けるべきアートの中でさえ、政治を語る場所が失われている。本来、人々に声を与え、力を与えるために存在してきたアートが、もはや自分自身の声を使っていない。文化的にとても粗雑になってしまった。しんどい状況だよ。

素晴らしいアーティストも大勢いるにはいる。でも僕が新鮮で新しいと感じる音楽の多くは、僕の国で生まれたものではないんだ。僕は音楽ライターじゃないけれど、音楽全体、人々の感じていることを大きな視点で見ると、何が語られ、何が語られていないのかが聞こえてくる。この音楽(ジャズ)を最初に生み出した第一世代のアーティストたちが到達した段階や高みに、今の僕らは追いついていない。「これはアメリカの芸術だ」と言えるのなら言いたい。でも、もしそこにいる人たちの多くが、その芸術そのものをよく理解していないのだとしたら、いろいろな”空白”が生まれてしまう。そしてその空白は、もともと僕たち自身が磨かず、きちんと向き合わないまま放置してきた部分だと思うんだ。

今、僕らは、自分たちが作り出してしまったことを認めたくない”新しい世界”の意味を探しているところなんだと思う。それは、僕たち一人ひとりが知らず知らずのうちに関わってきた”共犯”という意識に訴えかける。そして、これはアルバムの最後に入れた曲「We Don't Even Know Where We're Headed」に繋がるんだけど、今、僕たちはこれが最後の旅になるのか、どこに向かっているのかさえわかっていない。今ほど緊張が高まってる時代はないのに、僕たちはアーティストとしての仕事を忘れてしまってるんだ。戦争は、アートなしには始まらず、アートなしには終わらない。始まりにも終わりにもアートがある。もし僕らがその仕事に真剣に向き合わなければ、(ジャズミュージシャン以外の)誰かにそれをやられてしまうっていうのに!(苦笑)

Photo by Johanna Brinckmann

―あなたの音楽を説明するとき「スピリチュアル・ジャズ」と使われることが多々あります。ジャズミュージシャンやアメリカの黒人ミュージシャンが昔から使っている言葉ではないですよね。この言葉にどんなことを感じますか?

アイザイア:(ため息まじりに)そうだねぇ……。

―(笑)。

アイザイア:言えるのは、それをいつも気にしてるわけじゃないってこと。仮に、すごい入り組んだ変拍子だらけの曲を書いたら、それでもスピリチュアルだって言えると思う? アルバム全編がそういう曲だとしても、だよ。僕はただ音楽をやってるだけ。自分をミュージシャンとは思ってなくて、言うならソニック・サイエンティスト(音の科学者)。音楽のスタイルは、僕にとっては周期表みたいなもの。並び替えられ、組み合わされるのを待っている元素なんだ。

僕はあらゆる音楽を聴いてきた。ブラック・トラディションの中から排除せずに聞いていたんだ。レゲエ、ファンク、ソウル、ポップス、R&B、ゴスペル、ヒップホップ、アシッド。どんなコンサートにも行った。だって結局どれも用いるのは同じ12の音。人類が音楽を奏で始めた時からいつだって同じ12音だった。技術は大きく進歩したかもしれない。でも結局全ては同じなんだ。最大限の敬意を込めて、そう言うよ。美しいものは美しい。それは変えようがないし、誰にでもわかることだ。

言葉がわからなくても関係ない。それは精神に語りかけてくる。僕も同じ言葉を話さない世界中の人たちと出会ってきた。そして12の音を通して、意見を交換し、繋がり、本来なら出会うはずもなかった人とも友達になれた。あらゆる背景を持つ人たちと12音を通して会話をしてきた。同じコンサートで恋に落ちた、っていう人もいれば、人生を立て直したという人もいる。すべてたった12音のおかげだ。

僕ら(ミュージシャン)はその影響力に気づいていない。医療の現場と一緒で、感謝されることのない仕事なんだ。医者は確かに報酬は良い。でもその対価として、何百万人もの命を引き受けてる。ミュージシャンはバンドスタンドで毎晩、大勢の人たちと向き合う。中には、自分の音楽をまるで知らない人もいて「知りもしないものを、なぜ好きになる必要がある?」という顔をされることもある。その時、どうすればいい?

そこで思い出せばいい。僕らはヒーラー(癒す人)だと。この仕事が人間のあらゆる社会の中で、果たしてきた役割を思い出さなきゃいけない。それを真剣に受け止めず、敬意や規律を重んじないなら、その人が注ぐ努力もその程度だと言うこと。注いだ分しか、返ってこない。それを「カルマ(業)」とも言うけどね。

―なるほど。ファラオ・サンダースにも『Karma』というアルバムがありますよね。最後はファラオに着地しました。

アイザイア:ああ、それが真実だからね。

―日本での初ライブはどんな感じになりそうか教えてください。

アイザイア:歓喜と喜びと、ただただ楽しい時間を期待してほしい。それに尽きる。子供の頃から日本で演奏したいとずっと思ってきた。自分が心から行きたい場所に行けることって、実はそんなにないからね。そんな国で自分の音楽や視点を共有できるのは大きな意味があるし、光栄だ。聴きたいと思ってくれる人たちとの、素晴らしい対話の時間になるとおもうよ。

新時代のスピリチュアル・ジャズを探求する気鋭サックス奏者、アイザイア・コリアの来日公演が決定!! | Sax world

アイザイア・コリアー来日公演

2026年4月2日(木)・3日(金)東京・丸の内コットンクラブ

[1st]Open5:00pm Start6:00pm [2nd]Open7:45pm Start8:30pm

2026年4月4日(土)東京・丸の内コットンクラブ

[1st]Open3:30pm Start4:30pm [2nd]Open6:30pm Start7:30pm

公演詳細:https://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/isaiah-collier-260402/

MEMBER

Isaiah Collier (sax,per)

Conway Campbell Jr. (b)

Davis Whitfield (p)

Timothy Regis (ds)

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