
ジョン・キャロル・カービー(John Carroll Kirby)の来日公演が3月15日(日)にビルボードライブ東京、3月18日(水)にビルボードライブ大阪でそれぞれ開催される。
LAジャズシーンを出発点にニューエイジやフュージョンを自在に操るコンポーザーとして、またソランジュやフランク・オーシャンと協働するプロデューサーとして、はたまたどこか神出鬼没な面持ちのあるセッションマンとして、いかなる局面においても一線級の活躍を見せてきたジョン。フジロックやFFKTでのパフォーマンスで、抽象的ながらもファンキーなプレイを魅せるシンセサイザー奏者として心奪われた者も多いだろう。
しかし彼曰く、今回のビルボードライブでの来日公演はピアニストとしての側面を強調したものになるという。来たる最新作の静謐なサウンドに合わせたセットであり、そこにはジャズ・ミュージシャンのジョンが「課外学習」として意欲的に取り込んだクラシックやニューエイジの方法論が散りばめられている。ブレイクスルー作となった『My Garden』やピアノとDX-7の音色を主軸に据えた『Conflict』など、クワイエットな作品を約10年間のキャリアで何度か発表してきたジョン。まずはその影響源を探るところから取材を始めた。
そしてもう一つ、近年のジョン・キャロル・カービーの活動を語る上でYMOおよび細野晴臣の存在は外せない。来日公演に限らず「Rydeen」や「東風」は彼のセットリストに組み込まれており、ハイライトの一つとしてアメリカのオーディエンスにも歓迎されているのだ。2024年には細野晴臣『HOSONO HOUSE』の発表50周年に合わせて名だたるミュージシャンがカバーをする企画に参加、THE MIZUHARA SISTERS(水原希子、水原佑果)と共に「福は内 鬼は外」をレコーディングした。同年にはNTS Radioの企画でインドネシア・バリ島にて開催されたライブ・イベントで念願の共演を果たし、まさに相思相愛の関係を築いている。
長大な細野晴臣のディスコグラフィーの中でも、ジョンが着目したのは「エキゾチカ」に傾倒した1970年代の作品だ。その足跡を辿り、彼が心惹かれた点を探ることは、様々な側面を合わせ持つジョンの核へとリーチすることとイコールである。彼はどのようなマインドセットで制作へと臨み、一台のピアノを用いて何を実現しようとしているのか。ニューエイジやLAジャズシーンなどのトピックとも絡めながら、ジョンの脳内を覗き込む旅へとお付き合いいただきたい。
この投稿をInstagramで見る John Carroll Kirby(@johncarrollkirby)がシェアした投稿 ビルボードライブと同様のセットで開催されたライブの模様(※動画)
ピアノという原点とニューエイジ
─今回日本で行うソロライブについて教えてください。どのようなセットで臨む予定ですか?
ジョン:ピアノ中心のセットになるよ。実はピアノを主体とした作品をリリースする予定なんだ。それに合わせて、「自分の演奏に立ち返る」というテーマを掲げてツアーを回っている最中でね。今回は新作からの曲もいくつか演奏するし、これまでバンドで演奏してきた楽曲もリアレンジしているよ。それにシンセサイザーのシーケンスとか予めプログラムしたフレーズを重ねるセットになる。
─「Suntory」という新曲を先に聴かせていただきました(※本日2月25日リリース)。パンデミック中に発表された『Conflict』を思い出すようなサウンドでしたが、改めてキャリアの原点であるピアノに立ち返った作品を作ろうと思い立ったのはなぜでしょう?
ジョン:新作には約10年の間に書き溜めてきた曲が収録されているんだ。つまり、ピアノをソロで演奏するスタイル自体は変わっていない。だけど最近、僕のピアノに共感してくれる人が多いことにようやく気づいたんだ。僕はヴィルトゥオーソ(名手)ではないけども、ピアノという楽器を通じて人と深く繋がってきた実感がある。そんなこともあって、一つの作品としてまとめようと思ったんだ。
あと、今回収録した楽曲は「ピアノで作曲を学ぶ上でのエクセサイズ」というようなところから生まれている。『Conflict』の時はもっと具体的で、センチメンタルな感情からインスパイアされたんだ。今回はピアノの前に座って「何か作ってみよう」と考えるところから始めている。その点では異なった作品に仕上がったと思うよ。
それで「Suntory」についてなんだけど……パソコンで曲を書く時って、保存するために何かタイトルをつけなくちゃいけないよね? それがどういう曲なのか判明する前に、僕たちはとりあえずプロジェクトに名前をつける必要がある。だからほとんどの場合、部屋の中にある身近なものとか、ふと思い浮かんだことがタイトルになるんだ。「Suntory」の時はピアノの上にサントリーのBOSS缶が置いてあった、だから「Suntory」(笑)。
「Suntory」ファビアーノ・ド・ナシメントを交えたパフォーマンス映像
─去年配信されたNTS Radioのプログラムで、あなたはソロセットのインスピレーションとしてニューエイジやクラシックを数多く選曲していましたね。フレーズを単に弾くのみではなく、流れている音全体でショーを作っていく方法に関して、そのようなジャンルからどのような学びを得ましたか?
ジョン:まずはクラシックについて話してみるよ。ジャズ・ミュージシャンという観点から、クラシックのハーモニーがジャズに与えた影響については色んな場面で感じているんだ。同時に、クラシックの中でも現代的な印象派の作曲家はジャズから多くの語法を借りている。面白い関係だよね。
一方、クラシックの中でもバッハのようなバロック音楽には別の面白さがある。彼らはハーモニーを外に拡張するというより、コードの内部構造に関心を向けているんだ。ジャズ・ミュージシャンである自分にとっては、むしろその方が挑戦的に聴こえる。複雑なコードを扱うよりも、コードの内部に潜んでいる精緻なポイントを見出す方が今の僕にとっては面白い……そんな感じかな?
─ニューエイジに関してはいかがですか?
ジョン:ニューエイジから感銘を受けたのはミニマリズムについてだね。作品にとって重要なのは特定の感情を伝えることで、ニューエイジにとってのそれは「穏やかさ」なんだと思う。ミニマムな演奏を重ねることによって、ニューエイジの作曲家は穏やかなフィーリングを実現しているんだ。それと、ニューエイジって平凡なものを作るのは簡単だけど、素晴らしいものを作るのはとても難しい(苦笑)。
─(笑)。NTS Radioではジョアンナ・ブルークやハンス・ヨアヒム・ローデリウスといった初期の電子音楽家の作品もプレイしていましたよね。
ジョン:そうだね。確かジョアンナ・ブルークは『Atmospheric Lights』から選んだはず(注:番組では「Golden Cloud Layers」を選曲)。あのアルバムのミニマルな作風が好きなんだ。1つのメジャーコードが数分間続くだけの楽曲もあったよね。例えばCmajコードしか使わないとか、音楽のもっとも基本的な要素からおもしろい作品を作るっていうチャレンジにジョアンナ・ブルークは挑戦している。さっきの「シンプルな和声の中に複雑なハーモニーを見つける難しさ」っていう話にも通じる挑戦だね。率直に、ピアノ音楽って全て出尽くしてると思っててさ。だからこそ最も基本的な要素に立ち返って面白いものを作るっていうチャレンジに惹かれるのかもね。
細野晴臣への敬意とエキゾチカの探求
─もう一つの大きな影響源として、あなたは過去の日本のライブでYMOのカバーを何度も披露していますよね。クラシックを捉え直すアイデアや使用している機材からは坂本龍一との共通点を感じるのですが、彼のどんな点に魅力を感じていますか?
ジョン:彼は僕のキャリアに大きな影響を与えてくれたんだ。メロディやプロダクションはもちろん、個人的に感銘を受けたのは彼がカバーしているレンジの広さでね。YMOに映画音楽、ピアノソロ、それにポップスと幅広い作品を彼は作り出している。とんでもない量のアウトプットだよね。YMOのメンバーはみんな多作だし、その点については刺激を貰っているかな。
思うに、YMOの3人は自分たちが出すものについて過剰に考えすぎていない気がするんだよね。僕が好きになるのって、どこか頓着のない作品でね。作品が完成したらすぐに出す。世界を変えるかどうか、そんなの考えすぎない。良い音楽なら届くべき人に届くはず。それでまた次のプロジェクトに進めばいい。そんな姿勢が好きなんだ。
─坂本さんの作品で特に愛聴しているものはありますか?
ジョン:そうだな……実を言うと、僕は細野さん派なんだ。あの人のユーモアに共感するんだよね、だから一枚選ぶとしたら『はらいそ』かな。ちょっと質問をかわしちゃったね(笑)。
─いえいえ。あなたは『HOSONO HOUSE』のカバー企画にも参加しましたし、近年は細野さんと親しい関係を結んでいますよね。彼にはどのような魅力があると思いますか?
ジョン:僕にとって細野さんは神様なんだ。古い音楽を愛しているという点でも共感できるね、細野さんは常に音楽の生徒であり続けているんだ。常に新しいものを学んでいる姿勢が大好きだよ。
─2017年の『Travel』リリース時、あなたは細野さんやレス・バクスターの名前を挙げながら、ご自身を「エキゾチカ第三世代(third-generation exotica)」と形容していましたよね。
ジョン:あぁ、確かそうだね。第一世代はレス・バクスターのような人たちで、第二世代は細野さんの周辺──例えば『Pacific』を作った人たちだね──をそう呼んでるよ。
第二世代のミュージシャンはヘンリー・マンシーニのような作曲家を参照しつつ、オーケストラとシンセサイザーの両方を用いて表現していた。そして、第一世代と第二世代の両方を参照しているのが第三世代の僕なんだ。コンピューターで音楽を作りながら、特定の楽器の音をサンプリングして、より自分の頭の中で鳴っている音に近づけていく。それが僕の普段の制作プロセスなんだよね。
個人的な考えなんだけど、「エキゾチック」には二つのアプローチがあると思うんだ。一つは異国の音楽を「借りて」取り入れるという考え方。もう一つは「エキゾチカ」というジャンルそのもので、これは実際の異国の音楽というより、アメリカ人が「もしその国に行ったら、どんな感覚になるんだろう?」と想像して、それを音で表現しようとした音楽のことを指す。どちらも面白いんだけど、僕自身は後者の方に興味があるんだ。例えばフィリピンの音楽を考える時、「どういう音が鳴っている?」ではなく「そこにいたらどんな感覚になる?」ということを想像するんだ。その土地の暑さとか湿度とか、あれこれ考えた上で生まれる遊び心がいかに音で表現されているか。僕が惹かれる「エキゾチック」はそういうものなんだ。
─『Travel』の発表から10年近くが経過し、サウンドトラックやバンドでの制作など様々なプロジェクトを手掛けた今、ご自身のエキゾチック観は当時から変化したのでしょうか?
ジョン:もしかしたら、今の僕はエキゾチカに直接影響された作品を作っていないように聴こえるかもしれないね。確かにそうかもしれないけど、ただ唯一『Travel』の頃から残っているものがあるとすれば、「とある時代のとある場所に自分がいたら、一体どんな音を聴いていたのだろう?」という想像力かな。ヘンリー・マンシーニや細野さんは、そういう想像力にかけては達人だ。僕は今もそのアイデアを駆使しているよ。
ハービー・ハンコック「Butterfly」、YMO「Tong Poo」を続けざまにカバー
─2018年に『Meditations in Music』を発表して以来、あなたは折に触れてニューエイジ色を前面に出した作品を発表しています。『Conflict』もそれに含まれるのかもしれません。こうした作品は、1980年代から90年代にかけて細野さんがニューエイジやアンビエントに接近していった動きと連動しているようにも見えるのです。
ジョン:まさにそう。その二つのアルバムと細野さんのニューエイジ思想は共通しているね。『Meditations in Music』を作ったとき、僕はヨガを実践し、その精神性についても深く学んでいた。ああいう作品が生まれたのは、僕の人生にとって必然だったんだよね。
僕と細野さんのキャリアは、ある意味で画家の成長プロセスに似ているのかも。最初は純粋美術を勉強して、ひたすら細密で複雑な絵を描いていたアーティストが、キャリアを積むにつれてキャンバスに絵の具を投げつけるような作風に変わっていく。作曲も一緒で、そういったストラクチャーに縛られない自由を探求するべきだと思うんだよね。
「死ぬまで音楽を作り続けることだけが僕のゴール」
─あなたはソランジュやフランク・オーシャンをはじめ、様々なアーティストのプロデュースも手掛けていますよね。これまで話したような文脈を踏まえた上で、どのようにして制作へと臨んでいるのでしょうか?
ジョン:君が挙げたソランジュもフランク・オーシャンも、あとはスティーヴ・レイシーも、みんな音楽の知識はとても深いし幅広いんだ。僕が惹かれるのはそういう人だし、彼らとは同じ言語を使ってスムーズな制作が出来ているよ。
例えば先週ソランジュと会ったんだけど、彼女が10年以上前にサン・ラ・アーケストラとコンサートを企画したっていう話を聞いたんだ。当時はかなり閑散としていて、コンサートが始まった時は200人くらいいたお客さんが、終わる頃には20人くらいしか残ってなかったらしくてさ。だけど今ではサン・ラーなんて音楽ファンなら誰もが知る名前だし、Tシャツを着ている人だって珍しくない。ここ数年のトレンドを象徴する現象だよね。
─なるほど。より最近の作品に話を移すと、2022年に発表した『Dance Ancestral』には、ニューエイジ界のレジェンドであるララージが参加しています。あなたの活動するLAでは彼のみならず様々なプレイヤーの連動によってスピリチュアル・ジャズが盛り上がっていると思うのですが、そういったローカルなジャズシーンからの影響についてはどのように考えていますか?
ジョン:いい質問だね。そう言われて真っ先に思い浮かんだのはサム・ゲンデルだ。彼とは同じ大学の出身で、10年以上くらい前に初めて会った。その時からとてつもないテクニックがあったのに、サムはそのテクニックを使って誰も知らないことをしようと模索していた。ビバップやフュージョンから離れ、自分だけの即興言語を作ろうとしているように見えたんだ。今はもうLAにいるかどうかわからないけど、当時のLAで最初に「そうか、こういうやり方があるんだな」と気付かせてくれたのがサムなんだ。
それとLeaving Recordsが公園で開催してたコンサートも重要だね。レーベルを中心としたLeaving RecordsのコミュニティはLA特有のスピリチュアル・ジャズシーンを象徴していたと思う。屋外で演奏するということに意味があったんだ。チケット代を払って入る屋根付きの会場から、音楽を外に連れ出す。もっと言えば、音楽を「取引」の外に連れ出す。そういう構造を提示したことはとても特別だった。屋外のスペースが用意されていたことも大事だし、それも含めてのLAらしさじゃないのかな。
Leaving Recordsによるライブイベント「Listen to Music Outside in the Daylight Under a Tree」の記録映像
─サム・ゲンデルやLeaving Recordsのミュージシャンは並々ならぬアウトサイダー精神を備えていますよね。そういった人たちは細野さんをどのように捉えているのでしょうか?
ジョン:とにかく崇拝しているよ。今のアメリカは細野さんやYMOの音楽、というか日本そのものがかつてないほど人気なんだ。その要因はいくつかあるんだけど、一つはアメリカでレコードを聴くバー、いわゆる「音楽喫茶(Ongaku Kissa)」のような店がすごく人気だってこと。どの街にも次々とそういう店ができているよ。そこで日本の音楽に触れる人も多い。あとはインターネットの発達だったり、経済も関係しているよね。日本に住んでいる君ならよくわかると思うけど、今の日本の観光業は凄い賑わいだ。円安の影響もあって、誰もが日本観光に取り憑かれているみたいだ。それによって困った事態が生じていることも知ってるよ(苦笑)。ただ、間違いなく日本の音楽を知るきっかけにはなっているよね。
─ただ、他のミュージシャンと比較しても、あなたは2024年に銀座やバリ島でのライブで細野さんと実際に共演するなど特に濃密な繋がりを築いていますよね。実際に対面した上での細野さんの印象はいかがでしたか?
ジョン:細野さんはとても穏やかで物静かな人だったね。とても丁寧で気遣いがあって、僕に興味を示してくれるし、色々な質問もしてくれる。リスペクトに満ちた素晴らしい人だったよ。細野さんのスタジオに行った時、壁に見たことない楽器が飾ってあって、「こうやって演奏するんだ」と頭の上でグルグル回しながら奏でてくれたんだ。どうやらそれはブライアン・イーノから贈られたものらしくて、そのことを嬉しそうに語っていたのが印象的だったね。
─最後に、細野さんをはじめとした様々な音楽的遺産を引き継いだ上で、一人のミュージシャンとしてどのようなビジョンを抱いていますか?
ジョン:「いつまで続けられるのかな?」っていつも自問自答しているし、他人から「ミュージシャンとしてのゴールは?」と尋ねられることもある。だけど、死ぬまで音楽を作り続けることだけが僕のゴールなんだ。人生のどの地点においても、その時々の自分を音で見せたい。これからリリースするピアノソロのアルバムもそうだね、作品の本質に置かれているのは「学び」という時間の経過なんだ。それに、そういう作品をカジュアルに出せる状態へと身を置くことも大切にしている。一般的なアルバムのサイクル──アルバムを作ったら宣伝して、ツアーをして、また次のアルバムを作って──という枠組みから外れた地平を僕は見つけたんだ。本当に幸運なことだと思うし、これからもそれを続けていきたいよ。

ジョン・キャロル・カービー来日公演
2026年3月15日(日)ビルボードライブ東京
1stステージ 開場/開演:15:00/16:00
2ndステージ 開場/開演:18:00/19:00
2026年3月18日(水)ビルボードライブ大阪
1stステージ 開場/開演:16:30/17:30
2ndステージ 開場/開演:19:30/20:30

ジョン・キャロル・カービー
新曲「Suntory」