
ザ・ビートルズ解散後のポール・マッカートニー(Paul McCartney)の軌跡を描く最新ドキュメンタリー映画『ポール・マッカートニー:マン・オン・ザ・ラン』が、2月19日(木)に全世界で1日限定上映される。また、2月22日(日)TOHOシネマズ シャンテにて、1回限りのアンコール上映が決定。荒野政寿(シンコーミュージック)に見どころを解説してもらった。
※本記事には映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい
実際のところ、ザ・ビートルズはどのようにして解散したのか。なぜウイングスはミュージシャンとしては素人だったポールの妻、リンダ・マッカートニーをメンバーに選んだのか。ポール・マッカートニー自身はウイングスというバンドをどのように評価していたのか。そして、なぜウイングスはバンドとしての活動を終えねばならなかったのか──ファンの多くが抱くであろう疑問の数々をポールの視点でひとつずつ率直に語ってくれる、『ポール・マッカートニー:マン・オン・ザ・ラン』はそんなドキュメンタリーだ。
ウイングスについてのドキュメンタリーは2001年の『Wingspan』があるが、あちらが1998年に亡くなったリンダ・マッカートニーを追悼する意味合いが強かったのに対して、『マン・オン・ザ・ラン』はポールにとってネガティブな話題も避けることなく客観的かつ網羅的に振り返っており、『ザ・ビートルズ・アンソロジー』寄りの作品と言えそう。ポールの歯に衣着せぬ証言は『アンソロジー』から続く「俺の言い分編」としても楽しめる。
Photo by Linda McCartney
監督はハンク・ウィリアムスやスタックス・レコードなどの音楽ドキュメンタリーを数多く手がけ、『バックコーラスの歌姫たち』(2013年)でアカデミー賞とグラミー賞を獲得したモーガン・ネヴィル。音楽的なトピックに踏み込んでくれない薄味のドキュメンタリーとは一線を画す、かゆいところに手が届く編集はさすがだ。かと言ってマニアックになり過ぎず、各時期の要点をきっちり押さえているので、ビートルズ解散後のポールの作品をこれから掘り下げる人たちにも当時の状況が把握できるはず。過去の映像でまとめ、新規のインタビューを音声のみにしたのは、観客の没入しやすさを考慮した部分もあるだろう。
ウイングスの歴代メンバーであるデニー・セイウェル、スティーブ・ホリー、ローレンス・ジュバーの証言に加え、すでに故人であるデニー・レインやヘンリー・マカロックの発言もフィーチャー。リンダ・マッカートニーについては娘のメアリーとステラの証言がリアルな人物像を伝えてくれるし、対立した時期もあったジョン・レノンとポールの関係をショーン・レノンが考察的に語っているのも興味深い。
序盤の見どころは、やはりビートルズの解散劇。先にバンドから脱退したのはジョン、というのは今ではよく知られた話だが、バンドの内情を公にできないままストレスフルな時期が続き、業を煮やしてビートルズ脱退を公言、ソロ作を発表することにしたポールが、結果的に悪者にされてしまった⋯⋯と、本作でポールは改めて語っている。
ジョン、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターとポールとの間に大きな溝を作った張本人であるマネージャー、アラン・クラインに話が及ぶと、口調が厳しくなるポール。宿敵に対する積年の恨みを印象づける、忘れがたいシーンだ。露骨にポールを揶揄したジョン・レノンの曲「How Do You Sleep?」に対して、苛立ち気味に「ああ、ぐっすりさ」と言い返すところもポールらしい。本作でポールも言っている通り、ビートルズ中期以降の一般的に知られる代表曲の多くを書いたのがポールであることは紛れもない事実。ソロで再出発する他のメンバーにとって、ポールを批判する言葉は、ビートルズからの卒業を印象づける”魔法の言葉”でもあっただろう。

Photo by Linda McCartney
ウイングス結成以前の初ソロ作『McCartney』(70年)、リンダと連名で発表した『Ram』(71年)がリリース当時どれほど酷評に晒されたか、本作を観て初めて知る若いファンもいるだろう。素描に近い、ひとり多重録音を世に出した『McCartney』の感性は、当時はあまりにも早すぎて理解されなかった。ショーン・レノンも絶賛する『Ram』は、後期ビートルズ・サウンドを正面から継承・発展させた部分がある濃密なアルバムだったが、当時の批評家には歓迎されなかった。キャロル・キングやジェイムス・テイラーなど、シンガーソングライターがもてはやされる時代に移ってきたのだから、そちらの方向で頑張ることもできたはず。しかし生粋のバンドマンであるポールは、新たにウイングスを結成してアポなしの大学ツアーに出るという思い切った行動に出る。
でき立てのウイングスとツアーをまわったブリンズリー・シュウォーツの元メンバー、ニック・ロウの証言には驚いた。移動中にポールを公衆便所に誘ったら「見つかりたくない」と拒まれたという些細なエピソードだが、ゼロに戻って新人同様の立場でツアーを回ることにしたポールが、本質的にはそんな地点へ戻ることなどできないスーパースターであり続けていたことを伝える重要な証言だ。”対等な立場”という建前は、ウイングスがバンドとしてうまく機能していかなくなる遠因にもなったと思う。
リンダは「愛」を語る、日本での逮捕についても
常に”元ビートルズ”であることを背負い、その期待に応えることを誰よりも強いられてきたポールが、いちバンドマンに戻ってあらゆる批判を全力でねじ伏せる……”見返す”ことがウイングスの大きなモチベーションになっていたことを、本作はわかりやすく伝えてくれる。しかしそれはポール個人が抱いていた強い想いであって、外から呼ばれたメンバーに共有できるわけもない。メンバー交代が続き、最後までそばにいたのは結局リンダとデニー・レインだけ、という事実から浮かび上がってくるのは、ウイングスを理想通りに運営することができなかったポールの孤独さだ。

Photo by Clive Arrowsmith
『Wild Life』(71年)、『Red Rose Speedway』(73年)など初期ウイングスのアルバムへの言及は期待したほどでもないが、リンダがポールに与えた影響の大きさ、二人をリンクさせたものにフォーカスしている点は新鮮だった。ジョン&ヨーコの場合もそうだが、主役に対して近視眼的になるあまり、パートナーを単なる添え物として見る冷酷な時代が確かにあった。途中で挿入される新聞の「嫌われ者リンダ」という見出しは、今では目を疑うが、そんな意地の悪い評判にリンダは晒され続けたのだ。
60年代から写真家として数々のロックバンドに接してきたリンダは、バンドに関わらないことが得策だと誰よりもよくわかっていたはず。しかしポールにとって必要な存在だとわかっていたから、彼女はバンドにとどまり続けた。その理由をリンダは「愛」という言葉で簡潔に表現する。忍耐強い母だったという娘の証言も、本作では重く響く。以前筆者がデニー・セイウェルに取材した際、リンダがミュージシャンとして最大限の努力をしていたことに敬意を払っていると語ってくれたことを思い出した。

Photo by Linda McCartney

Photo by Tom Hanley
ポールの思いつきでナイジェリアでのレコーディングが決まったのを機に、デニー・セイウェルとヘンリー・マカロックを失ってしまうウイングス。逆境を跳ね返すべく腕をふるった『Band On The Run』(73年)の話では、途中でやめていったメンバーたちに対してポールが想像以上に立腹していたことが伝わってくる。しかしウイングス在籍時の活動を振り返って「あれは夢だった」と言ってしまうヘンリーの心境も、わからないでもない。”ビートルズと同等”という目標の達成につきあえない彼のようなミュージシャンだって、いて当然だ。
結論として、ジミー・マカロック、ジョー・イングリッシュが在籍した『Venus And Mars』(75年)、『Wings At The Speed Of Sound』(76年)、『Wings Over America』(76年)のラインナップこそ最良の時期だったというポール、デニー・レインの見解が語られる。それには多くのファンが賛同すると思うが、ジミーとジョーがセッションに参加した曲を含む『London Town』(78年)を経て、メンバーチェンジ後に発表された『Back To The Egg』(79年)の自己評価は悲しくなるほど低い。ポールと共にプロデュースを担当したクリス・トーマスにいたっては、ウイングスのやり方がよくわからず、自分が手がけたという意識を持てなかったとまで言っている。この頃すでに情熱のピークを過ぎていたというポールの明け透けな言い方も、なかなかショッキングだ。ハードルの設定が常人より遥かに高いポールは、「ウイングスは失敗に思えた、ビートルズと比べたからね」とまで言ってしまう。

Photo by Linda McCartney
宙ぶらりんの状態で1980年1月に日本を訪れた最終ラインナップのウイングスは、大麻所持が発覚したポールの逮捕・収監という大事件に見舞われる。この件について、ここまで詳細にポール自身が胸中を明かす映像作品は、これが最後になるだろう。釈放されて帰国後、ポールはウイングスとしての活動を停止し、ソロ活動に戻った。ビートルズが終わった時と同じように、ひとり多重録音を駆使したソロ作『McCartney II』(80年)をリリース。「Coming Up」を聴いたジョン・レノンが発奮し、カムバックの契機になった、という有名なエピソードも改めて触れられる。しかし、ヨーコ・オノとの連名による復帰作『Double Fantasy』をリリースした直後の80年12月、ジョンは自宅前で射殺され、リユニオンの機会は永遠に失われてしまった。その時にポールが記者の質問に答える映像は”素っ気ない””冷たい”と批判され、ポール冷血漢説が広まる原因になったが、本作でショーン・レノンがポールの表情について述べるシーンは、そうした決めつけを改める材料になるだろう。兄弟同然の仲だった二人の絆の深さを、ショーンはよくわかっている。
4人の中で最も”ビートルズらしさ”を求められ続け、常に「ビートルズはいつ再結成するんだ?」と訊かれ続けた男。その重圧と闘い続けた歴史を振り返る『マン・オン・ザ・ラン』は、『Band On The Run』をもじったタイトルの秀逸さにも唸らされる。逃れ続ける宿命の中でポールが何を考え、どう行動しようとしたのかを正直に語った、全ファン必見の一作だ。

『ポール・マッカートニー:マン・オン・ザ・ラン』
監督:モーガン・ネヴィル
出演:ポール・マッカートニー、リンダ・マッカートニー、メアリー・マッカートニー、ステラ・マッカートニー、ジョン・レノン、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター、ザ・ビートルズ、デニー・レイン、デニー・セイウェル、スティーブ・ホリー、ローレンス・ジュバー、ウイングス、ショーン・オノ・レノン、ミック・ジャガー、クリッシー・ハインド(アーカイブ・フッテージ含む)
上映時間:本編約1時間55分+劇場独占特典映像約11分(予定)
鑑賞料金:3200円
字幕:満仲由加
字幕監修:藤本国彦 / ピーター・ホンマ
(c)2026 WINGS MUSIC LIMITED.
公演詳細:https://www.culture-ville.jp/manontherun
〈推薦コメント〉(第2弾)
湯川れい子(音楽評論・作詞家)
音楽だけではなく、20世紀と21世紀にまたがって、大きな歴史の1ページをしめるポール・マッカートニーという人の人生と人間性を余すところなく魅せてくれるドキュメンタリー映像です。
日本にも関わるシーンがあったりして、幾度となく胸がドキドキしました。
改めてポール・マッカートニーという人と、同じ時代に生きられた幸せを奇跡のように噛みしめています。
全編がビートルズとポール、そしてウィングスの音楽に溢れていて、それもファンとしては嬉しい限りです。
ビートルズやウィングスをよく知らない若い世代の人たちにも、ぜひ見てほしい重要な歴史の1ページだと思います。
加えて、リンダ・マッカートニーのファンとしては、とても嬉しい貴重な映像でもあります。
安田顕(俳優)
作品冒頭に流れる”Silly Love Songs”の邦題は『心のラヴ・ソング』。
うまいことつけたものだと改めて思う。
ポールは自身の音楽を『バカげたラヴ・ソング』だと歌い、聴いてる僕らの『心』を満たす。
この曲に込められているものこそ、彼が生みだす数多の名曲の源流なのかもしれない。
特定の場所や年代を感じさせないもの。
それが彼を時代を超えた音楽家たらしめている。
今のマッカートニーの声が語る、若きマッカートニーの映像が、感慨深い。
良いドキュメンタリーに出会えました。
劇場公開の知らせが嬉しい。
ニューアルバムリリースの知らせが嬉しい。
日本公演の噂が嬉しい。
世界最高の音楽家の一人であるポール・マッカートニーと同じ瞬間を僕らはまだ共に過ごせている。
なによりそれが堪らなく嬉しい。
藤田朋子(俳優)
当時妄想していたポール像を懐古しながら「やっぱり私のポールだわ」と目頭が熱くなるのです。
あの噂この噂、まことしやかに真実とされている定説が、まるで閉店前の居酒屋で「ここだけ話」で盛り上がる友人のように語られます。「辛かったね」と相槌を打つ間もなくポールは、悪態をついたと思えば後悔や反省も口にします。
苺プリントのシャツでロン毛の君。心からあなたを推し続けて良かった!「僕は僕」私たちは「あなたがあなた」でいてくれて幸せです。
和田唱 (ミュージシャン)
このドキュメンタリーを観て、やっぱり”明るい”って最終的には勝つんだな、と思った。ビートルズという誰も超えられないグループを失っても、それと比べられて何かしら酷評を浴びても、はたまた日本の留置場で9日間過ごしても(!)ポールは常に持ち前の明るさで立ち上がってきた。
怒りや反逆こそがロックの正義とされていた時代は結構長い。だからこそポールの明るさが硬派なロックファンから叩かれる時代も同じく長かった。(僕は辛かった 笑)その辺のポールの天然まっしぐらな部分も描いている今作は好感が持てる。
さておき、本人的には腹の立つ事も多かっただろうに、それでもポールは常に明るかった。リンダさんがまたヨーコさん顔負けの”人の評価気にしない女子”なので、そんな奥さんと共にいたポールは百人力だっただろう。
そして現在、ポールは完全圧勝の域に入った。類い稀な才能と天性の明るさの先には幸せな景色以外存在出来ないのだ。正に「愛は勝つ」を体現しているのがポール・マッカートニーなんだな、と思ったし、そこに行き着くために不可欠だった10年間が、この作品で体感できる。
