東京・本郷三丁目にある純日本旅館「旅館 鳳明館(ほうめいかん)」では現在、再生プロジェクトが進んでいる。築120年を超える登録有形文化財の本館をはじめ、台町別館、森川別館の3棟はいずれも往時の趣を色濃く残しており、都心では数少ない大規模な木造旅館建築だ。
総支配人の大曽根美代子さんに本館と森川別館を案内してもらいながら、鳳明館の歩みと今後の展望を聞いた。
※台町別館は設備改修工事のため一時的に閉館中
明治創業、120年超の歴史を刻む建物が本郷三丁目に現存
鳳明館は学生や上京者を受け入れる下宿として、明治3年(1870年)に創業された。本郷三丁目周辺には東京大学をはじめとする教育機関が集まり、日本最大級の下宿街として発展していった。
昭和初期になると、宿泊施設としての需要が拡大し、運営形態を下宿所から旅館へと転換。最盛期には3館で最大1,000人を収容していたという。
団体利用を前提に設計された森川別館
3館の中でも森川別館は特に規模が大きく、昭和30年代に団体利用を前提として建設された。300~400人の宿泊が可能とされ、広い動線や大人数の受け入れを想定した構造は、当時の旅行需要を反映している。
館内にはオリジナル電球を備えたシャンデリアや寄木張りの床が残り、量産品とは異なる意匠が見られる。木造の階段や床は経年による歪みが少ないとされ、当時の施工精度の高さもうかがえる。
取り壊しが浮上する中、地元企業が建物を取得・保存へ
鳳明館はこれまでにさまざまな社会的危機を経験している。関東大震災や東京大空襲といった大規模災害の影響を受けながらも建物は維持され、戦後も営業を続けてきた。
最近では新型コロナウイルスの感染拡大により宿泊需要が急減し、宿泊業界全体が厳しい経営環境に置かれた。団体旅行の縮小や移動制限は大型旅館ほど影響が大きく、運営体制の見直しを迫られる状況に……。加えて、少子化による修学旅行需要の変化やビジネスホテルの増加により少しずつ利用客が減っていった。
こうした中、マンション開発に伴う取り壊し計画が浮上する。都心では土地利用の高度化が進んでおり、宿泊施設から集合住宅への転換は珍しくない。建物の解体が現実味を帯びる中、状況を変えたのは地元出身の建設会社社長による買収だった。
社長は私財を投じて建物を取得し、保存を決断。この判断により、3棟はいずれも解体を免れた。歴史的建造物は一度失われると復元が難しいため、この決定は大きな転換点となった。
そして現在、本館、台町別館、森川別館の3棟を一体的に再生するプロジェクトが始動している。個別に改修するのではなく、建物群としての価値を維持する方針だ。
再生計画では単なる保存にとどまらず、施設の活用も重視している。その一つとして、海外観光客に向けて日本の伝統的なおもてなしを伝える拠点としての役割も期待されているという。設計は来春に完了、来夏の着工を予定しており、改修は地域との連携を図りながら進められる。
再生後の宿泊料金は約1万~20万円を想定。本館は比較的利用しやすい価格帯としつつ、高価格帯の客室も設けることで幅広い需要に対応する計画だ。価格設定に幅を持たせることで、一般の観光客から特別な滞在を求める層まで取り込めると期待を寄せている。






