
鎌倉駅西口から徒歩5分。鎌倉商工会議所の隣に、石造りの鳥居が見えてきます。
銭洗弁財天(宇賀福神社)や鎌倉大仏(高徳院)方面を目指していると、ついスルーしてしまうかも知れません。先を急ぎたい気持ちもわかりますが、こちらの諏訪神社を見逃すなんて、正直もったいないと思います。
というわけで今回は、こちらの諏訪神社について、その歴史や見どころなどを予習しておきましょう。
諏訪神社の歴史
はっきりした創建年は不明ですが、鎌倉時代に執権北条氏の御内人(※)であった諏訪盛重(すわ もりしげ)が、一族の守護神として諏訪大社(長野県諏訪市・茅野市・下諏訪町)から自邸内に勧請したと伝わります。
盛重は武士でありながら諏訪大社の大祝(※)でもあったため、鎌倉で奉公していても、祭祀を絶やす訳にはいかなかったのでしょう。
1333年(元弘3年)に鎌倉幕府が滅亡すると、諏訪頼重(よりしげ。盛重の子)は北条氏の生き残りであった北条時行(ときつら/ときゆき)を匿って信州諏訪へ亡命しました。
その後、時行は頼重らに擁立され、3度にわたり鎌倉を奪還する壮挙を実現します。漫画やアニメで話題となった『逃げ上手の若君』の主人公ですね。
ただし、頼重は一度目の鎌倉奪還後に敗死。諏訪一族は鎌倉から去ってしまいました(中先代の乱)。それでも諏訪神社に対する信仰は地元民によって守り継がれ、江戸時代に入ると地元の鎮守「諏訪稲荷神社」として再興を果たします。当時はお稲荷様も一緒にお祀りしていたのですね。
1899年(明治32年)に大正天皇の御用邸(現在の御成小学校)が新設されると、境内が御用邸の敷地に含まれるようになり、皇族の方が参拝されました。地元の氏子たちは締め出される形になってしまいましたが、祝祭日には御用邸に立ち入っての参拝が許されたそうです。
やがて昭和の敗戦後に諏訪池の東側(現在の鎌倉市役所駐車場)へ遷座、現在地へは1968年(昭和43年)に鎌倉市役所の新庁舎建築に際して遷座しました。
(※)御内人(みうちびと):執権北条氏(得宗家)に仕えた武士で、学術用語で得宗被官(とくそうひかん)とも呼ばれる。御家人を兼務する者もいた。
(※)大祝(おおほうり):諏訪明神が宿る現人神(あらひとがみ。生き神様)として、諏訪信仰の頂点に位置する世襲の神職。
諏訪神社の御祭神|建御名方神(たけみなかたのかみ)
諏訪明神(すわみょうじん)、南方刀美神(みなかたとみのかみ)とも呼ばれる建御名方神は、葦原中国(あしはらのなかつくに。日本の美称)を治めていた大国主神(おおくにぬしのかみ)の子です。
『古事記』によると、高天原(たかまがはら。天上世界)より派遣された建御雷神(たけみかづちのかみ)に力比べを挑んで敗れ、それまで住んでいた出雲国(いずものくに。島根県東部)から科野国(しなののくに。長野県)の州羽海(すわのうみ。諏訪湖)まで逃れました。
そして、葦原中国を邇邇藝命(ににぎのみこと。天照大御神の孫神)へ献上する父の決定に同意し、自身は諏訪の守護神として人々の信仰を集めます。
『大祝信重解状(おおほうりのぶしげげじょう)』によると、諏訪の地へ降臨した建御名方神は、土着の神である洩矢神(もりやのかみ)を征服しました。
やがて、諏訪湖に棲む蛇神や龍神と同一視された建御名方神は、水神・風神・狩猟神・農耕神・軍神など様々な神格を備えます。
こちらの諏訪神社では、武運長久・五穀豊饒・国家安穏・盛業繁栄・交通安全・開運長寿にご利益があるということでした。
諏訪神社の見どころ
コンパクトな境内に凝縮された見どころを、一緒にチェックしていきましょう。
迫力満点!だけど可愛い獅子と狛犬
目力が強く、今にも噛みつかんばかりに吠えている獅子と、鋭い眼光で参拝者を出迎える狛犬。赤く塗られた口腔と鼻腔は魔除けの意味があると言われます。
豪傑を思わせるヒゲや鮮やかにカールした鬣(たてがみ)、ふさふさした尻尾の毛並みなどにも職人技が光っていました。
しかし、少し離れて見ると、二頭身でちょっと可愛らしく、ユーモラスな雰囲気もあって憎めません。このカッコ可愛さが、たまらない魅力と言えるでしょう。
武神の風格ただよう重厚な社殿
流造(ながれづくり)のごく一般的な社殿ですが、無駄を削ぎ落した質実剛健な低重心フォルムに畏敬の念が湧き、ここに「武神がおわす」ことを実感します。
さらに細部を観察すると、滑らかな流線形デザインがさりげなく組み込まれ、硬軟あわせ持つセンスにため息が出てしまいました。
欄干(らんかん。手すり)擬宝珠(ぎぼし)に菊花をデザインした釘、果ては歳月を越えて浮き上がる板の木目(もくめ)に至るまで、じっくりと観賞しましょう。
御神紋にも個性が光る
諏訪大社(上社・下社)はじめ全国各地の諏訪神社では、梶の葉を御神紋(ごしんもん。神社のマーク)として用いています。基本的には四根(根が四本)だと上社(本宮と前宮)の系列、五根だと下社(春宮と秋宮)の系列に属するため、調べてみると面白いでしょう。
こちらの御神紋は根の部分が南京錠で隠れているため断定できませんが、バランス的に上社系列の四根かと思われます。また葉と根の間に矢羽根があしらわれており、他の諏訪神社では見られない珍しいデザインでした。
ちなみにお供えしてある日本酒「眞澄」「八剣」は、いずれも信州諏訪のブランドです。
すぐに使える掃除道具
社殿をぐるりと全周観察していると、裏手に掃除道具がしまってあるのを発見しました。竹箒(たけぼうき)・塵取(ちりとり)・箕(み)という外掃除三種の神器(※筆者が勝手に言っているだけ)です。
こういう感じで、掃除道具がすぐ取り出せる場所に用意してある神社は、特によい神社と言えるでしょう(筆者の経験則)。
なぜなら掃除道具が用意されているということは、日ごろから掃除している≒気にかけている≒信仰が集まる可能性が高く、人々の信仰によってますます霊験あらたかとなるからです(※御成敗式目の第一条より)。
他の神社をチェックする上でも、参考となるポイントでしょう。
お稲荷様?天神様?石造りの祠
社殿に向かって左手奥に、石造りの小さな祠(ほこら)が鎮座しています。中が空になっているので御祭神はわかりませんが、江戸時代に祀られたお稲荷様がこちらへ分祀されたのでしょうか。
あるいは重ね梅の紋が刻まれた幣立(ぬさたて)?花器?があることから、天神様が祀られていたのかも知れません。天神様こと菅原道真(すがわらの みちざね)は、生前に梅をこよなく愛したことから、天満宮の御神紋も梅となったからです。
小さいながらもしっかりと彫られた屋根に、往時の人々が篤く信仰していたことが偲ばれます。
まとめ
今回は鎌倉市御成町の諏訪神社を紹介してきました。手入れが行き届いている境内の様子から、地元の皆さんから大切に愛されてきたことがわかりますね。
鎌倉の定番スポットをひと通り回ってしまった中級~上級者はもちろん、鎌倉観光は初めてという方にもおすすめの、味わい深い神社です。
諏訪神社
参拝時間
24時間(※照明が暗いので、夜間の参拝にはご注意ください)
休務日
社務所はありません(連絡は世話人会または自治会へ)
主な祭礼
8月1日 宵宮祭(自治会主催)8月2日 神前祭アクセス
所在地:鎌倉市御成町17-31
JR鎌倉駅西口から徒歩5分(350m)
駐車場:なし(公共交通機関のご利用か、近くのコインパーキングがおすすめです)
連絡先
諏訪神社世話人会 代表:shinsato1030@gmail.com御成町末広自治会 広報担当:main@onari.info











