
この記事は「F1技術者の粋を結集|スーパーカーの科学的アプローチ、ホンダNSX-R【前編】」の続きです。
【画像】当時のF1グランプリを席巻したエンジニアがハンドビルドしたマシン、NSX-R(写真9点)
スーパーカーのジレンマ
NSXはオールアルミニウムのセミモノコックと、アルミニウムの押し出し材のサブフレームやサスペンション・コンポーネンツを採用した初めての量産車だった。その結果サスペンション周りだけで20kg、一般的なスチール製ボディに比べトータルで220kgもの軽量化を実現した。さらに4チャンネルABSと電動パワーステアリング、可変バルブタイミングのVTECも初搭載、加えて1995年からはホンダ量産車として初めてドライブバイワイヤの電子制御スロットルを採用している。素晴らしい高回転型V6エンジンを積んだNSXは160mphの最高速と0-60mph加速を5.5秒でこなすパフォーマンスを備えていた。当初からオートマチック仕様がラインナップされ、タルガトップも加わったことも好評を博した。しかしながら、合理的で実用的であったがゆえに(見た目がトヨタMR2のようだという批判もあった)、NSXはダイレクトに興奮を呼び起こす車ではなかった。結局のところ、実用的なスーパーカーというものは矛盾をはらんだものなのである。
もちろん、NSXが運転しやすい洗練された車であることは疑いない。だが、百戦錬磨のホンダのF1エンジニアたちは、そのままにしておくことができなかった。刀のような切れ味を持つ特別なバージョンが必要とされたのである。そうして1992年に登場したのがNSX-Rである。「R」の文字は言うまでもなくレーシングを示していた。効率的なNSXの構造を生かすために、エンジニアたちは大胆な軽量化に取り組んだ。遮音材やオーディオシステムから、エアコン、スペアタイアまでを取り去り、電動式のレザーシートはレカロが専用開発したカーボン・ケブラー製シートに交換され、標準のアルミホイールはばね下重量を減らすためにエンケイ製の見事な鍛造ホイールに代えられた。結果としてスタンダードモデルからさらに120kgを削ぎ落すことができた。
ミドシップであるために、NSXは限界ではややトリッキーな挙動を示し、リアがブレークしやすい特性を持っていた。そこでホンダはバッテリートレーの下部やラジエター前部に補強を施し、サーキット走行を念頭に置いたよりハードなフロントスタビライザー、ブッシュ、スプリング、ダンパーなどでサスペンションを改良した。その結果、重量配分はフロント寄りとなり、オーバーステア傾向を抑えるとともに高速コーナーでの安定性を高めることができた。ギア比も見直され、0-60mph加速は4.9秒に向上、最高速も270km/hに伸びた。エンジンは基本的にはスタンダードのNSXと同じだが、レーシングカー同様の軽量化、高精度のバランス取りが施され、出力トルクともに若干の向上を果たしたという。
1992年末までにホンダは483台のRを生産した。初代NSXの総生産台数およそ1万5000台のうちのごく限られた台数であり、しかも国内市場専用だった。ほとんどが赤または白に塗られたという中で、ここに紹介する「R-0230」のシリアルナンバーを持つNSX-Rは、特別注文のシャーロット・パールグリーンのボディカラーをまとっている。最初のオーナーは当時東京在住で、読者でもあるアンソニー・ギャリアーズ・プラットである。ブラックのアルカンタラトリムを備え、ルーフも標準の黒ではなくボディ同色に塗られている。さらにカスタムオーダー・プログラム・ステップ3に含まれる高価なアルミホイール(チャンピオンシップ・ホワイト)を履いている。そのうえホンダのモータースポーツ部門である無限製の素晴らしいエグゾーストまで付いている。
NSX-RはスタンダードのNSXとは別次元の、いわばワークス・スペシャルである。想像してみてほしい。この車は当時のF1グランプリを席巻したエンジニアがハンドビルドしたマシンなのである。レーシンググリーンのボディは見事だが、それでもなお控えめで、アロイホイールだけがその真の姿を示唆している。ドアを開けると、ケブラー製のバケットシートがその目的を主張する。目の前にはモモ製の専用ステアリングホイール、その向こうには大きなレブカウンターが配され、レッドゾーンは8000rpm以上であることが見て取れる。5段ギアボックスのチタン製シフトノブもインテリアも非常に機能的で控えめな雰囲気だ。この車にはオプションのエアコンが備わっているが、ステアリングはパワーアシストなしのままである。
低く寝そべった状態のドライビングポジションながら、キャノピーのようなコクピットのおかげで視界は良好である。特製エグゾーストマニフォールドを備えたV6エンジンはホンダとは思えないようなサウンドを発する。スロットルペダルに対するエンジンのレスポンスは瞬間的であり、滑らかで文化的なV6の唸りではなく獰猛な獣のように咆哮する。クラッチは軽く、シフトレバーはごく短いストロークで1速に滑り込む。ノンパワーのステアリングホイールは当然動き出しは重いが、走り出せば気にならない。ただし、乗り心地は硬い。ぎりぎり我慢できるぐらいのハードさである。真新しい、215/45-16という適度なサイズのブリヂストンを履いていたものの、絶え間なく小刻みに上下に揺すられるのだ。
現代の車と比べればトルクはさほど巨大ではないために、レブカウンターの上半分を使ったほうがいい。実に滑らかにシャープに回り、そしてVTECシステムが作動する5000rpm以上ではエグゾーストノートは一層精悍になり、回転計の針はあっという間にリミットに達する。スピードが増せば、硬いサスペンションは本来の仕事を始め、荒れたBロードの上でも正確にフラットさを保ってくれる。やはりパッケージングがものを言う。高回転で活き活きと叫ぶ特別製のV6エンジンのパワーを受け止めるシャシーの実力があってこそだ。そして軽量でコンパクトなNSX-Rのベンチレーテッドディスクは余裕たっぷりだ。何度も言うが、大げさなサイズではないにもかかわらず、である。
洗練されたホンダNSXに対して、Rバージョンはレース・エンジニアによって磨き込まれたファクトリービルドのサーキット・スペシャルである。クールで冷静なNSXのキャラクターは、剃刀の刃のような鋭く激しいものに塗り替えられている。もちろん粗野ではないけれど、断固した集中力を要求するF1グランプリ由来のスーパーカーなのである。余すところなくその能力を引き出せるのは、白いソックスを履いたドライバーだけかもしれない。
1994年ホンダ NSX-R
エンジン:2977cc、V6、ミドシップ、各バンクDOHC VTEC(可変バルブタイミング)シークェンシャル・マルチポイントインジェクション
最高出力:280ps/7300rpm 最大トルク:30kgm(294Nm)/5400rpm
トランスミッション:5段MT 後輪駆動 LSD ステアリング:ラック・ピニオン
サスペンション(前/後):ダブルウィッシュボーンコイルスプリングテレスコピックダンパースタビライザー
ブレーキ前後:ベンチレーテッドディスク ABS 車重:1230kg 性能:最高速270km/h/0.60mph加速 4.9秒
編集翻訳:高平高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA
Words:Robert Coucher Photography:Drew Gibson