
鎌倉駅より徒歩9分、寿福寺のかたわらに鎮座する八坂大神(やさかおおかみ/やさかだいじん)には、800年以上の歴史があります。
今回はこちらの八坂大神について、その歴史や御祭神、見どころなどを紹介。みなさんが鎌倉散策を楽しむ参考となれば嬉しいです。
八坂大神の歴史
そのはじまりは1192年(建久3年)、鎌倉幕府の御家人である相馬次郎師常(そうま の じろうもろつね)が、自分の屋敷内に御祭神を勧請しました。
『鎌倉市史 社寺編』や『天王社御造営神輿再建控』などの史料によると、もとは巽神社(現在地より約200m南)の辺りに鎮座していたと言います。それが後に網引地蔵山の岩窟(現代の浄光明寺境内)に遷座しました。やがて寿福寺の境内左脇へ遷座し、江戸時代の1801年(享和元年)に現在地へ遷座したそうです。
社号について、はじめ相馬天王(そうまてんのう)と呼ばれていましたが、1869年(明治2年)に神仏分離の影響で八坂大神と改められました。1873年(明治6年)に村社の指定を受け、現代にいたるまで広く信仰を集めています。
八坂大神の御祭神
素戔嗚尊(すさのおのみこと)桓武天皇(かんむてんのう)葛原親王(かずらわらしんのう)高望王(たかもちおう)素戔嗚尊は日本神話に登場する英雄神で、仏教の守護神である牛頭天王(ごずてんのう)と同一視されてきました。相馬天王の社号はこれが由来です。
桓武天皇は第50代天皇陛下、葛原親王はその皇子であり、その子または孫にあたる高望王が平の姓を賜わりました。この平高望が桓武平氏のはじまりと言われ、その流れをくむ相馬次郎師常が、祖先を祀ってご加護を願ったのかも知れませんね。
【略系図】
……桓武天皇-葛原親王-高見王?-高望王(平高望)-平良文(坂東平氏の祖)-平忠頼-平忠常-平常将-平常長-平常兼-千葉常重-千葉常胤-相馬次郎師常……
※諸系図より(諸説あり)。
八坂大神の神幸式と神輿
現在、八坂大神の例祭(神幸式)は7月12日のみとなっていますが、由緒書きによると、かつては7月5日と7月12日の両日行われていたそうです。それがいつしか7月12日のみとなった理由について、詳しいことはわかっていません。
由緒書きには「中世御神幸の神輿荒ぶるを以って師常館の岩窟に納め」とあります。この「神幸の神輿荒ぶる」という事象が、例祭に何かしら影響を与えた可能性も考えられるでしょう。
そして新たに六角神輿(六角屋根の神輿)を新調したと言います。その独特な形は宗社(勧請元神社)である京都祇園の八坂神社にならったものでした。
八坂大神の見どころ
境内には見どころが多いので、予備知識を仕入れておくと、より楽しく参拝できるでしょう。
参道の巨木に圧倒される
参道を両側から挟み込むようにそびえ立つ一対の巨木は、まるで金剛力士像のような風格を漂わせていました。
注連縄が巻かれていないため、ご神木に指定されているかはわかりません。しかし当の巨木たちは、そんな人間の都合などお構いなしで、大地から湧き起こる偉大な力を全身で表現しています。
そんな彼ら(巨木)の間を通り抜けるのが畏れ多く感じられ、脇から迂回して社殿へと向かいました。
感謝の記念碑
これは、地元有志が現在の境内地を寄進してくれたことを感謝するもので、1984年(昭和59年)に建立されました。
村人の 洗い捧ぐる この宝 八坂の社(やしろ) 護り輝く 智光(寿福寺住職) ※石碑より
【筆者による意訳】皆様の寄進してくださった宝が、八坂大神を護り、輝きを放ちます。
村人という表現は、土地に根づいて信仰を守ってきた人々に対するリスペクトでしょう。洗い捧げる宝とは、浄財すなわち寄進された土地や財物などを指します。
しかし何よりの宝は、洗い捧げられた清らかな信仰心に他なりません。人々の信仰が八坂大神を末永く守護し、神徳を輝かせ続けることでしょう。
元神輿之碑
社殿の左手奥に、ひっそりとたたずんでいるこちらの石碑は、かつての神輿を記念して建立されたものです。
伝承によると、かつての神輿は鉄で出来ており、神幸式のたびに流血騒ぎが起こったとか。由緒書きの「神幸の神輿荒ぶる」とは、これを指していたのかも知れません。
事態を憂慮した人々が鉄の神輿を岩窟に封印し、木で神輿を造り直したのでした。これで怪我人も少しは減ったのでしょうか(木でも乱暴に扱うと怪我してしまうのでは……)。
そう言えば、石碑も何となく神輿のような形をしていますね。
獅子と狛犬のフォルムがカッコいい!
こちらの獅子と狛犬は、丸みを帯びながら野暮ったくならず、洗練されたずんぐりむっくりフォルムが絶妙です。
流線型かつ低重心の安定感、そして生命感あふれる質実剛健な彫りが、参拝者に鮮やかな印象を与えます。
薄いのに立体感を強調する鬣(たてがみ)や、こちらへおもむろにひねった首筋など、見るほどに威厳と愛嬌が感じられる傑作と言えるでしょう。
境内末社・子神社
子神社(ねじんじゃ)では大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀り、縁結び・五穀豊穣・商売繁盛などにご利益があると言われます。
小さいながらも社殿の屋根にはしっかりと瓦が葺かれ、玉垣や石段も整備されていました。
風格ある石燈籠の窓には相馬氏の家紋である九曜紋が彫られ、師常に対するリスペクトが感じられますね。
社殿の屋根瓦にも九曜紋がたくさん!
風格をたたえる社殿の瓦屋根を見上げると、こちらにもたくさんの九曜紋がデザインされています。
九曜紋は日月火水木金土の七星に羅睺(らごう)と計都(けいと)というインド伝承の二星を加えたもので、坂東平氏の流れをくむ千葉氏や相馬氏などに用いられました。
また、屋根にも絶妙な表情(ドヤ顔?)の獅子がいるので、見上げてみてくださいね。
まとめ
今回は鎌倉市扇ガ谷の八坂大神について紹介してきました。武骨ながらも芸術性の高い境内からは、質実剛健を旨とする鎌倉武士の気風が偲ばれます。
八坂とは弥栄(いやさか)すなわち永遠の繁栄を意味する言葉であり、平和と幸福を願う人々の信仰が、境内のそこかしこに感じられました。
すぐ隣にある寿福寺を目指すあまり、こちらをスルーしてしまう方も少なくありませんが、あわせてのご参拝がおすすめです。
八坂大神
参拝時間
24時間
※照明が十分でないため、夜間は注意が必要です。
休務日
社務所はありますが、係員は常駐していません(連絡や問い合わせは管理元神社へ)
主な祭礼
7月12日 例祭(れいさい)アクセス
所在地:鎌倉市扇ガ谷1-13-45
JR鎌倉駅西口から徒歩9分(600m)
駐車場:なし(公共交通機関のご利用か、近くのコインパーキングがおすすめです)
連絡先
管理元神社:横須賀市若松町 諏訪神社
電話:046-822-0208
FAX:046-822-9649
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