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ベースボールチャンネルでは2026年も、横浜DeNAベイスターズがファーム拠点を置く「DOCK OF BAYSTARS YOKOSUKA」で汗を流す選手たちにインタビューしていく。2026年第1回は、青山学院大からドラフト1位で入団したルーキー・小田康一郎。後編では、小田が持つ独特なパーソナリティに迫っていく。(取材・文:石塚隆)【取材日:1月11日】
小田康一郎はずる賢い?
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ドラフト1位で横浜DeNAベイスターズに入団した小田康一郎と話していて感じるのは、明るくて利発であり、そして機転が利く人間だということだ。時折見せる笑顔も愛らしい。
小田自身、自分の性格をどのように分析しているのか。
「どうですかね……ずる賢いですかね」
そう言うと小田は笑みを浮かべた。
えっ、ずる賢いとは一体?
「周りを結構見ているっていうんですかね。大学時代、同級生にはっちゃけた人間が2~3人いたんですけど、だから僕は別にはっちゃける必要がなくて、わりと引いて見ていたんです。でも、そういった声を出す元気いっぱいの選手がいない練習の日とかは、自分から率先して声を出したりするなど、周りを見て対応を変えるタイプだったんです。
引くところは引いて、出ていくところは出ていくみたいな。だから大学時代、安藤(寧則)監督からは『お前はワルだな。ずる賢いな』と、だいぶ言われましたね(笑)」
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もちろん安藤監督の言葉には冗談やユーモアが含まれているのだろうが、ずる賢いというのか、状況を読むことができたり、なにが最善なのかを考えられるバランサーとしての能力に長けているということなのだろう。小田自身そういったことは苦になってはおらず、自然にできていたそうだ。
また小田の人間性を表すものとして、周囲からよく聞かれるのが“仲間想い”というものだ。単刀直入にそのことを訊くと、小田はあるエピソードを教えてくれた。
「初めてそこで自分は仲間意識が強いんだって自覚したんです」
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「実はあまり自分は仲間意識を強く持っている人間だとは思っていなかったんです。ただ3年の秋に有鉤骨を骨折して、試合に出られなくなってしまうことがあったのですが、病院の先生から『無理しないほうがいいよ。君は来年もあるんから』と言われたんです。
そこで僕のなかで、来年がない先輩たちというか、その人たちに代わって今まで試合に出てきたので、来年があるから出なくていい考えは違うだろうって思ったんです。じゃあ来年あるから止めておきます、ではあまりにも自己中心的過ぎるというか、初めてそこで自分は仲間意識が強いんだって自覚したんです」
仲間の想いを背負って戦っているのだから、次があるからと言って簡単に投げ出すわけにはいかない。潜在的な強い仲間意識に気がついた出来事だった。
もちろん怪我が怪我だけに周囲からは試合への出場を強く止められ、小田はサポートにまわり、献身的に仲間を支えた。
「できることは限られているので、ひたすら考えながら過ごしました。結果的に優勝することができたので、そのときは本当に嬉しかったですね」
懐かしさと満足そうな表情を見せながら、小田は言った。
小田が野球を始めたのは5歳のときだった。出身地である八王子のリトルリーグで指導者をしている父の康彦さんの影響だった。小田は6人姉弟で上4人がお姉さんで、下に弟がいる。長男として生まれた小田は必然的に野球を嗜むことになる。
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「まあ強制というか宿命というか(笑)。でも今となっては野球をやらせてもらって感謝しています。6人姉弟を育てて、プラス中学、高校、大学と野球をやらせてもらえるのは簡単なことではないので、本当にありがたいことですし、これから恩返ししていきたいですね」
両親に6人姉弟という大家族。その環境が自身に与えた影響というのはなにかあるのだろうか。
「おめでとう」が「お前、調子に乗るなよ」に変わる
[caption id="attachment_246148" align="alignnone" width="2560"] 横浜DeNAベイスターズの小田康一郎(写真:編集部)[/caption]
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「うーん、ひたすら厳しかったですね。次女も三女もソフトボールをやっていて、厳しく育てられていたので、甘えられる環境ではなかったんです。常に『やれ!』みたいな感じでしたねえ。ただそういった状況があってこその今ですし、皆で集まれば賑やかですし、笑顔が絶えないので、いい家族に恵まれたなと思っています」
小田の自分に厳しいながらも柔和な雰囲気を醸し出す正体が少しだけわかったような気がした。じゃあ年末年始、いよいよ入寮となるタイミングは、家族総出で盛り上がったのだろう。そう尋ねると、小田はちょっと複雑な表情をした。
「いや、うちの家族ってそういうのあまりないんですよ。普段と変わらないというか。プロになって親も姉も個々に喜んでくれたと思うんですけど、直接『おめでとう』とかはなくて、何かこうどこかで感情が変わってしまうのかよくわからないんですけど、僕に言葉が届くときには『お前、調子に乗るなよ』になっているんですよ」
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そう言うと小田は笑った。裏を返せば家族だからこそ通じる、愛情と心配、発奮を促す言葉なのだろう。バリバリの体育会系家族。もちろん小田も重々理解しており、これからのプロ生活に油断はない。
さて、もう間もなく春季キャンプが始まり、瞬く間に時は流れシーズンインしていく。小田はメディアに「新人王を目指したい」と語っていたが、そこはあくまでも通過点だという。では中長期的に自身のプロ人生を鑑み、どのようなビジョンを描いているのだろうか。小田は笑みを消し、真っすぐな目で言う。
掲げた大きなビジョン「できればその先の風景も見てみたい。バットマンとして…」
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「やはりバッターとしては、2000本安打というのは目指したいと思います。そして、できればその先の風景も見てみたい。とにかくバットマンとしてヒットを重ねていきたい」
球史に名を刻む大きな目標。夢は大きな方がいい。ともすれば大言壮語に聞こえるかもしれないが、若いながらにきちんと足元が見えている小田の口から発せられると、不思議とそうは思えなかった。
もちろん目指すはリーグ優勝、そして日本一。いかにチームのために貢献できるかを、小田はルーキーながらに想い描く。振り返れば大学時代にリーグ優勝と日本一を成し遂げており、プロでもそれを実感してみたいと痛切に思っている。
「想像はつかないのですが、プロでもリーグ優勝、日本一という気持ちは本当に強いです」
アマチュア時代とは比べ物にならない年間143試合のタフなシーズン。果たして楽しみと不安、どちらが大きいだろうか。
「楽しみしかないですね。なにも知らないうちに不安を感じる必要はないですし、とにかくシーズンが始まって、その世界に入り、準備をしながら、もし壁にぶつかっても、その都度しっかり考えていければいいなと思っています。今から打てる打てないを考え過ぎても仕方がないので、若さというか、なにも知らないことを生かしつつ頑張れればいいかなって思っています」
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怖いもの知らずは若さの特権だ。勢いで一気に突破する者もいれば、壁に阻まれ野球の深さを知り、なにが必要なのか考察する者もいる。いずれにせよ、輝く新星のひとりとして、小田がグラウンドでどんなパフォーマンスを見せてくれるのか興味は尽きない。
(取材・文:石塚隆)
【著者プロフィール】
石塚 隆 (いしづか・たかし)
1972年、神奈川県出身。フリーランスライター。プロ野球などのスポーツを中心に、社会モノやサブカルチャーなど多ジャンルにわたり執筆。web Sportiva/週刊プレイボーイ/週刊ベースボール/集英社オンライン/文春野球/ベースボールチャンネル/etc...。現在Number Webにて横浜DeNAベイスターズコラム『ハマ街ダイアリー』連載中。趣味はサーフィン&トレイルランニング。鎌倉市在住
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【了】