【藤沢 観光スポットレポ】船玉神社 - 大海原に夢を馳せた源実朝を偲…

境川と御幣山(おんべやま)の間に細長くのびる船久保町内会。およそ200戸が軒を連ねる地域コミュニティの中心的存在として、船玉神社(ふなだまじんじゃ)が鎮座しています。

今回は宮司様のご紹介で、こちらの船玉神社を管理されている船久保町内会の役員方から、貴重なお話をうかがえました。

船玉神社の歴史

鎌倉幕府の第三代将軍・源実朝が、1216年(建保4年)11月に宋(中国大陸)へ渡ろうと巨大な船を造らせた際、大鋸引き(おおがひき)・大船引き(おおかいびき)と呼ばれた職人たちが、航海の安全を祈願したのが始まりと言います。

船玉とは船魂や船霊とも書き、船舶に宿る海上安全の守り神として、古くから各地で信仰されてきました。こちらの船玉神社では、同じ海上安全の神様である弟橘姫命(後述)を祀るようになったものと考えられます。

実朝の船は翌1217年(建保5年)4月に完成。鎌倉の由比ヶ浜から出航を試みたものの、重すぎたのか水に浮かばず、放棄されたまま砂浜で朽ち果ててしまったのです。

かくして実朝の夢は潰えたものの、この地には職人たちが定住。大鋸(だいぎり)という地名として、往時の名残を伝えています。

その後も職人たちは活躍し、戦国時代には後北条氏のお抱えとして小田原城(小田原市)や玉縄城(鎌倉市)などの造営に腕をふるいました。

やがて職人たちが姿を消しても、船玉神社に対する人々の信仰は絶えません。関東大震災や大東亜戦争(本土空襲)でも社殿に被害はなく、地元では神様のご加護だと感謝したそうです。

戦後1985年(昭和60年)に社殿を建て替え、船玉会館(町内会館)を併設。地元のコミュニティ拠点として、現代も愛され続けています。

船玉神社の御祭神

弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)

日本武尊(やまとたけるのみこと)の妻で、夫の東方遠征に従軍しました。海神の祟りで海が荒れ狂った際、自ら人柱として身を投げたことで、夫らの命を救った悲劇のヒロインとして知られています。

そんな弟橘姫命は各地の吾妻(あづま)神社などに祀られ、縁結びや開運、海上安全の神様として信仰されてきました。

かつて実朝の大船を建造した職人たちも、実朝が新天地でよい出会いや幸運に恵まれ、また無事に帰国できるよう願っていたのかも知れませんね。

船玉神社の見どころ

こちらの船玉神社にも興味深い見どころがあるので、参拝前に予習しておきましょう。

二宮金次郎像

幼いころから働き者で学問好き、地道に努力を重ねて人々の幸せを追求した二宮金次郎(二宮尊徳)の石像です。

薪を背負いながら書物を読む姿は、かつて各地の小学校で見られたそうですが、最近はあまり見かけなくなりました。

こちらの石像、一度は御幣山の上に鎮座する藤稲荷大明神の境内に移設されたそうですが、どういう訳か再び戻って来たそうです。自分で歩いてきたのでしょうか。

二宮神社

拝殿向かって右手に鎮座する、小さくもしっかりした造りのお社。御祭神などを質問したところ「よくわからない。30年くらい前に地元の有力者が移設したもの」とのことでした。

後で藤沢市教育委員会の資料『藤沢市神社誌』を調べてみると、こちらは二宮神社とのことで、二宮尊徳を祀っていると言います。二宮金次郎像との関係は、よくわかっていません。

紅葉の石碑

船玉の み社まへ尓 もみぢうえる はやかんれきを むかえんとす われらの心あらしふく 世の中ますく 育て大木へ ※石碑より

【読みやすく】船玉の御社(みやしろ)前に紅葉植える 早還暦を迎えんとす 我らの心 嵐吹く世の中 真直ぐ育て大木へ

還暦の記念として、境内に紅葉を植えた思いが詠まれています。嵐が吹き荒れるような世の中に負けず、真直ぐな大木に育ってほしいですね。

弟橘姫命の油絵

地元有志の方が、御祭神である弟橘姫命らを描いた油絵を奉納していました。屋内に展示されているので、祭礼や地域活動に参加した時、じっくり観賞できるでしょう。

藤稲荷大明神

船玉神社の前にそびえる御幣山上に鎮座しており、かつて大人の一抱えほどもある藤の大木が咲き誇っていたと言います。花の季節になると枝が風にそよぎ、紫の雲を思わせる優雅な姿で人々を魅了したことでしょう。

地元の話では、藤の花が境川の対岸まで続いていたそうで、一説には藤沢という地名の由来になっているとも言われます。※なお藤稲荷大明神へ上る階段道は、2025年12月現在通行止めとなっており、少し回り道しなくてはなりません(徒歩5分)。

船玉神社・地元の昔ばなし

今回は地元に長く住んでいる役員方より、興味深いお話をうかがえました。

「目の前の御幣山は現在『おんべやま』と呼ばれているが、昔はみんな『おんぼやま』と言っていた」

「戦時中、防空壕をつくるために山を掘っていたら、中に空洞があり、そこには首級と太刀が納められていたそうな。怖くて埋め戻したらしいが、かつてこの辺りが古戦場だったという話を聞いているから、その関係かも知れない」

「空襲警報が鳴ると、地元の人が櫓にのぼり、敵機襲来をメガホンで知らせる人がいた。機銃掃射の標的にされるのも恐れない命知らずだった」

「空襲による人的被害はなかったが、米軍機が低空飛行で御幣山の松に引っかかり、折れた枝が飛んできたのを覚えている」

「小学校のころは歴史の授業で神話を学び、弟橘姫命のエピソードも習った。高学年になると神武天皇~昭和天皇まで124代の歴代天皇陛下を暗唱するテストがあったが、敗戦によって廃止されたから自分は受けていない」

「かつて境川ではウナギがとれたので、そのウナギを焼いて売るウナギ屋があった」

「他にも薬屋・電気屋・タバコ屋・染物屋・土建屋・餅屋・板金屋・建具屋などが賑わっていたが、今はこの町内に店舗がなくて寂しい限りだ」

……等々。祭礼や地域活動に参加すると、他にもいろいろなお話をうかがえるかも知れません。

まとめ

今回は、藤沢市大鋸の船玉神社を紹介させていただきました。貴重なお話をありがとうございます。

こちらの船玉神社では地域コミュニティの次世代継承が課題になっているとのこと。実朝の夢から始まった800年以上の伝統が、末永く受け継がれていくことを願ってやみません。

藤沢駅北口から徒歩10分、周囲にも史跡がたくさんあるので、ぜひ参拝してみてくださいね。

船玉神社

参拝時間

24時間

※照明が十分でないため、夜間の参拝はご注意ください

休務日

社務所はありません(連絡は管理元神社へ)

主な祭礼

団子焼き(どんど焼き) 1月成人の日初午祭(はつうまさい) 2月最初の午の日例祭(れいさい) 5月15日に近い日曜日

アクセス

所在地:神奈川県藤沢市大鋸2-4-12JR東海道線「藤沢駅」北口から徒歩10分(750m)駐車場:なし(公共交通機関のご利用がおすすめです)

連絡先

管理元神社:藤澤諏訪神社

住所:藤沢市大鋸3-7-2

電話:070-2272-7833

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