最近よく「◯◯界隈」というワードを耳にする。趣味や生活習慣などについて特定傾向を強く持つ集まりを指し、その種類はSNS文化・推し活に関するものなど幅広いが、なかでもZ世代を中心にしたムーブメントといえるのが、野山や自然豊かな場所で散策を楽しむ「自然界隈」だ。
野山を歩き自然に憩うという趣味自体は、昔からさほど珍しいものでもない。ここに「写真や動画を撮影し、感動や発見をSNSでフォロワーと分かち合う」というオプションが付いてくるのが、いかにも今らしい。
その自然界隈にとりわけ人気なのが東京都・調布市の「深大寺(じんだいじ)」である。新宿など都心部からのアクセスが良く、木々が豊かな環境が好印象なのだという。また、2025年は日本各地の山林でクマ出没被害が大きく報じられた年でもあった。こうした獣害リスクを避けつつ、安全に自然と触れ合える点でも深大寺は魅力だろう。
筆者が最後に深大寺に行ったのは数年前。その時は興味から私用で訪れたのだが、観光客も年配の方々が多い一方、現在は調布の市街地に移転した「鬼太郎茶屋」がまだ深大寺の近くで営業中であった。現在の深大寺はどうなっているのだろうか。
自然探しの穴場は深大寺の「脇」にあり
深大寺へ行く時は京王線の調布駅で電車を降り、地下駅を出てからバス乗り場で「深大寺行き」に乗るのが一番良い。「鬼太郎」「ガメラ」「日活」などの映画・コンテンツ文化が色濃い調布の街を出発してから、バスに揺られること十数分。まるで映画のセットのような「和」の薫る地域に到着だ。
深大寺は東京都調布市にある天台宗の古刹(こさつ/古い寺)であり、「浮岳山(ふがくさん)」という力強い山号を持つ。奈良時代の733年(天平5年)に開創され、都内では628年開基の台東区・浅草寺に次ぐ古刹だ。東日本最古の国宝仏である「釈迦如来像」を安置し、厄除けの秘仏・元三大師(がんざんだいし)像でも知られている。
この「深大寺」という名前は、寺の創建者である満功上人(まんくうしょうにん)の父親についての故事に由来する。彼が仲睦まじい恋人と無理やり引き離される困難にみまわれ、仏教の守護神である深沙大王(じんじゃだいおう)に助力を祈願したところ見事解決したことから、息子である上人は大王の「深」と「大」の字を拝借して寺名としたと言われている。
到着したバス停から深大寺まではすぐ近くであるが、深大寺通りから参道に一歩踏み込むと、なるほど話題のとおりの大盛況。鬼太郎茶屋が既にないことの影響を感じさせず、多くの家族連れ・カップル・友人同士と思われるグループでごった返していた。以前ならばここに多くの中国人観光客も混ざっていただろうが、現在は昨今の日中情勢を反映してか、それらしき姿はあまり見られない。
数年前と違い、確かに通行人の中には若い人々が増えていた。赤ちゃんを連れた若いカップル、男性のみ、または女性のみ数人のグループをあちこちで見かけられる。その全てが「自然界隈」なのかは判然としないが、深大寺近辺の観光客層が世代交代しつつあることが見てとれた。
彼らの多くを惹きつけているものが、先述の通り深大寺周辺に繁る雑木林の美しさだろう。本堂の近くはもちろん、とりわけ西門(乾門)から寺を出た先の小道は、見上げれば息をのむほど鮮やかな紅葉に包まれていた。紅葉の葉などが午後の陽に透かされて赤く浮かび上がり、穏やかな風とそよぐ木々が耳と肌をやさしくくすぐる。ここにも若い男女や、ベンチに座って一人で過ごす人もいるが、休日でも往来は少なめでゆったり散策できる。「自然界隈」におすすめのスポットだ。
深大寺周辺の参道も、確かに若者から高齢者まで幅広い年代層で賑わってはいるが、銀座や浅草のように歩行しづらくなる程の混雑や窮屈さはない。人口密度の要因もあるのだろうが、やはり「寺の門前」という地域全体の雰囲気が、訪れる人々を自然と穏やかで丁寧な所作にさせるのだろうか。
また、緑の豊富さは人だけでなく犬にも好まれるのか、参道では小型犬から大型犬まで様々な犬と飼い主も見かけられる。周辺店舗はテラス席などについて「犬同伴」OKとしている所も多いなど、ペットフレンドリーな地域だ。すれ違った飼い主同士で挨拶したり、偶然通りがかった人同士が犬をきっかけに談笑し始めたりといった風景も、ここでは頻繁に見かけられる。
名物「深大寺蕎麦」以外のローカルフードも美味
さて、深大寺といえば蕎麦である。江戸時代中期の文化・文政年間に編纂された地誌『新編武蔵風土記稿(しんぺんむさしふどきこう)』には、深大寺の蕎麦が「当所の産に及ぶものなし」「そのあじわい極めて絶品と称せり」との記載があり、三代将軍・徳川家光や、江戸時代後期の文化人・太田南畝(おおた なんぽ)もここの蕎麦を絶賛。現在も深大寺周辺には多数の店舗が営業している。
深大寺通り沿いには長蛇の行列が出来る蕎麦屋も点在。江戸時代の創業で堂々とした佇まいのお店から、店外敷地の砂利上にテーブルや椅子を置いた茶屋タイプのお店まで、一口に深大寺蕎麦といっても店の雰囲気は様々だ。
お店のうち一軒に入り、屋外席に座って蕎麦を注文してみた。半分吹きさらしなので12月上旬の寒風が少しこたえるが、独特の風情を好んでか、あえて屋外席にする客は冬場でも少なくないようだ。
供された深大寺蕎麦は白くツルツルとしていて、弾力が強い。やや甘めの蕎麦つゆと薬味がよくからんでくれる。こうした蕎麦文化は、江戸時代に深大寺近隣の農家から納められたソバを使い、深大寺寺坊で打った蕎麦切りが、来山者に評判になったことが始まりといわれている。
なお、参道では蕎麦団子や「そばぱん」などの甘味・軽食も人気である。深大寺の周辺は食べ歩きが非常に充実しているので、参道のどこかでテイクアウトした食べ物を手に、近隣をあちこち散策してみるのも良いだろう。
深大寺の裏手、寺と神代植物公園の中間に当たる場所にも、茶屋風の和風飲食店が並んでいる。休日の午後2時頃に訪れたが、こちらの混雑は参道側の店舗ほどではないので、ちょっとした休憩時の穴場だ。屋外席での深大寺の森を見ながら気軽に飲食やカフェ利用というのも、まさに自然界隈が好みそうなシーンである。
武蔵野台地の「水」が深大寺の「緑」を作った
先述の通り、深大寺という名前の由来になったのは仏教の守護神・深沙大王だが、水を司る神としての性格も持っている。その深沙大王のご利益を表すかのように、深大寺は潤沢かつ清らかな湧き水でも知られている。
先述の通り、深大寺という名前の由来になったのは仏教の守護神・深沙大王だが、水を司る神としての性格も持っている。その深沙大王のご利益を表すかのように、深大寺は潤沢かつ清らかな湧き水でも知られている。
自然界隈が注目する深大寺の雑木林、そして深大寺蕎麦の長い文化は、古くから続く豊かな湧き水に支えられてきた。深沙大王を祀る「深沙堂」の裏手に水源があり、深大寺の境内や周辺の池・水路など、この地域では至る所から水が姿を表している。
また、近隣の「深大寺水車館」では蕎麦の実を水車小屋で製粉していた時代の家屋や生活道具が展示されており、特に水車による製粉機械の動きを再現した展示はかなりの見応えである。
なぜ、深大寺では湧き水が豊かなのか。それは深大寺を含む一体の成り立ちと深く関係している。東京都の中西部は地理的に「武蔵野台地」と呼ばれ、富士山や箱根山などから出た火山砕屑物が積もってできた「関東ローム層」を土台としている。その土壌は水はけが非常に良いため、雨が降っても地面へ吸い込まれてしまい、大きな河川となりにくい。代わりに雨は地下水として蓄えられ、台地の縁にあたる坂や崖から湧き水として出てくるのだ。
特に多摩川支流の野川に沿って国分寺市から世田谷区・二子玉川まで続く高低差のライン「国分寺崖線(こくぶんじがいせん)」の近辺は湧き水に富むが、実は深大寺もこの国分寺崖線のすぐ近くにある。
武蔵野台地は古くから湧き水に恵まれた自然環境を育み、そこへ建築材や燃料(薪)を求める人の手も加わった。その結果、クヌギ・コナラなど生活に使いやすい広葉樹の林、ススキなどが生い茂る野原、人里の水田や畑が混在する、水と緑に恵まれた環境となったのである。
そうした穏やかな風景も、近代以降は鉄道網発達と住宅地化によって大半が失われてしまったが、現在は辛うじて残された武蔵野の緑について再評価や保護も進んでいる。深大寺は今もなお、「武蔵野の森」を良好な状態で受け継いでいるのだ。
こうした深大寺の個性は多くの作家や著名人にも愛され、例えば歌人・与謝野晶子や詩人・北原白秋など、明治〜戦前を代表する多くの作家・文化人が深大寺に関わる作品を著している。彼らは当時の先端文化や価値観をリードしていた人々であり、令和風に置き換えるならSNSインフルエンサーの在り方にも近いかも知れない。
戦前の文人たちと、現在の「自然界隈」Z世代。時代も見た目も全く異なる二者だが、その感性や着眼点は意外と近いのかもしれない……そのような事を考えながら、深大寺を後にした。
『深大寺』東京都調布市深大寺元町5-15-1/参拝時間:9:30〜16:00
深大寺は「植物公園」「城跡」「温泉」もおすすめ
深大寺周辺は寺社と参道だけでも一日のんびり過ごせるが、そのさらに周辺も散策スポットには事欠かない。自然散策に適した場所も多いので、簡潔に紹介しておこう。
①神代植物公園
東京都内で唯一の都立植物公園であり、1961年(昭和36年)に開園。かつては深大寺の寺有地であり、広大な敷地内に様々な植生・外観の植物を集めているほか、武蔵野の面影を残す雑木林も保全している。アメリカやフランスなど世界各地のバラ約400種類、5,200本が咲く「バラ園」や、たびたびニュースになる世界最大の花「ショクダイオオコンニャク」をはじめ熱帯・乾燥帯の植物を生育する「大温室」が見所だ。
深大寺からは「開山堂」付近の門を出て「深大寺門」が直近だが、坂を登り切った先にあるためか、この時期の園内は休日でも人入りは控えめで、かなりゆったりと歩いていられる。紅葉の並木道やバラ園など、園内いたるところにフォトスポットがあるので、「映え」写真をSNSに投稿したい時にも良いだろう。
『東京都立神代植物公園』:調布市深大寺元町5-31-10/9:30〜17:00(最終入園16:00)(大温室、水生植物園は9:30~16:30)/休園日:毎週月曜日(月曜が祝日の場合は翌日)、年末年始(12/29〜翌年1/1)/入園料:一般・大人500円、65歳以上250円、中学生200円(都内在住・在学は無料)、小学生以下無料。無料開園日/みどりの日(5/4)、都民の日(10/1)
②深大寺城跡
16世紀前半に扇谷上杉氏が、小田原北条氏の振興を防ぐため「古き郭」を再興したと伝えられている。北条方が天文6年に上杉の本城である川越城を攻めたため、破城や占領後の改変を逃れ、上杉流の築城技術を伝える遺構がよく残っていたことから平成19年に東京都指定史跡から国指定史跡となった。所在地は深大寺の向かい。神代植物公園分園「水生植物園」とともに管理されている。城跡内のソバ畑では、現在でも地元の小学生などと協同してソバが栽培されており、10月下旬にもなると、一面白いソバの花畑になる。
ここは無料エリアに拘わらず神代植物公園に比べてもさらに人が少ない。城跡内の坂道は勾配が強くあるので、ウォーキングにも向いているだろう。戦国時代の城としての説明看板も所々にあるので、もちろん歴史マニア・お城マニアも必見である。
『深大寺城跡』:東京都調布市深大寺元町2丁目/開放時間:9:30〜16:30/閉鎖日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日)、年末年始(12/29〜翌年1/1)
③深大寺天然温泉 湯守の里
深大寺から徒歩数分の場所にある温浴施設で、地下1,500mから湧き出した純度100%のナトリウム塩化物温泉が名物。内湯と露天風呂の湯船が、水風呂を除き全て褐色の温泉である。雑木林を見上げながら湯に浸かれる露天スペースには、東屋のなかにプロジェクションマッピング演出をほどこした「夢の浮風呂」、「洞窟電気風呂」、1人用の壺湯などもあってバラエティ豊か。塩釜風呂(ミストサウナ)もありサウナーも満足できる。
建物全体にそこそこの年季が入っており、一般的なスーパー銭湯とも異なる独特の生活感と趣きのある施設だ。食事処が1階と2階にあるほか休憩所も用意。京王線・調布駅とJR中央線・武蔵境駅の2方向に無料シャトルバスが往復しているので、深大寺散策で多少疲れた後に湯守の里でリフレッシュし、帰りはシャトルバスを利用するとスムーズである。
『深大寺天然温泉 湯守の里』:東京都調布市深大寺本町2−12−2/営業時間:10:00〜22:00/料金:平日大人1,080円、幼児・小学生650円、土日祝繁忙期:大人1,180円、幼児・小学生750円 ※詳細は公式サイトを参照
以上、Z世代の「自然界隈」とも絡めつつ、深大寺の散策について紹介してみた。
SNS上での流行は流行り廃りのサイクルが極めて早く、「自然界隈」というのもしばらくしたら沈静化する可能性もある。しかし、深大寺に一度集まった「界隈の人々」のうち、ある程度はブーム後も繰り返しこの地域を訪れるリピーターとなるだろう。その中から深大寺地域の歴史や環境により強い関心をもつ人が現れれば、彼らが深大寺の水と緑を受け継ぐ次世代の担い手となるかもしれない。




















