
プロ野球の世界では、選手が自ら所属球団を離れ、新天地を探すケースも見られる。来季の所属先が未定になるだけに、リスクも大きい決断とも言えるが、環境を変えて活躍したいという想いの現れだろう。そこで今回は、自ら自由契約を申し出たことがある選手を取り上げたい。[1/6ページ]
オコエ瑠偉
・投打:右投右打
・身長/体重:185cm/100kg
・生年月日:1997年7月21日
・経歴:関東第一高
・ドラフト:2015年ドラフト1位(楽天)
[sp_ad]
まさかの電撃退団を発表したオコエ瑠偉。移籍先を模索中だ。
関東第一高から2015年ドラフト1位で東北楽天ゴールデンイーグルスに入団。高卒1年目から積極的に起用されると、翌2017年は41試合の出場ながら打率.300を記録。将来の中心選手として期待されていた。
しかし、その後は殻を破り切れないシーズンが続き、レギュラー争いから脱落。2022年、初めて開催された現役ドラフトにより、読売ジャイアンツへの移籍が発表された。
巨人では移籍2年目の2024年に自己最多の68試合に出場すると、今季も61試合出場で打率.246の成績。来季も戦力として計算されていた、
[sp_ad]
しかし、今オフに球団との協議の上、退団を発表。まさかの形に大きな話題が集まった。
新天地は国内か、あるいは海外か、去就が注目されている。
プロ野球の世界では、選手が自ら所属球団を離れ、新天地を探すケースも見られる。来季の所属先が未定になるだけに、リスクも大きい決断とも言えるが、環境を変えて活躍したいという想いの現れだろう。そこで今回は、自ら自由契約を申し出たことがある選手を取り上げたい。[2/6ページ]
中田翔
・投打:右投右打
・身長/体重:184cm/107kg
・生年月日:1989年4月22日
・経歴:大阪桐蔭高
・ドラフト:2007年高校生ドラフト1巡目(日本ハム)
[sp_ad]
自ら複数年契約を破棄した中田翔は、出場機会を求めて中日ドラゴンズに移籍した。
大阪桐蔭高から2007年高校生ドラフト1巡目で北海道日本ハムファイターズに入団。2011年に初の2桁本塁打をマークすると、以降は主砲として打線を牽引する活躍を見せた。
2014年、2016年に打点王のタイトルを獲得。球界屈指のスラッガーに成長した中、2021年に自身の不祥事がきっかけとなり、無償トレードで読売ジャイアンツに移籍した。
移籍2年目に復活を遂げ、24本塁打を記録。2023年も序盤はスタメン出場を果たしていたが、岡本和真の一塁コンバートにより、出場機会が減少していた。
[sp_ad]
複数年契約中ではあったが、オプトアウトの権利を行使し、2023年オフに自由契約を選択。新たな挑戦を求め、中日ドラゴンズに移籍した。
ただ、腰痛の影響で苦しいシーズンが続き、今季限りでユニフォームを脱いだ。
プロ野球の世界では、選手が自ら所属球団を離れ、新天地を探すケースも見られる。来季の所属先が未定になるだけに、リスクも大きい決断とも言えるが、環境を変えて活躍したいという想いの現れだろう。そこで今回は、自ら自由契約を申し出たことがある選手を取り上げたい。[3/6ページ]
新井貴浩
・投打:右投右打
・身長/体重:189cm/102kg
・生年月日:1977年1月30日
・経歴:広島工 - 駒沢大
・ドラフト:1998年ドラフト6位(広島)
[sp_ad]
FA移籍から8年後、自由契約によって古巣に復帰したのが、新井貴浩だ。
1998年ドラフト6位で広島東洋カープに入団すると、入団2年目の2000年に92試合の出場で打率.245(規定未満)ながら16本塁打を記録。
その後はクリーンアップの一角を担い、2005年には打率.305、43本塁打、94打点をマークし、本塁打王に輝いた。
2007年オフには国内FA権を行使し、阪神タイガースに移籍。2011年には打点王(93打点)を獲得するなど活躍を続けた。
[sp_ad]
しかし、2014年はマウロ・ゴメスの加入もあって94試合出場、打率.244、3本塁打、31打点に終わった新井。同年オフに自由契約を選択した。
去就に注目が集まった中、古巣・広島への復帰が決定。2016年には打率.300、19本塁打、101打点をマークし、リーグ優勝の立役者に。自身はシーズンMVPに選出されるなど、見事な復活劇を見せた。
プロ野球の世界では、選手が自ら所属球団を離れ、新天地を探すケースも見られる。来季の所属先が未定になるだけに、リスクも大きい決断とも言えるが、環境を変えて活躍したいという想いの現れだろう。そこで今回は、自ら自由契約を申し出たことがある選手を取り上げたい。[4/6ページ]
中島宏之
・投打:右投右打
・身長/体重:180cm/90kg
・生年月日:1982年7月31日
・経歴:伊丹北高
・ドラフト:2000年ドラフト5位(西武)
[sp_ad]
NPB4球団でプレーした中島宏之。オリックス・バファローズ退団時、自由契約を選択した経緯がある。
伊丹北高から2000年ドラフト5位で西武ライオンズに入団すると、高卒4年目の2004年にレギュラーを獲得。
2008年には打率.331、21本塁打、81打点、出塁率.410をマークし、最高出塁率のタイトルを戴冠。リーグ優勝・日本一の原動力となった。
2012年までプレーしたのち、MLBに挑戦。しかし、メジャー昇格は叶わずにNPB復帰を決断し、2015年からはオリックスでのプレーを選んだ。
移籍3年目の2017年には規定打席に到達すると、打率.285と一定の働きを見せた中島。ただ、翌年は出場機会を減らすと、契約がまとまらず、自由契約を申し出た。
[sp_ad]
その後、読売ジャイアンツと契約を締結。2020年は100試合出場で打率.297(規定未満)を記録したが、翌年以降はスタメン出場が減少。
2024年は中日ドラゴンズでプレーしたが、15試合出場で打率.000(13打数0安打)と結果を残せず、オフに戦力外通告を受けた。
プロ野球の世界では、選手が自ら所属球団を離れ、新天地を探すケースも見られる。来季の所属先が未定になるだけに、リスクも大きい決断とも言えるが、環境を変えて活躍したいという想いの現れだろう。そこで今回は、自ら自由契約を申し出たことがある選手を取り上げたい。[5/6ページ]
嶋基宏
・投打:右投右打
・身長/体重:179cm/84kg
・生年月日:1984年12月13日
・経歴:中京大中京高 - 国学院大
・ドラフト:2006年大学生・社会人ドラフト3巡目(楽天)
[sp_ad]
東北楽天ゴールデンイーグルスの正捕手として活躍した嶋基宏も、現役晩年に自由契約を申し出た。
国学院大から2006年大学生・社会人ドラフト3巡目で楽天に入団し、ルーキーイヤーから積極的に起用された、徐々に成績を伸ばした。
2010年には打率.315をマークし、ベストナインとゴールデングラブ賞をW受賞。2013年にはリーグ優勝と日本一を成し遂げ、球界を代表するキャッチャーとなった。
ただ、腰痛の影響で苦しんだ2019年、入団後最少となる57試合の出場に終わると、自由契約を決断。出場機会を求め、新天地でのプレーを選択した。
[sp_ad]
その後、東京ヤクルトスワローズへの移籍が決定。しかし、ヤクルトでも出場機会の増加はかなわなかった。
2022年はコーチ兼任となり、同年限りで現役引退。16年間のプロ野球生活に幕を下ろした。
プロ野球の世界では、選手が自ら所属球団を離れ、新天地を探すケースも見られる。来季の所属先が未定になるだけに、リスクも大きい決断とも言えるが、環境を変えて活躍したいという想いの現れだろう。そこで今回は、自ら自由契約を申し出たことがある選手を取り上げたい。[6/6ページ]
田中将大
・投打:右投右打
・身長/体重:188cm/97kg
・生年月日:1988年11月1日
・経歴:駒大苫小牧高
・ドラフト:2006年高校生ドラフト1巡目(楽天)
[sp_ad]
日米通算200勝を達成した田中将大。昨オフに自由契約を申し出て、読売ジャイアンツへの移籍が決まった。
2006年高校生ドラフト1巡目で東北楽天ゴールデンイーグルスに入団すると、高卒1年目から先発ローテーションの一角として活躍。
2013年には24勝0敗、防御率1.27と驚異的な数字を残し、球団史上初のリーグ優勝・日本一の立役者となった。
翌2014年からはMLBに活躍の場を移し、ニューヨーク・ヤンキースでプレー。7シーズ年間で6度の2桁勝利を達成。
2021年からは古巣・楽天への復帰を決断。しかし、復帰後は物足りない数字が並び、昨季は一軍登板も1試合のみ。昨オフは契約交渉が難航したことで、自由契約となった。
[sp_ad]
その後、巨人への移籍が決定。新天地では苦しみながらも日米通算200勝の偉業を成し遂げた。
しかし、期待通りの結果とは程遠いだけに、来季は勝負の1年となるだろう。
【了】