
横浜DeNAベイスターズのファーム監督を務めたのは、現役時代に同球団で7年間プレーした桑原義行氏。これまで指導者経験がなく、異例の抜擢となったが、これまでにはないマネジメントでチームの意識改革を進めていた。みやざきフェニックス・リーグを終えた11月上旬、DeNAがファーム拠点を置く「DOCK OF BAYSTARS YOKOSUKA」で話を訊いた。(取材・文:石塚隆)【取材日:11月4日】
桑原義行氏がファーム監督として過ごした1年
今シーズン、横浜DeNAベイスターズのファーム監督を務めた桑原義行氏が現場で見て、感じたものとはなにか?
2011年の現役引退後、ファームマネージャーや人材開発部、育成部長、ハイパフォーマンス部部長などを経て、今季、投手コーディネーター兼任でファーム監督に就任。これまでいわゆる“バックオフィス”で長年チームをサポートしてきており、指導者経験がなく監督に抜擢された異例の存在でもある。ゆえに、これまでにない独自の視点で、監督というチームの舵取り役を担ってきた。
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まずシーズンも終わり、今季監督を務めたことで、どのような思いに至っているのだろうか。そう問うと、清々しい表情で桑原氏は言った。
「個人的な振り返りをすれば、めちゃくちゃ楽しかったですね。これまでバックオフィス側の人間だったので、ユニフォームを着てベンチに入って、現場の温度感や空気感を現役以来味わえたのは胸躍るものでした。また幸いなことに、頼もしいコーチ陣がまわりを固めてくれて、万全のバックアップのなか仕事をすることができました」
桑原氏の大きな役割は、基本的に指導ではなく、チームのマネジメントだ。一軍と連携してファームをどのように運用していくか。広い視野を持ってコーチや選手たちと接し、適切な方向性を示さなければならない。
「技術指導は専任のコーチにお任せして、私はコーチが触れないところに出ていくのを徹底していました。例えば、監督として選手は私のことを見ているので、選手が特守を受けていれば後ろで見ているだけでも動きが変わることもあります。
あと采配に関しては意図をきちんと説明する、私の脳内を開示するということは意識してやりました。コーチの方々も共感してくれて、私が使った言葉をコーチの方々も同様に活用して頂けましたし、共通言語を作ることはチームをマネジメントする上で大事なことだと考えています」
分業化のなか、チームとしての指針を明確に提示し、さらに指導面のバックアップや補完など、あらゆる役割を果たしてきたという。
DeNAの永遠の課題「そこに着手しないかぎり基盤が出来上がらない」
「練習からなにからなにまで監督の意思決定の下で行うチームもあると思いますが、私の場合は練習メニューの作成などはコーチにお任せしていましたし、ただ采配においてはコーチに『この選手を明日、こういう目的で使います』と、伝えるような感じでした。このあたりはコーチの方々から話を聞いても円滑にまわっていたように思います」
今季のイースタン・リーグの成績は、130試合、57勝71敗2分で6位。ファームの意義は決して勝利だけではないが、昨年は42年ぶりのリーグ優勝に加え、球団史上初のファーム日本選手権優勝を遂げている。その意味で今年は戦力としてボリュームダウンしたことは否めない。
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「当初のチームとしての目標は、イースタン・リーグと日本選手権の2連覇を目指しながら育成をしていくというものでした。ただ昨年の優勝に大きく貢献した松尾汐恩、度会隆輝、石上泰輝といった選手が一軍へと羽ばたき、経験の少ない若手選手やルーキーたちでチームの構成を余儀なくされました。もちろん選手たちは頑張ってくれましたが、シーズンが始まり少しするとチームの傾向というのが見えてきて、目標を達成するのは難しいかもしれないという話をフロントにはさせて頂きました」
当初ファームには、一軍と同じ戦術でプレーするという共通認識があった。しかし、現状を鑑み桑原氏は、別の方向性を示さなければならないと感じたという。
「おそらくこのチームの永遠の課題であると思うのですが、そこに着手しないかぎり基盤が出来上がらない」
果たしてそれはなにか? そう問うと桑原氏は真摯な表情で言った。
直面した問題「おそらくメディアの方もファンの皆さんも認知していると思いますが…」
「おそらくメディアの方もファンの皆さんも認知していると思いますが、一軍のチーム編成を見てもわかるように、ベイスターズは打力を生かした攻撃が持ち味であり、常に点を取るためにヒットを狙っていきます。そこで私が直面し、コーチたちも感じたのは、皆が皆、筒香嘉智や牧秀悟、タイラー・オースティンと同じようなバッティングをしてしまうことでした」
選手たちの実力が伴わない状況で、長打を狙いに行ってしまう事象が展開した。
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「例えば無死一塁、無死一、二塁で、一軍の野球に合わせヒッティングを仕掛けるのですが、5月のある試合で、ゲッツーが5~6個発生してしまったんです。コーチ陣と顔を見合わせ、やはりここだよね、と。
打席で自分のタイプに応じ、任させられている役目は何なのか。また“有効凡打”で自分が倒れても、ランナーを進めたり、次の打者に繋ぐ意識も希薄でした。本来主役の脇を固める選手たちでも、主役級のバッティングをしてしまう。
もちろん本人の理想はあるのでしょうが、現在地を知れていない。この問題に直面し、チームとして選手個々に課すべきテーマなど、細分化し掘り下げていく作業をしました」
これは一軍もしかり、DeNAがなかなか接戦をものにできない要因でもある。桑原氏はそう判断し、選手たちの意識改革に着手した。
桑原義行氏がブレずに伝えてきたこと
監督として、とにかく一貫性を失わないことを自分に言い聞かせた。
「選手から『言うことがコロコロ変わる』と思われたら信用はされません。だから監督はなにをしたら一番許さないのか。監督はこういうプレーをすると必ずなにか言ってくるな、ということをきちんと表現して伝えようと。シーズンの最後の方は、それが伝わったのかなという手応えを感じましたね」
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桑原氏が許せないこと、ブレずに伝えてきたこととはなにか。
「やはりチームの規律やルールを守ること。このチームはよくも悪くも、自由というか野球を楽しもうという土壌があります。そこに芯があるからいいのですが、その芯が崩れてしまう危うさも持ち合わせたチームでもあります。ですから、選手の姿勢であったり、また準備を怠ったときは、まわりに止められるほど厳しく言ったこともありました。
チームとして今日はこれをやろう、と決めたことをやらない選手も時には出てきます。選手本人には悪気はなく、忘れてしまったり、結果を出したいという気持ちなのだと思います。けど、そういうときは、それを一軍でもやるのか、君はそういう選手なのかって話は結構させてもらいました」
若き星たちが明日を夢見て切磋琢磨するファームという場所。指導者たちは、中長期的な視点を持ち、早くこの地を巣立っていくことを願い、時には厳しく、時には寄り添い日々を重ねていく。
(取材・文:石塚隆)
【後編に続く】
【著者プロフィール】
石塚 隆 (いしづか・たかし)
1972年、神奈川県出身。フリーランスライター。プロ野球などのスポーツを中心に、社会モノやサブカルチャーなど多ジャンルにわたり執筆。web Sportiva/週刊プレイボーイ/週刊ベースボール/集英社オンライン/文春野球/ベースボールチャンネル/etc...。現在Number Webにて横浜DeNAベイスターズコラム『ハマ街ダイアリー』連載中。趣味はサーフィン&トレイルランニング。鎌倉市在住
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【了】