さて。ここ数話ではなりを潜めていたが、実は筆者には、気になっているとある登場人物がいた。ストリップ小屋時代からの舞台監督である、伴工作役の野間口徹だ。
あまり本筋に絡むことがなく、物語の装置としても、現状では、それほど重要な役割を与えられてはいない。なのに、気になる。小林薫や坂東彌十郎などのベテランによる脇役は目を引くが、それとは違った意味で目を引いている。
第9話ではトニー不在の舞台での、指揮系統役として活躍していた。そこでも感じた。あの“なんだかよく分からない迫力と本物感”は何なのだろう…と。クライマックスに入る前だからこそぜひ、この野間口について解説しておきたい。
野間口といえば、地味な印象を持つ人も少なくない。だが、引っ張りだこの名バイプレイヤーである。つかみどころがない。でもすごみがある。気になってしまう。だから以前、実際に話を聞いてみたことがある。そして驚いた。
まず、所作だ。ドラマの現場で野間口は、役者陣はもちろん、すれ違うスタッフたちほぼ漏れなく「挨拶」をしている。しかも腰が低い。そもそも彼は、子どもの頃から目立ちたかったらしいが、目立てない子どもだったらしい。いじめられた苦い経験もあり、そこで人間不信に陥った経験もあったそうだ。
それもあるのだろうか。現場で見る彼の姿は、いつも自分から何か発信する感じではなかった。とはいえ、カメラが回ってない際は、会話に参加しないのではなく、その時々の場の主役や空気に合わせて相づちを打ったり、会話の流れに乗ったりと、どちらかといえば、素の姿は「自分が主張して得することはないよね」といった、自己主張を控えている印象の俳優だった。これは、おそらくテレビからも感じるイメージ通りの像ではないだろうか。
一番怖い人は、周囲に紛れているタイプ
だが、筆者が感じるのは、それだけではない。以前、いくつかのアクション俳優たちの飲み会などに顔を出していたことがあるのだが、その時、彼らが言っていたのが、「一番強い、いや怖いのは、見た目で強さをアピールするタイプではなく、周囲にまぎれているような普通の何もなさそうな人。そういう人はケンカが強い人が多くて、一般の体型をしているのに、実はとんでもなく怖い攻撃をしてくることがある」ということだ。
確かにそうだ。目立たない人が、突如醸し出す狂気。これは圧倒的な迫力と怖さを感じさせる。野間口の場合もそうだ。例えば、『勇者ヨシヒコと魔王の城』(11年、テレビ東京)で、大ボス手前のボス・ゴードン役を演じていた時も、単なる学ランを着た一般の普通の人で、分かりやすい“すごみ”など演出してないのに、勇者ヨシヒコ一行を一撃で普通に全滅に追い込んだ場面がある。あのコミカルなドラマにおいて、それはトラウマ級の怖さであり、「野間口さんはこんなに怖い、静かなすごみのある役ができる人なんだ」と思った記憶がある。
いわば、実際に腰が低い、挨拶などをして礼儀正しいという素があるからこそ、静かなる狂気を爆発させられる役者なのだ。また以前、映画などを観ていても、役者たちの使えそうな仕草ばかりが気になって純粋に楽しむのが難しいと話していたのを耳にしたことがある。つまり、単なる低姿勢の人ではない。いつ何時も芝居のことを考えているという証左である。
当時、野間口の出演ドラマの現場に張り付いて時に見た彼はいつでも穏やかで、お芝居のことばかり考えているような、役者魂に燃える素振りは一切見せない。それが、カメラが回ると同時に、変貌する。自己主張する芝居ではないが、時折、眼を見張るような緊迫感を出す。そのギャップに、非常に驚かされた。つまり、その役者魂は、熱い炎ではなく、野間口にとっては、日常レベルで当たり前にそこにあるものなのだろう。
演技論についてもそうだ。現場で「ここはこうしたほうが…」といった話が出たとしても、彼がそこで発言をしているのを、筆者は見たことがない。皆の熱の入り方から比べると、そのあまりにも平然とした姿からは、逆に非日常を感じる。インタビューをしてみても、「僕は強みがないのが武器なんです」などと言ってのける。“芸は人なり”とは言うが、まさに野間口徹という稀有なタイプの人間の芝居=芸がこれなのだ。あの独特の存在感の正体の答え合わせのような気がした。
こういった野間口というタイプも含め、さまざまな演技派がそろった『もしがく』。その演技派たちが今後魅せてくれるものは何か。久部劇場の“魔法”はどこまで続くのか。「八分坂」の人々は? 「八分坂」自体が消滅する可能性は? リカや樹里の恋の今後は? そして再び小池栄子は登場する…?
──これで舞台装置は整った。「楽屋」が見えてくるのはもう間もなくなのか? 1984年、誰もが“夢”を見ていた時代。その夢は成就するのか、バブルのように崩壊するのか。久部が皆にかけた舞台という“魔法”は、うたかたのものなのか? タイトルの伏線回収も含め、結末はどうなるのか。三谷氏の本気が見たい。



