元プロ野球選手で野球解説者の古田敦也氏が、YouTubeチャンネル『名球会チャンネル』で16日に公開された動画に出演。選手兼任監督時代を振り返った。
選手兼任監督時代を振り返る
ニッポン放送の煙山光紀アナウンサーが「2006年と2007年ですが、選手兼任監督を務めました。『代打オレ』というものも話題になりました。選手をやりながらの監督業は振り返っていかがでしたか?」と質問すると、古田氏は「もちろん、難しかったとは思うんですけれど。プロ野球で選手兼任監督はほとんどの方が経験したことがないので、相談する相手もあまりいなかった」と回想。
その上で、古田氏は「やらなきゃいけないことは決まってるんで。選手時代、僕もその時は選手ですけど、現場では指示もしたり、ピッチャーには言いたいことも言ってたんで。そういう意味でいうと、勝敗の責任を負うのは監督なんでね。その責任の大きさが大きくなった」と振り返った。
「みんな選手兼任監督だと思ってる」
また、古田氏は「やってみなきゃ分からないことばかりなので。当時、僕が41歳の年だったので、いわゆる街の41歳くらいの人はみんな選手兼任監督だと思ってるんですよ」と表現。
その理由を「いろんなチームがあって、みなさんどんな組織に属しているか分かりませんけども、例えば自分が係長だったら、部下と一緒に成績を上げていかないといけない。自分も前に立ってやらないといけない。それをやるのが課長や部長かもしれない。もしかしたら社長かもしれないですけど、結局みんな選手兼任監督という形で、プレイングマネージャーとして戦ってる」と説明する。
そのため、「プロ野球だけできないとは思わなかった」といい、「もちろん不具合はいっぱい出ると思うんですが、そこに現れた不具合を埋めていく。そこからの立ち上がり方で組織の強さは決まるんでね。『できる・できない』であまり考えずにやってみようと。ファンが期待してたんでね。誰にも期待されてなかったら、やってなかったと思いますよ(笑)」と笑顔で語っていた。
【編集部MEMO】
古田敦也氏は1965年8月6日兵庫県生まれ。川西明峰高、立命館大、トヨタ自動車を経て、1989年ドラフト2位でヤクルトスワローズに入団。MVP2回(93年、97年)、首位打者(91年)、ベストナイン9回、ゴールデングラブ賞10回など数々のタイトルを受賞。2005年に通算2000本安打達成。2006年選手兼任監督に就任し、2007年現役引退。2015年に野球殿堂入り。現在は野球解説者として活躍。
