
2025年、圧倒的な強さでリーグ優勝を果たした阪神タイガース。日本シリーズでは敗れたが、近年は常にリーグ上位に位置する常勝チームとなった。そんな阪神には、かつては長年Bクラスに沈み「暗黒時代」と呼ばれる時代もあった。今回は、その低迷期の中でも存在感を発揮し、主力としてチームを支え続けた阪神の名選手をピックアップした。
新庄剛志
投打:右投右打
身長/体重:181cm/76kg
生年月日:1972年1月28日
経歴:西日本短大付高
ドラフト:1989年ドラフト5位
「暗黒時代」と呼ばれる時期に阪神タイガース入りした新庄剛志。低迷するチームの中でも、そのカリスマ性で阪神ファンの希望の星として輝いた。
西日本短大付高から1989年ドラフト5位で阪神に入団。ファームで経験を重ね、高卒2年目に一軍初出場。
高卒3年目となる1992年には95試合に出場するなど頭角を表し、亀山努らと共に活躍。チームは1990年代唯一のAクラスとなるリーグ2位と大躍進を見せた。
翌1993年、チームは再び低迷したが、新庄自身は外野手部門のベストナイン、ゴールデングラブ賞に輝くなど、球界を代表する外野手へ成長。
1999年には投手挑戦、敬遠球をサヨナラ安打にするなど、鮮烈なインパクトを残した新庄。低迷するチームの中でも、勝敗以外のプレー面でファンを沸かせた。
その後も阪神打線に欠かせない存在としてチームを牽引し続けたが、チームはAクラス入りを果たせず。2000年オフにメジャーリーグへ移籍した。
その後は北海道日本ハムファイターズで日本球界復帰を果たし、現在は監督として指揮を執り、優勝争いを繰り広げるチームへ成長させた。
藪恵壹
投打:右投右打
身長/体重:185cm/98kg
生年月日:1968年9月28日
経歴:新宮高 - 東京経済大 - 朝日生命
ドラフト:1993年ドラフト1位
阪神タイガース低迷期のエースとして腕を振り続けた藪恵壹。2003年には悲願のリーグ優勝を経験した。
朝日生命から1993年のドラフト1位(逆指名)で入団。ルーキーイヤーから先発ローテーションに定着すると、チームトップの9勝を記録。同年の新人王に輝いた。
1996年には開幕投手を務め、30試合の登板で11勝14敗、防御率4.01をマーク。自身初の2桁勝利を挙げた一方、2年連続で最多敗戦投手となった。
翌年以降も先発ローテの中心選手としてチームを牽引。3年連続の2桁勝利を挙げるも、6年連続の2桁敗戦も喫するなど暗黒時代を象徴するエースとして印象を残した。
故障に苦しむシーズンもあったが、2003年には23試合の登板で8勝3敗の成績を残し、チームの18年振りとなるセ・リーグ優勝に貢献した。
暗黒時代から投げ続け遂に頂点を掴んだ藪。その後はメジャーリーグ挑戦を経て、2010年に東北楽天ゴールデンイーグルスでプレーし、同年限りでユニフォームを脱いだ。
久慈照嘉
投打:右投左打
身長/体重:169cm/75kg
生年月日:1969年4月19日
経歴:東海大甲府高 - 日本石油
ドラフト:1991年ドラフト2位
俊足・堅守の内野手として陰ながらチームを支えた久慈照嘉も、暗黒時代の阪神タイガースで躍動していた選手だ。
東海大甲府高では3季連続で甲子園を経験。社会人野球の日本石油を経て1991年のドラフト会議で阪神から2位指名を受け入団した。
入団1年目からレギュラーに定着し、121試合の出場で打率.245をマーク。堅実な守備も評価され、同年の新人王に輝いた。
その後も守備面でチームに貢献し、6年連続で規定打席に到達していたが、今岡誠の加入もあり1998年に中日ドラゴンズへトレードされた。
中日でも守備職人としてチームを支え、2003年には阪神へ復帰。持ち前の守備力で同年のリーグ優勝に貢献。
しかし、2004年以降は徐々に出場機会が減少し、2005年に自由契約に。オフにトライアウトに参加したが獲得球団がなく、2006年に現役引退を表明した。
湯舟敏郎
[caption id="attachment_238745" align="aligncenter" width="530"] 阪神タイガースの湯舟敏郎(写真:産経新聞社)[/caption]
投打:左投左打
身長/体重:176cm/82kg
生年月日:1966年10月8日
経歴:興国高 - 奈良産業大 - 本田技研鈴鹿
ドラフト:1990年ドラフト1位
藪恵壹との左右のダブルエースとして躍動した湯舟敏郎。ノーヒットノーランも達成した好投手だったが、阪神で優勝を味わうことは出来なかった。
社会人野球の本田技研鈴鹿から1990年ドラフト1位で阪神タイガースへ入団。ルーキーイヤーは5勝11敗と負け越したが、23試合に登板を果たした。
翌年にはノーヒットノーランを達成するなど更なる飛躍を遂げ、27試合の登板で11勝8敗、防御率2.82の好成績をマーク。左のエース格投手に成長した。
開幕投手を務めた1993年には自己最多の12勝を挙げたが、翌年以降は打線の援護にも恵まれず、3年連続の負け越し、2年連続の最多敗戦と苦しむシーズンが続いた。
1997年には4年ぶりに10勝を挙げるなど復活を予感させたが、以降は故障にも苦しみ勝ち星が挙げられず。2000年のオフに大阪近鉄バファローズへトレード移籍した。
近鉄では中継ぎとして計37試合に登板し、リーグ優勝も経験。しかし、日本シリーズでの登板はなく、同年限りで現役引退を表明した。
和田豊
[caption id="attachment_238747" align="aligncenter" width="530"] 阪神タイガースの和田豊(写真:産経新聞社)[/caption]
投打:右投右打
身長/体重:174cm/72 kg
生年月日:1962年9月2日
経歴:我孫子高 - 日本大
ドラフト:1984年ドラフト3位
キャリアを阪神タイガース一筋で過ごし、監督も経験した和田豊も、暗黒時代を経験した選手だ。
日本大学から1984年ドラフト3位で阪神に入団。プロ2年目の1986年に控え野手としてではあるが、球団初となる日本一を経験した。
1988年から遊撃手のレギュラーに定着すると、1990年には打率.304をマーク。1992年から二塁手に回り、3年連続でゴールデングラブ賞を受賞するなど、攻守で存在感を発揮した。
1993年にはリーグ最多安打に輝くなど安定した成績を残し続けていたが、チームは常にBクラスに沈む苦しい状況に。
その後も阪神打線を支えていたが、2000年以降は年齢的な衰えもあり、出場機会が減少。
2001年に現役引退を決断し、コーチを経て2012年からは阪神の監督に就任。優勝こそ出来なかったが、4年間でAクラス3度と確かな実績を築いた。
八木裕
[caption id="attachment_238746" align="aligncenter" width="530"] 阪神タイガースの八木裕(写真:産経新聞社)[/caption]
投打:右投右打
身長/体重:182cm/76kg
生年月日:1965年6月8日
経歴:岡山東商 - 三菱自動車水島
ドラフト:1986年ドラフト3位
暗黒時代の中で「代打の神様」と呼ばれ阪神打線を支えた八木裕。2025年シーズンまで北海道日本ハムファイターズでコーチを務めた。
社会人野球の三菱自動車水島から1986年ドラフト3位で阪神タイガースに入団。プロ3年目となる1989年にレギュラーに定着し、内外野をこなせる万能選手として頭角を現した。
1990年にはキャリアハイとなる28本塁打を記録するなどパンチ力も発揮。同年から3年連続で20本塁打以上をマークした。
その後は亀山努・新庄剛志などの台頭、自身の故障もあり出場機会が徐々に減少。それでも、1997年以降は代打の切り札として存在感を示した。
2003年も代打で勝負強いバッティングを披露し、チーム18年ぶりのリーグ優勝に貢献。翌年にユニフォームを脱いだ。
引退後は阪神のコーチ、解説者などの経験を経て、2023年シーズンより日本ハムの一軍打撃コーチを務めていたが、契約満了により今季限りでの退団が発表された。
【了】