生きるとは、働くとは、幸せとはなにか考えるシリーズ「生きる、働く、ときどき病」。

「52歳、私の髪は…白髪です」そう語るのは、SNSで大人気のインフルエンサー、姫さん。20代の頃、重度のパニック障害を患い、白髪になった彼女は、自分を心から愛おしいと思えるようになるまで、20年以上の年月がかかったと言います。

今回はそんな姫さんの病と挑戦で紡ぐ再出発について、『52歳、今ようやく人生が始まるの』(KADOKAWA)よりお届けします。

■病気を言い訳に、逃げる人生はもうやめた

私には、重度のパニック障害という持病があります。今はだいぶ症状も落ち着き、薬もほとんど飲まずに過ごせるようになりましたが、この病気になったせいで、これまでたくさんのことを諦めて生きてきました。

最初から病気だったわけではありません。

短大時代には、渋谷でスカウトされたのをきっかけに、モデルをしていた時代もあります。その頃は、生活も性格も今とはまるで違っていました。

当時はオーディションも頑張って受けていました。松雪泰子さんを輩出した「MENʼS NON-NOガールフレンド」の最終選考に残ったり、テレビのレギュラー番組やラジオ番組のパーソナリティーを務めさせてもらったりするなど、それなりに活動もしていました。

ただ、事務所との方針の違いや、自分が本当にやりたいこととの隔たりがだんだん大きくなり、モデル業を引退。これからは別の道を探そう、という時に、壮絶なイジメを受け、それが原因で病気になってしまったのです。

以来、人生がすっかり変わってしまいました。

そしてそれから20年以上、ずっと苦しみの中で生き続けてきました。

そんな私が、紆余曲折を経てやっと見つけたのが、知的障がい者施設の非常勤職員という仕事でした。とある施設(実際に働いたところとは別です)に1日ボランティアとして行ったことがきっかけとなり、知的障がい者の就労支援の施設で働く選択をしました。

最終的に、14年間もの長い間、働き続けることができたのは、勤め始めた時の施設長の優しいお人柄のおかげだと思っています。

この施設で働いている間、昔の私を知っている人からは、
「華やかでパーティーとかも好きだったのに、裏方の仕事をしているなんて信じられない」
と、驚かれることもありました。でも私にとっては、施設で働くことは、自分への自信を取り戻すチャンスでもあったのです。

私がお手伝いすることで利用者さんに喜ばれたり、利用者さんの支えになったりしている。その事実が「私でも、誰かの役に立てている」という、自分の存在意義を認めることにつながったからです。勤務するたびに、私のほうが元気をもらっていたのではないでしょうか。

私はパニック障害の発作が起こるのが怖くて一人で電車にも乗れないのに、施設に通所している子たちの多くは、施設まで一人で来ていました。なかには、電車やバスを乗り継いで、片道1時間かけて来ている子もいる。そんな彼ら・彼女らと日々接するうちに、私が「一人で電車に乗れない」「外販業務はできない」などと言い続けるのは、「できない」のではなく、「やらない」言い訳や甘えなのではないかと考えるようになりました。

もちろん、病気の症状がかなり重かった時は、とてもそんな考えができる精神状態ではありません。少しずつ症状が安定してきたからこそ、客観的に自分を見られるようになってきたのだと思います。

そんなふうに自分を客観視できる余裕ができてきた頃、新しく赴任してきた施設長から理不尽なパワハラを受けるようになりました。いくら好きな仕事とはいえ、この新施設長のもとで定年まで働き続ける自分の未来が、まったく描けなくなりました。

そう思った時、実は、もっとほかの仕事もしてみたいし、もっといろんなことにもチャレンジしたい自分がいることに気がついたのです。

何より、もう病気を言い訳に、すべてのことから逃げてきた自分を変えたい。だったら、まったく新しい環境に挑戦してもよいのではないか──。

そう考え、50歳で退職を決意。

新たな人生への一歩を踏み出し始めました。

■自分に自信がない私が本を出版する

私は「正社員」として働いた経験がありません。

資格を持っているわけでもないし、パソコンもできない。だから、Instagramも動画の編集も、すべてスマホ一台でやっています。それもある意味すごいと自分で思っています(笑)。

加えて私は、20代でパニック障害を発症。現在は不安障害を抱えています。

健康ですらなく、そんな自分をずっと「ないものだらけ」の人間だとコンプレックスに感じていました。

いちばんの原因は、病気になったせいで、髪の毛の半分以上が白髪になってしまったことだと思います。20代後半という、これから恋愛もおしゃれも楽しみたい時に、「白髪の病人」になってしまったというのは、私の自己肯定感を大きく下げました。

そこから、
「私なんてどうせできない」
「私には無理」
と下向きの人生が始まったのです。

でも、本当に「できない」かどうかなんて、実際にやってみなければわかりません。

私は究極のデジタルオンチです。SNSのアカウントもなにひとつ持たず、LINEですら「怖いからやらない」という理由で、人よりかなり遅れて使い始めたくらいです。

今はInstagramで日々発信をしていますが、「これならできるかも」と思って始めたわけではありません。ただ「楽しみたい」「やってみたい」という一心で続けているうちにご縁が広がり、できることが増えていっただけだと思っています。

そんなInstagramの発信を通して、出版社の方から「本を出版しませんか」とお話をいただいた時は、本当にビックリしました。もちろん、最初に「できない」「どうせ無理」という考えが頭をかすめましたが、やってみたらできるかもしれないと思えたのは、私にしては快挙です(笑)。

よく考えると、「どうせできない」というのは、できなくても当たり前ということですよね。だったら、「できたらラッキー」ですし、挑戦してみても損はしない、と考えることもできるのではないかと思ったのです。

学歴も経験も資格もない私でもできるのだから、誰でもどんなことでもできるはずです。

まずは、やると決めてやってみる。ここから人生は広がると、私は思っています。

■自分を見つけるために発信を続ける

私がInstagramで発信をしているのは、自分を見つけるためでもあります。

最初は自分の好きなものや、いいなと思ったものを投稿していましたが、そのうち自分の写真や夫婦ふたりの写真もアップするようになりました。

とはいえ、私の発信は、決して何かに特化しているわけではありません。投稿するのは、夫婦の日常や美味しいもの、楽しいこと、気になるダイエットや美容のことなど、何気ない日々のあれこればかりです。投稿によって、自分自身が「私はこんなことも楽しめている」「今日はこんないいことがあった」と再確認している部分もあるのかもしれないと思っています。

ただ、少しずつフォロワーさんが増えるにつれて、人生相談やお悩み相談のようなメッセージをいただくことが増えてきました。

私は極力いただいたメッセージにはお返事をするようにしているのですが、こんなにも私にお悩みを送ってくださる方がいるということは、私のつらかった経験や過去も、誰かのお役に立てているのではないかと考えるようになりました。

それに、いつもきれいな金髪と褒めてもらっていましたが、白髪を隠すためにブリーチをやっていたことを隠す、嘘をつく、ということがずっとつらくて……。本当のことが言いたい、と思うようになったのです。

コロナ禍に手入れを怠ったことで、ブリーチした時に髪の毛が大量に切れてブリーチができない髪の毛に。

そこでカミングアウトを決意したところ、思った以上に大きな反響があり、白髪の相談や病気の悩みなどたくさんのメッセージをいただくようになりました。

その後、インフルエンサーとして活躍し始めてからは、日々投稿するキラキラしている自分とまだ完治していない自分のギャップも悩みになり、また病気の相談を受けたりしていたので黙っていることがどんどんつらくなり、2024年の7月には病気のこともカミングアウトしました。

白髪を打ち明けた時も、病気について打ち明けた時も、私自身が「もう隠さなくていいんだ!」と気持ちがすごくラクになったのを覚えています。

さらに、これまで以上に私の生き方や姿勢に共感してくださる方が増え、フォロワーさんもぐんぐん増えていきました。

だから私が発信している内容は、フォロワーさんへのメッセージではありますが、過去の自分に話しかけているものでもあるな、と思っています。

冷静に考えれば、私が白髪であることや、52歳になったという事実は、どうごまかしても変えることはできないことです。

頑張っても変えられないことにしがみついたり、悩んだりしても仕方ない。それよりも、受け入れてプラスにとらえたら、楽しくなるしラクになっていくのではないか──。

やっとそう思えるようになりました。

昔の私は、そんなふうには考えられませんでした。だからあの頃、未来への希望なんて少しも見えなかった自分に伝えてあげたいのです。

「そのままで大丈夫だよ。今つらいことも、未来には自分の誇りになるよ、大丈夫だよ!」
ってね。あなたにも、届いていますか?

『52歳、今ようやく人生が始まるの』(KADOKAWA)

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著者:姫
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