フジテレビ系ドラマ『愛の、がっこう。』(毎週木曜22:00~ ※FODでこれまでの全話配信)の第9話が、4日に放送された。
今作は、まっすぐで不器用なあまり過去に恋愛で大きな過ちをおかしてしまった高校教師の愛実(木村文乃)と、複雑な家庭環境から義務教育すらまともに受けられなかった読み書きの苦手なホストのカヲル(ラウール)が出会い、お互いが本当の“愛”を知っていくというラブストーリー。今回は、中島歩演じる川原の“矛盾”に注目したい。
サイコパスのような人物像が一転…
良いドラマの条件は“人間を描けていること”であると言われるが、果たして人間を描くとは何だろうか。それは、人間の“矛盾”を描けているかだろう。
人は当然、単純な生き物ではない。さっきまで怒っていた人が急に笑顔に変わることは無論のこと、良い人でも邪悪な面も必ず持ち合わせているし、一見すると悪人でも情けが一切ないわけではない。そんな当たり前の矛盾を持ち合わせているのが人間なのだ。
だが、それをドラマへ落とし込んだ場合は事情が大きく異なる。さっきまで機嫌のよかった人物が急に怒り出せば、はたまた序盤では良い人が終盤で悪人になれば、それはエンターテインメントとして共感できない、ただの矛盾に陥ってしまう。だからこそ、矛盾をドラマの上で描くことは難しく、キャラクターを極端に単純化してしまう作品ばかりであるのも事実だ。
しかし、今作で人間の矛盾を見事に描けている一人が、愛実の婚約者である川原だろう。
彼の当初の印象はどうだっただろうか。交際経験が少ない純朴なふりをしながらも実は浮気相手がおり、その浮気相手には婚約者がいることを明かしてしまうという無神経さ。でありながら、愛実へは異常に執着し、尾行までする始末。またその流れで、愛実とカヲルの関係性を知り、カヲルに傷害を負わせてしまう…という、その外側だけを追えばサイコパスのような人物像だった。
ところが第9話では一転、自ら身を引き、愛実とカヲルの関係を許し、援護までしてしまうという、まるで人が変わったかのような矛盾を見せた。
それなのにどうだろうか。川原の言動をキャラクターとして共感できないと感じた人は、ほとんどいなかったはずだ。人間とは、どうしようもないほど情けなくみっともない。けれどそれこそが尊く、そうでなければ人間ではないとすら思えるような、愛すべき矛盾を感じたに違いない。
「常に正直である」という描写の積み重ねが意外性を生む
そう思えたのは、彼の人物像をただのピースにしなかった点が大きい。彼の言動の数々は、それをあえて隠すことによって盛り上がりを作ることは可能だったはずだ。しかしながら今回、自分がカヲルを傷つけてしまったことも正直に話してしまった。そんな彼の「常に正直である」という一貫した描写の積み重ねこそが、作劇上の意外性を生んだのはもちろん、人間としての深みも与えている。
序盤と終盤でまるで違うような描かれ方をしたとしても、それこそが人間味であり、だから愛おしい。そう思える矛盾、つまり人間を描くことに成功したということなのだ。
この川原の変化も含め、今回はまるで最終回のようであった。最終回は終幕に合わせて人や物語が急速に動いていく。それに沿った川原の変化であれば、きっと「最終回だから」という邪念も加わったに違いない。だが今作はそうさせなかった。
なぜならこのドラマは、“その先”こそを丁寧に描きたいのだ。清廉であるべき高校教師がなぜ、ホストに本気になってはいけないのか。ホストがなぜ、恋に落ちてはいけないのか。そしてその恋はなぜ、周囲から反対されなければならないのか。この大いなる矛盾をここからさらに丁寧に描こうとしているのが、今作なのだ。







