毎日こつこつと積み上げるように働き、生きている私たち。そこに、にわか雨のように突如訪れる「病」。自分自身だけでなく、パートナーや子ども、親などの近親者が何らかの疾患に襲われることで、当たり前のように過ごしていた日々が一変することもあります。そして、病に対する大きな不安を抱えながらも、それでも働き、生きていかねばなりません。
生きるとは、働くとは、幸せとはなにか考えるシリーズ「生きる、働く、ときどき病」。前回に引き続き、金指歩さんにお話を伺います。
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都内で6歳の男の子を育てるシングルマザーの金指歩さん(39歳)。今のパートナーとの間に第2子を妊娠しましたが、妊婦健診で子宮頸がんがあることが発覚。中絶と子宮全摘出術を受けることとなりました。編集プロダクションの代表として働く金指さんに、病気を治療しながらの働きかたについて話を聞きました。全2回のインタビューの2回目です。
■手術後の治療を見越して、入院前に長男の子育てサポート申請
ーー2025年2月に受けた妊婦健診で子宮頸がんと宣告された金指さん。その翌日に中絶手術を受け、さらに数週間後に広汎子宮全摘出術を受けたそうです。入院期間はどのくらいでしたか?
金指 中絶手術は3月上旬に1泊2日で受け、摘出手術は3月下旬〜4月上旬に10泊11日入院しました。手術は、子宮だけでなく、子宮を支える靭帯や周囲の組織、卵巣、卵管、骨盤内リンパ節を広範囲に切除する開腹手術で、6時間に及びました。手術は無事成功したのですが、なぜか脚にまひが残ってしまい、退院後もつえをつきながら週1回のリハビリに通いました。
ーー入院期間中、長男はだれに見てもらいましたか?
金指 私の母が泊まりに来て長男を見てくれました。長男には、入院する数日前に「おなかの中に病気ができたから取ってくるね」と話しました。私の入院中は母が長男の保育園の送り迎えをしてくれ、退院後の一週間は小学校の送迎もしてくれました。
子どもは病室に面会しに入れない決まりがあり、入院中はしばらく長男と会えませんでした。長男は最初はさみしかったらしく毎日LINE通話がかかってきましたが、だんだん慣れたのか、あるときからLINE通話もかかってこなくなりました(笑)。子どもより私の方がさみしかったかもしれません。
ーー長男はちょうど小学校入学の時期だったのでしょうか。
金指 はい。長男は発達に少し遅れがあり、支援学級に入ることが決まっていました。私の住む地域では、支援学級に在籍する場合、子どもの登下校時に親が送迎しなくてはいけません。手術後の検査の結果によって私の抗がん剤治療が始まるとすると、送迎が難しいことが予想されました。そのため行政の移動支援サービスの申請をしたり、ファミリーサポートに登録したり、といった準備も入院前にしていました。
パートナーと一緒に住む予定はなかったので、退院後もシングルマザーとして生活していかなくてはいけないからです。
■未来が見えず、落ち込んだ気持ちを抱えながら仕事をした
ーー入院期間中、仕事の調整はどうしていましたか?
金指 私は編集プロダクションを運営していて、クライアントからの案件をライターさんに発注したり、自分でも記事の編集作業やライティングを担当したりしています。今年はたまたま3月末納品分の取材が2月中に終わっていたので、入院前にほとんどの仕事をなんとか片づけることができました。
記事の編集作業などの仕事は残っていたので、手術直後には締め切りが入らないように調整しました。入院後半は術後の体も回復してきて個室だったこともあり、持ち込んだパソコンで原稿の編集作業をしたり、オンラインミーティングをしたりしていました。
ーー闘病と仕事の両立で大変だったことは?
金指 私の場合は体のつらさよりもメンタルの揺れのほうが大変でした。医師から「中絶・手術をしなければ余命は2年」と言われ、自分の命を優先することを選びましたが、やはり待望の赤ちゃんを失ったことにとても落ち込みました。入院・手術があるから仕事を前倒しで終わらせるために原稿を書かなきゃいけないのに、頭では失った赤ちゃんのことを考えてしまい、落ち込んで集中力が続かない、ということもかなり苦労しました。
手術前の期間は、CT検査やMRI検査の結果待ちで、転移の状況もわからないなかで、この先にいったいどういう治療が待っているのか、先が見えない不安も大きかったと思います。
ーーメンタルの揺れはどんなふうにケアしましたか?
金指 知り合いのがん経験者に話を聞いたりして少しずつ治療のイメージを持つようにしました。また、入院した総合病院では、メンタルケアやソーシャルサポートにつなぐようなフォロー専門の看護師さんが1人ついてくれ、手術後の体調管理や、利用できる制度のことなどを教えてくれました。私の不安に寄り添ってくれ、メンタル面でもフォローしてくれて、本当に心強かったです。
■体調面は回復。でも心は回復しきれないまま……
ーー退院後の体調などはどうでしょうか。
金指 病理検査の結果、転移がないとわかり、抗がん剤治療などは必要ないとのことでした。4カ月たった今、体はすっかり回復したと思います。ただ、卵巣を取ったことにより女性ホルモンが分泌されにくくなるために、更年期障害の症状や骨粗しょう症・心筋梗塞などが起こるリスクが上がります。そのため、ホルモン補充療法を長期的に実施するようです。薬の副作用はほとんどなく、生活はほぼ元通りです。また、病後の経過観察は5年ほど続くと聞いています。
金銭面では、がん保険と医療保険にも入っていたので出費もカバーできて一安心です。ただ、もし抗がん剤治療が続いていたら、仕事を続けていられなかったかもしれません。
ーー病気によってご自身にどんな変化が起こったと思いますか?
金指 体の回復が早かった反面、回復しきれない心とのギャップを抱えながら生きるようになりました。やはり、中絶したことが私の心に今も重くのしかかっています。自分が不正出血というがんのサインを見逃したから、赤ちゃんの命を犠牲にしてしまった、という罪悪感は消えません。道ばたで子どもを2人連れた親子を見かけたり、ベビーカーに乗っている赤ちゃんを見かけたりすると、自然と涙が出てきてしまう、そんな状態が数カ月続きました。
ーーグリーフケアなどのメンタルサポートは受けましたか?
金指 はい。子どもを失った人向けのグリーフカウンセリングを受けたり、友人やパートナーに話を聞いてもらったりしました。もしつらい気持ちを抱えたまま自分の心がポキッと折れてしまったら、子どもの面倒を見る人がいなくなってしまいます。ちょっと曲がった状態でも折れずにいられるように、人に話したりnoteを書いたりして工夫しました。
とくにグリーフカウンセリングはとてもいい時間でした。90分ほどの面談でカウンセラーに話を聞いてもらったんです。周りの人になかなか言いにくいことも吐き出すことができてかなりすっきりしましたし、自分は本当はこういうにふうに思っていたんだな、と心の整理もできました。
ーー今後の健康面で不安なことは?
金指 今は体調はいいのですが、手術したことによって骨粗しょう症や動脈硬化・心筋梗塞のリスクが上がるということは、つまり寿命が平均より短くなる可能性があるということ。ホルモン補充療法を続けつつ、そういったリスクがあることを意識しながら生きていく必要があります。
もう1つは、骨盤底リンパというリンパ節を切除したために、脚に流れるリンパ液が排出されにくくなり、リンパ浮腫ができやすくなるそうです。発症すると一生治らない病気で、根本的な治療法が見つかっていないらしいので、むくみ防止のために毎日マッサージをしたり、冷えないように夏でもレギンスをはいたり、と日常的なケアが必要になりました。しかたないことですがちょっと面倒です。
ーーさらに育児も重なりますね。
金指 長男は支援学級に通っているので、もし私がまた病気をして動けなくなったらどうしよう、という一人親としての不安は拭えません。
ただ不安がっていてもしかたがないので、放課後等デイサービスや自治体の相談支援員など、息子に関するつながりを複数持つようにしています。頼れる場所があると少し安心です。
■今は日常のすべてが尊いと感じる
ーー病気を経験した今、金指さんは働くことと生きることについてどう考えますか?
金指 私は本当に働くことが大好きで、一生仕事を続けていきたいと思っています。特に今の記事制作の仕事は、取材やリサーチを通して日々新しい知見を得られる点に大きな魅力を感じています。また、結果的にクライアントのお役に立てたり、読者に何かプラスの影響があったりすると、とても嬉しいですね。
また、子どもが生まれるまでは「生きること=働くこと」でしたが、子どもが生まれて家族ができてからは、家族も仕事以上に大事にしたいと思うようになりました。
子宮頸がんだとわかったとき、自分の命をどう使っていくかを改めて考えたんです。子どもにお金を残すために本を書いて印税収入を得ようか、株式投資を頑張ってお金を残そうか、など……。あとは、学生時代からの憧れだったカウンセラーの資格を取りたいなと、大学院の受験要項を調べたりもしました。
ーー命の期限を意識して、「生きること」を改めて考えたんですね。
金指 そうですね。死が近いときは、リアルな生活のことがあまり考えられなくなっていました。まず何より治療しなきゃいけないし、治療のために生活を整えることを優先するし、生きるか死ぬか、残された人に対して何ができるか、限られた時間で何を為すか、などで頭がいっぱいでした。
ドラマや音楽や映画などのエンタメにいっさい興味がなくなったことも変化のひとつです。テレビを見ても「これは生きている人たちの話で、死ぬ人にとっては何にも関係ないな」と思っていました。世間と薄い線を引かれたような感覚です。
ーー治療を終えて、その感覚は変わりましたか?
金指 日常が戻った今はその線の存在も感じなくなりました。無事に手術が成功して転移もなく、余命の話もなくなってみたら、本を書いたり資格を取ることに使う時間もお金もない、という現実に引き戻された感じがあります。
闘病を経て改めて再発見したのは「生きることは日常そのものなんだ」という答えです。仕事も、家族との生活も、子どもに小言をいうことも、日常のすべてがかけがえのない「今を生きる」ということなんだなあって。
これからも悩みや不安は尽きないと思いますが、その日常を精一杯生きていきます。
監修の産婦人科医より
子宮頸がんの予防ではワクチン接種、そして定期的な子宮頸がん検診が重要です。子宮頸がんは前がん病変として「異形成」と呼ばれる状態があります。この状態でしっかり治療できれば、子宮頸がんへの進行を抑制することが可能となります。また最近では、子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルスの検査も行えます。子宮頸がん検診での早期発見がとにかく大事なのです。
金指さんの年代は働き盛りですね。そうすると、どうしても自身の体のことは後回しにしがちです。しかし、どんなに忙しくても子宮頸がん検診は定期的に行うべきなのです。最近では会社検診でもオプションでがん検診ができることが多いかと思います。気付いたときには手遅れ……となるケースも少なくありません。そうならないように定期的な検診を意識するようにしましょう。
監修医師 阿部 一也(あべ かずや)

板橋中央総合病院 医長
日本産科婦人科学会専門医


