フジテレビ系ドラマ『愛の、がっこう。』(毎週木曜22:00~ ※FODでこれまでの全話配信)の第8話が、28日に放送された。
今作は、まっすぐで不器用なあまり過去に恋愛で大きな過ちをおかしてしまった高校教師の愛実(木村文乃)と、複雑な家庭環境から義務教育すらまともに受けられなかった読み書きの苦手なホストのカヲル(ラウール)が出会い、お互いが本当の“愛”を知っていくというラブストーリー。今回は“美しいもの”と“醜いもの”の対比が見事だった。
「恋をすると強くなる」定番のはずなのに感じる“美しさ”
“美しいもの”それは当然、愛実とカヲル、2人の描写だ。これまでいくつもの恋愛ドラマが放送され、その文法はもう出し尽くされているといっていいだろう。だが「恋をすると強くなる」という、これまで何度見たかしれない、恋愛ドラマの定番に愛実が陥っているというのに、そのひたむきさに、そのまっすぐな瞳に、ひたすら“美しさ”を感じてしまった。
それはカヲルも同様で、どんな愛の言葉をささやくよりも、どんなに情熱的なスキンシップを描写するよりも、一生懸命に覚えたての“文字を書く”、ただそれだけで何よりも尊く“美しい”ラブレターになるのだと思い知らされた。それがたとえ無造作に置かれたチラシの裏だったとしても…。
だが、その“美しいもの”とは対照的に、カヲルが生きている夜の世界――ホストクラブ周辺の“醜いもの”が一気にあふれ出た。それは初回から百々子(田中みな実)が追っていた「歌舞伎町ホスト殺人事件」の真相だ。
「歌舞伎町ホスト殺人事件」の真相をなぜチープに描いたのか
このドラマのすごみは、前回も述べたように圧倒的な“リアル”だ。だが今回明かされたその真相は、実に短絡的で浅慮なものだった。犯人である明菜を吉瀬美智子がとてつもない情念で演じたことで、目くらましにもなったが、やはり改めて振り返ってみても、あの真相の描かれ方は、チープでリアリティに欠けるものだったと言わざるを得ない。だが、それこそが今回の狙いだったのではないだろうか。
今作が何よりも丁寧に描いてきたのは、愛実とカヲルの愛の機微だ。2人がなぜ惹かれ合い、なぜ離れられないほど結びつき、そうでありながらなぜ2人の関係に困難が生まれてしまうのかを丁寧に丁寧に描いていくことで“リアル”が生まれ、だからこそ2人の愛を“美しいもの”として表現できていた。
だが今回、2人以外の愛…いや、夜の世界の虚構の愛をあえてチープに描くことで、圧倒的な“醜いもの”として強調してみせた。虚構の愛なんてそんなもの…と言っているかのように。
しかし、だ。驚きだったのはラストの展開。ホストにおける虚構の愛だけを“醜いもの”として見せたその直後、娘の独り立ちや純粋な思いを自らの虚栄心を保つためだけに妨害する、父・誠治(酒向芳)もなんと醜くかったことか…。
この世界は決して単純ではない。夜の世界、ホスト界隈だからといって全てが虚構の愛、醜いものではなく、昼の世界、市井の人々の生活にも当然醜さがはらんでいる。それを見事に描いていたのだ。やはり今作はどこまでも“リアル”を追求した作品だ。









