変わりつつある就職戦線―――。星野リゾートでは昨秋、ついに大学1年生にも内定を出す新制度を導入した。これは"究極の青田買い"なのだろうか? 担当者に話を聞いた。

  • 「星野リゾート」が大学1年生から内定を出す、ホントのワケとは?

■「就活」を問い直す

話を聞いたのは、星野リゾートで採用を担当する鈴木麻里江氏。自身はリーマンショック後の不景気で就職の間口が狭まった2012年に新卒で星野リゾートに入社した。

「当時は1年目に国内の3施設を異動する制度があり、私も軽井沢、西表島、福島県磐梯山で勤めました。2年目から京都・嵐山にある『星のや京都』で7年ほど勤めた後、人事グループに異動して今3期目です」と鈴木氏。現在は採用を主管するユニットディレクターを務めている。

  • 星野リゾート 人事グループ キャリアデザインユニット ユニットディレクター 鈴木麻里江氏

――早速、お聞きします。星野リゾートでは大学1年生にも内定を出すそうですが、その意図について教えてください。

そもそも私たちは大学1年生に内定を出したくてこのスタイルをとったわけではありません。私たちが昨年(2024年)10月からスタートさせたのは、選考に参加するスケジュールを学生自身で決めることができる、というものです。その結果として、大学1年生でも選考に参加することが可能になりました。私たちは大学1年生にも内定オファーを出せますが、実際に内定を出した学生はまだいません。

また星野リゾートでは、これまでも3・4年生の学生に対してエントリー受付開始以降、特に期日を決めることなく、通年で採用を行ってきました。その枠組みを1・2年生にも拡大したということになります。その意図ですが、人生の岐路になる大事な就職活動を、各々に最適なタイミングで参加できるようにしたかった、という背景があります。

  • 選考フロー ※公式サイト引用

――その根底にはどのような思いや考えがあるのでしょうか?

一時期、星野リゾートでは『就活、やめませんか?』なんてメッセージを打ち出したこともありました。内定を勝ち取ることが目的の就職活動をやめて、「働くとはどういうことなのか」、本質を見つめ直すと言いますか、社会人として働く場と出会う、就活生と企業がしっかりマッチングする、そういったことに重きを置いた就職活動であるべきだ、という思いがあります。

――このスタイルを始めるきっかけになったのは?

2024年春に、企業の採用活動の早期化を感じました。例年に比べて、応募者の数がとても少なかったんですね。あとは一次面接のご案内を差し上げても「他社に決まりました」と辞退される学生が多くて。はじめは何が起きているのか分かりませんでしたが、チームで調べたところ、かなりの数の企業が非常に早い時期から動いていたことが分かりました。

情報を早くキャッチできた学生、できなかった学生に大きな差が出ており、フェアな環境ではないと感じました。私たちは地方における採用にも力を入れていますが、このままだと都市部と地方の格差が広がっていくなど公正性に欠ける就職活動になっていくのでは……といった懸念があり、この選考スタイルを取りました。

■実際にエントリーはある?

――ずばり大学1・2年生からのエントリー数は?

大学1・2年生からの応募は、まだ思ったほど多くはありません。内定者に関しては、2年生で内定を出した方はいますが、1年生はまだいません。

ただ、そこは私たちのメッセージが伝わっている部分でもあるのかな、と思います。両者のマッチングを確かめるためには、星野リゾートという会社の理解もさることながら、自分自身を理解することも欠かせません。

そこが不十分に思えて、まだ応募できていないのなら思い通りです。私たちも大学1・2年生からの応募をもっと増やしたい、ということで導入した新制度ではありません。

――新しい採用スタイルを発表した後、周囲からどのような反響がありましたか?

いろんな切り口の報道がありましたので、当初は想定していなかった反応もありましたが、『共感した』という声もたくさんいただきました。学生には『選択肢が増えた』と好評なので、それが何よりうれしいところです。ほかの企業の採用担当とは『ゆくゆくはさまざまな業界がこの流れになっていくのでは』なんて話もしています。

――1・2年生も含めての採用となると、人事の方の負担も大きくなるのでは?

私たちは人事グループ(キャリアデザインユニット)のメンバーだけで採用活動を行っているわけではありません。必ず全国の施設で働くスタッフに協力してもらい採用活動をしています。現場の最前線でお客様と接しているスタッフと学生が直接、触れ合う機会を作るようにしています。

もっともキャリアデザインユニットのメンバーも100%が現場経験者です。人事グループの人間だけで話せることもたくさんありますが、いま現場で勤務しているメンバーと会うことで、入社後の環境、キャリアの作り方など、もっとイメージが広がると思うんです。セミナー、インターンシップ、選考、内定後のフォローアップなど、さまざまな機会に全国のスタッフに協力してもらっていますよ。

■内定後のフォローアップ制度とは

――例えば、1・2年生で内定を出した場合、入社までにはかなりの期間が空くと思います。内定を出した学生に対してのフォローアップはどのようなものがありますか?

フォローアップ方法ですが、どの時期でも参加できるさまざまなイベントを用意しています。内定が出るタイミング・入社するタイミングが人によってバラバラですので、入社まで何カ月残っているか、そのあたりも考慮しています(同社は入社月を4月・6月・10月・2月から自身で選択可能)。

例えばオンラインで完結するもの、施設まで来ていただくもの、ご家族で宿泊いただくものがあります。早い時期に内定を出した学生とは、より頻繁にコミュニケーションをとっていきたいですね。

  • 入社月 ※公式サイト引用

■星野リゾートが考える「就活の在り方」

――星野リゾートが考える「就活の在り方」について教えてください。

これは個人的な気持ちも含みますが、就職活動のときほど世の中の企業と近い距離感でコミュニケーションをとれる機会ってないと思うんです。たくさんの情報に触れて、いろんな人と出会えるチャンスです。だから選択肢を狭めず、いろんな業界を念頭に置いた上でさまざまな企業の担当者と貪欲(どんよく)に出会いを求めていただけたら、と思います。

その過程で、社会全体についても少し見えてくる部分があると思いますし、会社組織の個性も見えてくることでしょう。もちろん自分という人間に気づくこともできる。価値観、大事にしたいこと、譲れないこと、などが出てきますよね。その先に、自身の思いとマッチした企業のひとつとして星野リゾートがあって、入社を志していただけたならうれしいです。

――就活の期間は、世界が広がるタイミングでもありますね。

そうですね。あと、最後にもうひとつだけ……。よく「就職活動が学業の妨げになっている」という声を聞きます。学業という言葉が指すところはいろいろありますが、これまで出会えなかったような人たちと接しながら大人として成長することも、この学生時代にしかできない貴重な"学び"のひとつだと思うんです。

もちろん学生時代には、学問、書物、研究など、さまざまなアカデミックな学びがあることでしょう。最終的には、自分の中でどうバランスをとっていくか。学生一人ひとり、自分なりに考えてアレンジしていってもらえたらと思います。

「いま研究が軌道に乗ってきたから」「サークル活動が佳境だから」あるいは「試験期間が近づいているから」、就職活動から遠ざかりたい時期もあるでしょう。星野リゾートでは新卒採用も通年にしましたので、そのあたりもご自身のタイミングで進めてもらえます。

実際、一次審査を経て面接に進んだ学生が、半年間のインターバルをおいてから面接に来たケースもあります。私たちは、それでもまったく問題ありません。それが新制度を導入したメリットなんです。