電通デジタルはNPO法人 八王子視覚障害者福祉協会と共同で12月20日から12月22日までの3日間、東京ミッドタウン日比谷BASE Q HALL 1にてアート作品を体感できるイベント「ENTOUCHABLE MUSEUM(エンタッチャブルミュージアム)-超さわれる美術館-」を開催した。
■なんとも不思議な感触が!?
デジタルテクノロジー×クリエイティブにより様々な社会課題を解決する「ソーシャルプロジェクト」に取り組んでいる電通デジタル。「ENTOUCHABLE MUSEUM -超さわれる美術館-」には最先端のハプティクス(触覚伝達)技術を導入し、アートを全身で体感できる美術館に仕上げた。
各回とも先着で事前予約を実施。イベント参加は2人1組を必須とした。なお筆者が確認した12月20日の時点で、すべての回が満席となっていた。
まずは、展示された5つの作品を紹介していこう。「グランド・ジャット島の日曜日の午後」は、フランスの新印象派 ジョルジュ・スーラの作品(製作時期は1884年~1886年)。シカゴ美術館が所蔵する、門外不出とされている傑作だ。パリ西部のセーヌ川に浮かぶグランド・ジャット島で過ごす人々を、点描法による優しいタッチで描いている。「さて、この機会に芸術を堪能しましょうか」と安易な気持ちで絵画に近づく筆者だったが――。
あれ、あちらこちらにセンサーのようなものが付いている。ここで現場のスタッフに促されるがまま、絵画を手で触ってみると?
なんと、登場人物が喋りだした。画面の中央付近で俯いている女性に触れてみると、涙声……。隣りの友人に、恋のお悩み相談でもしているのだろうか? 手前を触れば犬や猿のにぎやかな鳴き声が聞こえ、林からは鳥のさえずり。絵画を触る位置によって、音と振動がグラデーションで重なり合っていく。岸辺で楽器を演奏する男性からは金管楽器の響き、遠くの帆船からは汽笛の音。作中で唯一、こちらを見つめているのは白い洋服の少女だ。さすると、フランス語で何かを語りかけてくる……。
スタッフは「視覚に障害のある人にも、フランスのとある島の日曜日の午後がどんなものか、想像してもらえる仕掛けです。ちなみに、この作品には“不倫”という裏のテーマも潜んでいます。そんなことを知ると、楽しみ方がより広がるでしょう」と解説する。
続いて「関ケ原合戦図屏風」は、江戸時代後期の作品。慶長5年(1600年)の関ケ原における合戦の模様が描かれている。日本史の教科書で見た記憶がある、という人も多いことだろう。こちらも同様に、絵のなかを手でさすっていくと……。
徳川家康の陣幕からは「家康様! 戦況は劣勢です」「一体、小早川は何をしておる! 松尾山に大筒を放て!」という荒々しい声が聞こえてきた。どうもプロの声優さんの声のようだ。対する石田三成の陣幕を触ると「三成殿! 島左近殿が負傷しました!」「なんじゃと左近が!」という緊迫感のあるやりとり。背後では馬のいななき、武将の雄叫び、銃弾が飛び交う音が聞こえ、触れた手には大小様々な振動が伝わってくる。
スタッフは「つい私たちは、視覚から得る情報だけでアートを理解しがちです。でも、このイベントではアートを全身で体感できます。視覚に障害のある人と一緒に作品を鑑賞して、感性を共有する機会にもしてもらえたら幸いです」と話す。
このほか、風のうなりと雷のダイナミクスを体感できる「風神雷神図屏風」、水が流れる様子や草木の揺れなどの環境音まで再現した「下野黒髪山きりふりの滝」が展示された。
上記の4作品には、音声触覚変換デバイスが用いられた。一方で、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「モナ・リザ」には、超音波ハプティクス技術を導入。なんと、モナリザと握手できるという。
そもそもハプティクス(触覚伝達)技術とは、ユーザーに「実際にモノに触れているような感触」をフィードバックする技術のこと。これを超音波の振動で実現する。作品の展示にあたっては、東京大学 大学院 新領域創成科学研究科 篠田・牧野研究室が協力した。何も装着していない人の手のひらに“触覚を提示”するとの説明だが――。
アナウンスに従い、装置の中に手を入れてみた。するとディスプレイのモナリザが「ふふふ。はじめまして。私はモナリザ」と自己紹介をはじめる。やがて、なるほど不思議な触感がやってきた……! こちらが差し出した右手を優しく両手で包み込むような、そんな温かさを感じる。ここでギョっとして装置の中を覗き込んだが、手には何も触れていなければ、ファンが回って風が吹いているような様子もない。スタッフに聞けば、これが超音波ハプティクス技術だという。
このあとモナリザは「私からの特別なプレゼント」と意味深な発言。なんだろうと期待して待っていると、人差し指で、手のひらをなぞるように触れてきた! ドキドキが止まらない。
■イベント開催のきっかけは?
電通デジタルの澤田悠太氏は、とある機会に美術館でアート作品に触ろうとする小さな子どもを見て、本イベントを開催するヒントを得たと明かす。その後、アイデアをチームに持ち帰って議論を重ねるうちに、目の不自由な方も楽しめる趣向が盛り込まれることになる。「これまで芸術鑑賞と言えば、視覚を頼りに1人で観賞するものが主でした。そこで超さわれる美術館は、視覚障害の方も没入体験でき、バディやサポーターの方と感想も共有できる、そんな美術館を目指しました」と澤田氏。
八王子視覚障害者福祉協会の大形一憲氏は「視覚障害者は、まだまだ社会参加できていない、という現状があります。でも今回のような最先端技術を導入したイベントが今後も開催されることで、視覚に障害のある人も外で楽しむ機会が生まれる。ひいては、こうした積み重ねが社会参加のきっかけに繋がれば嬉しいです」と期待感を示す。ちなみに大形氏のオススメは「関ケ原合戦図屏風」だそう。「みなさんも是非、目を閉じた状態で体験してもらえたら。きっと、目の前で合戦が行われているような錯覚を楽しめると思います」と笑顔で話した。