マンガ編集者の原点 Vol.12 秋田書店・山本侑里

マンガ家が作品を発表するのに、経験豊富なマンガ編集者の存在は重要だ。しかし誰にでも“初めて”がある。ヒット作を輩出してきた優秀な編集者も、成功だけではない経験を経ているはず。名作を生み出す売れっ子編集者が、最初にどんな連載作品を手がけたのか──いわば「担当デビュー作」について当時を振り返りながら語ってもらい、マンガ家と編集者の関係や、編集者が作品に及ぼす影響などに迫る連載シリーズだ。

今回登場してもらうのは、秋田書店の山本侑里氏。2008年に入社し、月刊プリンセス編集部でキャリアをスタートさせた。2013年から連載を開始した「薔薇王の葬列」(菅野文)が累計200万部を記録する大ヒットを記録。近年では、「海が走るエンドロール」(たらちねジョン)、「いつか死ぬなら絵を売ってから」(ぱらり)などの話題作も手がける。話しているとつい気を許してしまい、垣根なくすべてを話し、聞きたくなってしまう。そんな名付け得ぬ天性を持った山本氏は、「おもしれー女」であり、「行動力」の人だった。

取材・文 / 的場容子

「おもしれー女」の青春

1985年、静岡県に生まれた山本氏。少女マンガを読みすぎて「とにかくオタク」な子供時代を送った。

「勉強には厳しい家でしたが、マンガとかゲームはOKで、家には『王家の紋章』(細川智栄子あんど芙~みん)がありました。通っていたピアノ教室には『はじめちゃんが一番!』(渡辺多恵子)や、ちょっとエッチなマンガ……『結婚ゲーム』(村生ミオ)なんかが置いてあって。のちに、私も『(超)くせになりそう』(なかの弥生 / 原作:芳村杏)を布教のために持っていったりしていました」

マンガにのめりこみ始め、行動もオタクちっくにエスカレートしていく。

「ちょっと変わった女の子が少女マンガでモテたりするのを読んで勘違いして、スカートにわざと犬の毛をつけて登校するような中学生でした。普通に考えればただただ汚いだけなんですけど、そうすると、当然『何それ?(笑)』ってめっちゃ突っ込まれる。そんな自分のことを当時は“おもしれー女”だと思っていて(笑)。それから、タイムスリップをしたときのためにアーチェリーを習っていたり、『もののけ姫』のアシタカに憧れて、技術の時間にはんだごてで『つぶて』を作って持ち歩いていました」

「つぶて」は、「もののけ姫」で猪神をタタリ神にしてしまう原因となった鉛の玉。少女時代の山本氏、なかなか思い込む力の強い女子である。

「中2くらいまではそのトーンで突き進んでいたんですが、中3のときクラスメイトになった男子に『お前、本当にやばいよ。ってか、うざい』って言われて、そこで気づきました。その日は泣いて帰りましたが、言ってもらってよかったです(笑)」

当時の山本氏が購読していたとある雑誌をめぐっては、家族で騒動になった。 

「アニメージュをたまに買っていたんですが、ある日それを家族に発見されて、『侑里がオタクになってる!』って私のいないところで家族会議が開かれていました」

当時の「オタク」という言葉の重さと言ったら、まったくもって今の比ではなかった。個人の感覚では、「オタク=キモい、ヤバいヤツ、嘲笑の対象」であり、現代のようにオタクとオシャレの両立を許すような気の利いたグッズもない。一緒にいるところを見られるのもマズい、と感じられるような存在だった。そんな時代に、マンガを愛するちょっとイタいオタク少女。それが山本氏だった。

「マンガ誌はなかよし(講談社)を定期購読していて、ときどきりぼん(集英社)やちゃお、少女コミック(ともに小学館)も買っていました。小学校高学年から週刊少年ジャンプ(集英社)や少年ガンガン(スクウェア・エニックス)、を買っていた時期も。作品だと『ちびまる子ちゃん』(さくらももこ)が本当に面白くて、『怪盗セイント・テール』(立川恵)も好きでした。『封神演義』(藤崎竜)にもハマって、当時友達とFAXでイラスト交換していました。そして、今でもすっごく好きなのが、小学校高学年くらいで読んだ『BASARA』(田村由美)。何回も読み返しています」

別冊少女コミック(小学館 / 現ベツコミ)で1990年から1998年まで連載された「BASARA」は、300年後の日本を舞台に展開するダークなファンタジー。父と兄を殺し、村を滅ぼした“赤の王”への復讐を誓い、女であることを隠して壮絶な冒険と恋を繰り広げるヒロインに、当時の小・中学生女子は熱狂した。

「キャラクターの人生がすごく見えてくる作品でした。運命の女を探して旅をする揚羽(あげは)がめちゃくちゃ好き。網走刑務所編で、主人公が刑務所で犯されてしまうのを阻止するために、揚羽が代わりとなり刑務所の中で一番強い人に自分を差し出すシーンに『なんだこのすごい人は!』と衝撃的を受けて。それまで自分の中では少女マンガといえば現代が舞台の男女の恋愛ものという感じだったのですが、その認識を『BASARA』が変えてくれた。日本を舞台にしたSFのような話も、すごくドラマチックで面白かったですね」

のちに担当することになる「薔薇王の葬列」にも、「BASARA」に通じるものがあると語る山本氏。在籍する月刊プリンセスも、古くは「悪魔の花嫁」(原作:池田悦子 / 作画:あしべゆうほ)を筆頭に、先述した「王家の紋章」や「イブの息子たち」(青池保子)など、並外れたスケールで描く少女マンガファンタジーの老舗だ。そうした壮大なストーリーを受け入れる心の土壌は、少女時代に培われた。

「上田倫子先生の『リョウ』も好きだし、歴史ロマンものって面白いですよね。普通の学園ものも読んでいたのですが、グサッと刺さったのは、ダイナミックなファンタジーでしたね」

就活で見せた桁外れの行動力

大学では表現芸術を専攻。就活でマンガ編集者を志したのは、「雑誌づくり」が好きな性分も大いに影響していた。

「思い返せば、最初に編集者的なことをしたのは小学校高学年のとき。当時の友達が“まさとしくん(仮)”という子のことが好きで、彼の情報が知りたいというので“まさとしくんの情報誌”を作ったことがあったんですよ。『まっくんアドベンチャー』という雑誌で(笑)、本人にインタビューしたり、マンガを描いたり、当時彼が使っていた文房具にサインをもらって付録につけたりして。そのときからそういうことが好きだったのかも。大学でも機関誌を作るサークルに所属していました」

友人の恋はめでたく実り、子供らしいグループデートなどをして楽しんだという。

「就職活動のとき、水城せとな先生の『放課後保健室』にハマって。そのときのプリンセスって、おおひなたごう先生の『空飛べ!プッチ』なんかも連載していて、毛色の違う作品が混在する、いい意味ですごくカオスな雑誌でした。市東亮子先生の『BUD BOY』や梅田阿比先生の『フルセット!』なども、ほかで見たことがないようなマンガがあるなと秋田書店のファンになっていきました」

就活では秋田書店も含めたさまざまな出版社に挑戦。意外なことに、当時の第一志望は営業だったという。

「面接では、アピールのために山手線各駅の書店さんをまわって、秋田書店のどの本が平積みされているかのリストを作って提出しました。秋田書店はそれを面白がってくれて、『次は何をしてくれるのかな?』と言われ、フリだと思って『次は“東海道五十三次”行きます!』って宣言したので、実際に『東海道五十三次』の各地方の書店をまわって、データ化していました」

この行動力。山本氏と関わりを持った人は、そのがむしゃらさ、ひたむきさを愛さずにはいられない。努力の甲斐あって秋田書店に営業志望で入社したのち、営業ではなく編集としてのキャリアをスタートさせることになる。

「入社した後にいろんな部署を研修で回るのですが、体験してみたら『編集者の仕事って面白いな!』というところに戻ってきて。希望が通り、今に至ります」

初期の担当作──くろだ美里、髙橋美由紀、みもり

2008年に入社後、プリンセス編集部に所属。新人時代に担当したのはくろだ美里「でらっくすっ!」「キウイケツキドラキウイラ」、髙橋美由紀「キルトS(セカンド)」だった。

「くろだ先生はプリンセスでずっと描いてくださっている方で、新人の編集者は、4コマはマンガの基本、ということでくろだ先生を担当させていただくことが多かったです。髙橋先生の『キルトS』は、当時の編集長が担当していて、手伝いで入った形でした。ベテランの先生なので、今だと経験できないような写植やコマノンブル貼りの作業を、原稿を待っている間にさせていただきました。そういえば修羅場のとき、ベタ塗りのお手伝いをさせていただいたこともあったのですが、正直使い物にならなかったです。原稿を綺麗に仕上げていくのってすごいことなんだなと思いました」

初めて編集として独り立ちし声をかけた作家は、「地獄堂霊界通信」(原作:香月日輪)、「しゃばけ」(原作:畠中恵)などのコミカライズや、「アオハルッ!」などで知られるみもりだった。

「入社前から好きな作家さんで、それを知っていた当時の先輩がご挨拶の場に連れていってくれました。のちに担当替えがあった際に譲ってもらい、担当させてもらうことになったんです。最初に一緒に作ったのが『恋して☆トゥインクル』。かつて魔法少女だった女の子が高校生になってそれでも魔法少女をまだやらなきゃいけなくて……というお話。みもり先生とはその後、高橋葉介先生原作の『押入れの少年』でもご一緒させていただきました」

「夢幻紳士」「学校怪談」など、怪奇譚の名手である高橋とみもりがタッグを組んだ「押入れの少年」は2012年からプリンセスGOLDで連載開始し、途中で月刊プリンセスに移籍。両親が行方不明になった少女・みことと、謎の少年・サトルの不思議な交流を描くホラーコメディは人気作となった。

順調にキャリアをスタートさせた山本だが、若手時代を振り返ると、「今ならもっとうまくできるはず」と思う局面もあるという。

「私、アイデアを思いついたら言っちゃうタイプなんですよ。言いすぎて、『混乱させたいんですか?』と作家さんを困らせてしまったことがあって……先生によって打ち合わせの対応は変えないといけないと学びました。それから、若手の頃は単行本の装丁について、商品としてのパッケージよりも、自分がいいと思うかを強く意識していた気がします。もっとよくできたのでは?と思うものもありますね」

編集者人生を変えた、菅野文との出逢い

入社から3年あまり経った2011年、転機が訪れる。菅野文との出会いだ。

「現在の社長で、当時の局長だった樋口(茂)さんがパーティで先生とお会いして名刺を交換させていただいたのがきっかけでした。その後、名刺を借りて私から先生にお電話したのが最初ですね。当時、白泉社の花とゆめで連載していた『オトメン(乙男)』がそろそろ終わるくらいのタイミングで、初めてお会いすることになりました。

そのときも私はネタ帳を持っていって、先生と一緒にやりたい仕事を延々とプレゼンしました。結果的にそれは一切使われないんですけど(笑)、ただ、ありがたいことに先生にはやる気は伝わったようで、受け入れてくださったのだと思います」

「薔薇王の葬列」1巻が出たときの衝撃を、今も覚えている。2014年当時、「オトメン」の作者が雑誌を移籍してものすごい作品を描いた、と話題になり、近所の書店まで見にいったのだ。というのも、菅野の名を世間に知らしめた「オトメン」は、美麗な絵で繰り出されるコメディタッチのラブストーリーであり、シェイクスピアの史劇を下敷きにしたダークな歴史サスペンス「薔薇王の葬列」とは、かけ離れたイメージだったのだ。わかりやすく言えば陽と陰。どのようにして著者の移籍は実現し、「薔薇王」が着想されたのだろう。

「移籍については、私が説得したというよりは、先生がやりやすい環境をご用意できたことが大きかったのだと思います。『薔薇王』という作品は、最初から先生が『こういう作品をやりたい』というビジョンをしっかりお持ちでした。初期の『北走新選組』『悪性 -アクサガ-』といった作品でも、歴史をテーマにしていたり、ダークめのお話を描かれていたので、そちらのほうがお得意というのもあったのかなと。

最初に先生から『薔薇王』の設定を伺ったときは正直ピンと来ていなかったんですけど、その後にキャラクターデザインを見せていただいて『カッコいいな!』と前のめりになりました。こちらからは、『リチャードは片目隠れキャラにしてください』ということだけはお伝えしました(笑)」

あらためて、「薔薇王の葬列」とはどのような作品かをおさらいしておこう。英国を代表する17世紀の作家シェイクスピアによる「ヘンリー六世」と「リチャード三世」を原案とした作品で、中世の薔薇戦争を背景に、男女両方の性を持つリチャードが、イングランド王位を目指しのし上がっていく異色の少女マンガだ。2013年に月刊プリンセスで連載を開始し、2022年に完結。その後も外伝「薔薇王の葬列 王妃と薔薇の騎士」が2023年まで発表され、多くのファンに愛される作品となった。英国中世の歴史はもちろん、当時の文化や風俗、シェイクスピア作品の読み解きなど、複雑な要素が重層的にからみあった珠玉のエンタメだ。

初期のキャラデザについて、以前菅野は「最初はもっとダークなキャラ作りをしていた」と語っていた。要約すると、主人公リチャードについて、菅野は当初シェイクスピアが描いたリチャード三世に近いキャラで描いたところ、山本氏に「ちょっと共感しづらい」と言われたことから、野心家の部分を少し削り、「人間味というかとっつきやすさ」を出した。ビジュアルの面では、最初両目を出したキャラを菅野が持っていったところ、山本氏の「趣味というか(笑)、そのほうがカッコいいから」ということで片目隠しキャラにしたという。このように、「共感しやすい要素とか、派手な部分」はかなり山本氏のアドバイスで変えたということだ。菅野からすると、初期の段階でも、ある程度山本氏の意見は取り入れた形になったようである。

最初に提案したのは「坊主ラップ」「茶摘みテニス」

ここで少し時間を巻き戻そう。2人の初面会時、最初に山本氏が菅野に提案していたのは、「薔薇王」とは180度異なる路線だったという。

「“坊主がラップする話”のアイデアを持っていった記憶があります。木魚でビートを刻んで……。その当時、私がMCバトルにハマっていたのもあり、そういうのができたらと(笑)。あとは、本当にくだらないんですけどお茶摘みばかりをしていた主人公が絶妙な手首の切り返しを発揮し、テニスで勝ち上がっていく“茶摘みテニス”とか。

今思うと、そのくだらなさゆえに先生に『コイツにだったらいろいろ話してもいいか』って思ってもらえたのかもしれない。そのときも、全部のネタを一応説明して、先生は『はい、はい』って聞いてはくれるんですけど、『あっ、響いてないな』ってわかる感じでしたね(笑)。とにかく、菅野先生にうちで描いてほしい!という思いが先行していました。そもそも、編集者が作家さんより面白いネタを持っていることってそうそうないんですよ。でも、何かが刺さってくれたらうれしいなと思って、いろんなことをお伝えしていました」

ある意味ちぐはぐなスタートから始まったタッグであったが、蓋を開けてみると「薔薇王」は累計200万部を超える大ヒット作となり、2022年にはアニメも放送。山本が担当した中で最大のヒット作であり、最長作となった。菅野の「坊主ラップ」や「茶摘みテニス」も機会があれば読んでみたいが、まずは「薔薇王」という作品が世に出て、多くの人を虜にする傑作になったことを祝いたい。

「『薔薇王』はサイン会やトークイベントなどを企画することもあり、直接読者さんとお会いする機会が非常に多かった作品でした。会社で仕事をしていると、読者さんっているのはわかっていても姿が見えないんですよね。だけど、イベントを開催すると読んでくれているたくさんの方に直接お会いできて、しかもすごく熱い思いを作品に持っていることを肌で感じることができたので、ありがたいことだと思いました。マンガって、描いただけでは完成しなくて、読者さんがいてこそなので」

「薔薇王」と走りきった10年間は、山本の財産となった。

「長期連載って休みが全然ないですし、あのクオリティで描かれていると疲れたりすることもあるはずなのですが、菅野先生は走りきってくださいました。先生はマンガがお好きな方なので、とにかくマンガのお話をたくさんしましたし、打ち合わせでは、ずっと『薔薇王』の話をしていた気がします。それこそ、取材旅行について行ったときも、旅行中ずっと『薔薇王』の話をしていました。

先生にも、私が『作品のことを思ってくれているのがよかった』とおっしゃっていただいたことがあって、ちゃんと向き合っていたことは伝わったようでうれしかったですね。いくら読者さんの反応があるとはいえ、連載が長いとモチベーションを保つのがどうしても難しくなってきます。編集者として、そこをうまく支えられていたらうれしいなと思います」

読者を飽きさせない仕掛けにも腐心したという。

「年に1回グッズを出したり、イベントを打ったり、作品公式X(旧Twitter)を運用したり──。何をすればフォロワーが増えるのかな?と試行錯誤して、最初は“『薔薇王』のなぞなぞ”とかやっていましたが、意味なかったです(笑)。途中から、単行本発売前にカウントダウンのマンガを掲載するようになり、手応えを確かめながら、少しずつ工夫していきました。

宣伝については『進撃の巨人』も参考にしていましたね。『進撃』はシリアスな作品だけど宣伝方法はコミカルなものが多く、『薔薇王』も同じで中身がシリアスなので宣伝はコミカルなものをやれたらと思って。読者さんも先生も楽しんでくださったと思います」

話題作「海が走るエンドロール」「いつか死ぬなら絵を売ってから」

最近では、「海が走るエンドロール」(たらちねジョン)、「いつか死ぬなら絵を売ってから」(ぱらり)など、アートと人生をテーマにした話題作も担当している。「海が走るエンドロール」は、「このマンガがすごい!2022」のオンナ編第1位を獲得し、話題をさらった。夫を亡くして一人暮らしを送る65歳のうみ子が、ある青年との出会いをきっかけに、映画作りを志すようになるというストーリーだ。たらちねとの出会ったのは、山本が悩んでいる最中の出来事だった。

「上司から『売れるマンガを作れ』と言われて、もやもや考えていた時期のこと。“売れるマンガと面白いマンガは違う”とか、“異世界ものが『売れるマンガ』なんだろうか?”とかいろいろ考えてわからなくなっているときに、たらちね先生の前作である『アザミの城の魔女』をたまたま読んで、『この先生の描く作品って、視点が優しいなあ』と感じました。完璧ではない人同士が手を取り合って、寄り添って生きていく──そうしたまなざしを感じる作品だなと。なんだか、『面白いマンガってこういうマンガだ』と思い出させてくれたみたいで、ちょっと救われたんです。

そうしたことをお伝えしつつご連絡したところ、会っていただけることになりました。ちょうど先生も前作が終わるタイミングで、次の作品をどうしようと思っていらっしゃるときで、『薔薇王』のときもですがタイミングがよかったと思います」

たらちねの姿勢や振る舞いには、「天才」を感じることがあるという。

「先日、ブリュッセルでブックフェアイベントがあってご一緒した際に、読者の『キャラの全身を描いてほしい』というリクエストに応えていたのですが、下絵なしに鮮やかにスッと描き上げられていて、天才だなと思いました。あと、モノローグのワードセンスにはいつも驚かされています。心に響きすぎてネームを読んでいて泣いてしまうこともありました。勉強熱心な方で、よく『今月の常識は来月変わっているかもしれないから、常に勉強し続けないといけない』とおっしゃっていて。描いているのは今だけど、実はずっと未来を見ながら描いているような視点の持ち方は編集者としても見習わなければと思っています。常にアンテナを張りつづけられるというのは、ある種の才能だと感じますね」

一方で、「いつか死ぬなら絵を売ってから」のぱらりとの出会いも、運に恵まれていたという。

「弊社のWeb持ち込みにネームを持ち込んでくださっていたんです。ある朝、たまたま投稿作をチェックをしていたら、現在の作品の原型になるそのネームを見つけて、すごく面白いなと思って。ぱらり先生は前作『ムギとペス~モンスターズダイアリー~』をXで見たり、単行本も買っていて面白かったので、すぐに編集長に話を通して連載企画として進めはじめました」

「いつか死ぬなら絵を売ってから」は、ネカフェ暮らしで清掃員として身を立てている主人公・一希が、趣味の絵を描いていたところ、妙な青年に「絵を買わせてほしい」と頼まれるところから始まる、現代アートをテーマにしたある種のシンデレラストーリー。あまり世に知られていない現代アートとお金の関係、その界隈で生きるかなり変わった人々をめぐるお仕事マンガでもある。たとえば、マンガ内で「一億二千万円」の架空の現代アートが登場した際に、その作品のビジュアルを説得力をもった魅力的な絵で見せてくれるのも、醍醐味の1つだ。

「芸術をめぐるお話って、作者としての葛藤に重きを置いた作品が多い中で、『いつ絵を』はお金の話をテーマにしていて、ほかにはない新しい視点だなと感じています。『海が走るエンドロール』も『いつ絵を』も、確かに芸術系の作品ですが、自分の中では全然違う題材としてありますね」

BLマガジン・カチCOMIは6周年

現在、月刊プリンセスや月刊ミステリーボニータ、プチプリンセスなど複数媒体で連載を手がける山本氏は、電子BLマガジン、カチCOMIの作品も担当している。カチCOMIは、ヤンキーマンガの老舗である秋田書店が、満を持してスタートした“アウトロー特化型電子BLマガジン”だ。2017年6月に配信開始し、創刊当時のキャッチコピーは「お前と夜のタイマン勝負!!」。ヤンキーはもちろん、ヤクザや半グレ、裏社会や夜の世界の住人など、こんなにいたのかというくらい多彩なアウトローキャラクターたちが活躍している。6周年を迎えた今は、アウトローにとどまらずさまざまなジャンルに挑戦する雑誌となった。

山本氏が同誌で担当するのは「兄弟制度のあるヤンキー学園で、今日も契りを迫られてます」(赤いシラフ)、「まちのヤクザとパン屋さん」(あめのジジ)など。山本氏にBLを作るうえでの心構えを聞いたところ、意外にも、一般作品との違いはそこまで意識していないという。

「キャラクターとして受けと攻めがいて、その2人の恋愛をメインにしているのがBL。そこから離れすぎてるとラブが見たい読者さんの需要には沿えないと思うので、そこだけは気をつけています。とにかく、カップリングにいかに萌えるかが大事かなと」

ただし、BLというジャンルの特質上、気をつけていることがあるという。

「作者さんとカップリングの趣味が違うときは、お互いのため、作品のためにも“一緒にお仕事をしないほうがいい”と思うことはあります。例えば、キャラデザを出していただいた時点で、作家さんが思っている受け攻めと私が思ったそれとは逆だったとき。基本的には、作家さん自身が『こういう受けが萌える』『こういう攻めがいい』というイメージをお持ちのはずで、それに沿ったほうが絶対にマンガが面白くなる。なので、それを編集者の趣味で変えることはしないほうがいいと思っています。

これが一般誌の場合、例えばかわいい感じのヒーローをもっとカッコよく寄せる、とかそうした調整はできると思うのですが、BLで受け攻めが逆だった場合、ご相談をしたうえで、素直に“他社さんのほうが向いていると思います”と伝えていますね」

友人関係でも言えることだが、カップリングの問題だけは、話し合っても平行線。どちらも「エビデンス」なんてものはないに等しいので、そうした戦いは不毛なうえ、両者の関係性を破壊する大規模戦にまで発展する可能性がある。

「『最近こういう受けがウケてます』とかいう話でもなくて。やっぱり、描くうえで作者がキャラクターに萌えていないと、人物が“ただの器”になってしまう。BLの場合は特に、無理やり改造しないほうが、キャラクターにとっても読者にとっても、すべての人にとっていいと思っています」

このように、ジャンルを問わず多くのマンガを手がける中で、山本氏が「貴重な経験だった」と語るのが、アンソロジーの仕事だ。これまで「弱虫ペダル」公式アンソロジー「放課後ペダル」シリーズや、「刀剣乱舞」アンソロジーなどを手がけてきた。中でも、「ブラック・ジャック」(手塚治虫)40周年を記念して2013年に発売されたアンソロジー「ピノコトリビュート アッチョンブリケ!」は、忘れられない1冊になったという。

「種村有菜先生やヤマザキマリさんをはじめとして、錚々たる先生方に参加いただいて。他社の編集さんに連絡をして取り次いでいただいたり、編集者として、作りたい本を“編む”という経験がこの1冊でしっかり果たせたように思いました」

少女マンガをもっと「すごいって言って!」

そんな山本氏にとっての運命の作家、菅野文の新作がチャンピオンクロスで読めるという。新作は、なんと「少年マンガ」!

「ダークファンタジーで、菅野先生の集大成です。すごく面白いので、ぜひご期待ください。読者の『調べたい欲』をそそるような作品で、『薔薇王』が好きな方もきっと興味を持っていただけるので、楽しんでいただけるとうれしいです。先生は『新しいことに挑戦したい』とよくおっしゃっているのですが、今回もまさに。『ぜひ付き合います!』という感じで、ワクワクしています」

今度はどんな作品で私たちの細胞を活性化させてくれるのだろう──楽しみでならない!そんな山本氏は今後、編集者として叶えたい夢が2つあるという。「担当作品がめちゃくちゃ売れてほしい!」と、「少女マンガの地位の向上」。

「『少女マンガなのに面白い』っていう言い方をなくしたいと思っています。話題作が『男でも読める少女マンガだ』と評価されたり、青年誌で連載されているマンガを『男が読める少女マンガ』みたいに言われると……『少女マンガとは一体?」と思うことがよくあります。シンプルに『この少女マンガは面白い』でいいはずなのに……モヤっとしますね。

将来的には少年とか少女とか青年とか、レーベルやカテゴリー分けがなくなってもいいのかなと思いつつ、まだそのレベルに人間が達せていないと思うんです。──現時点で、カテゴリーをとっぱらったとしたら売れ線の同じような内容の作品ばかりになってしまう気がするんです。なので、対等になったうえで、カテゴリー分けがなくなるのが理想です。とにかく、みんなもっと『少女マンガってすごい!』って言ってくれていいんだよ、って思っています。実際、面白い作品がたくさんあるので!」

では、“おもしれー女”だった少女時代から、少女マンガをこよなく愛する山本氏にとって、少女マンガとは? ズバリ、「愛」。

「恋愛だけじゃなくて、人間愛、慈しむ心、優しい視点──そうしたものすべて。愛のふとした機微に気づかせてくれるもの、寄り添ってくれるものが少女マンガだと思っています。自分はそういうところを少女マンガに教わってきました」

愛は、日常生活だと見えづらい。確実に存在しているが、実際に言葉にすれば照れるし、生活の中ではついつい空気のように存在を忘れてしまう。それを見えるようにしてくれるもの、気づかせてくれるものの代表選手が少女マンガなのかもしれない。少女マンガでいろんな愛を教わり、育み、伝えていく山本氏の今後を、私は応援したいと思う。そんな山本氏が考える「編集者の心得」とは。

「常に好奇心を持って楽しめる才能、でしょうか。上司から『こういう作品を作れ』とか『売れるマンガを出せ』って言われても、本当に自分が面白いって思った部分は絶対になくさないほうがいいと思う。それがなくなると、何が面白かったのか評価基準がわからなくなってしまうので、自分がこれまでに読んできて感じた面白いなと思った気持ちを大事にして、常に“おもしろ”を探して勉強する旅。『面白いぞ』と思うものがあったときに食らいついていける行動力があると、なおいいと思います。

お話ししてきたのでおわかりかと思うんですけど、これまでの私の仕事って、タイミングに恵まれていました。だけど、それってまず行動しないと出会えないものなので、“行動力が運を引き寄せる”のだと思っています。菅野先生とお会いできるとなったときも、何も役に立ててはいないですがアイデアを持っていかなかったら一緒にお仕事はできなかったかもしれないし、たらちね先生もそう。ぱらり先生もWeb持ち込みをチェックしてお声がけしていなければ、流れちゃっていたかもしれない。一歩踏み出したかどうかで未来は大きく変わる。そう信じています」

山本侑里(ヤマモトユリ)

1985年生まれ。2008年に秋田書店に入社し月刊プリンセス編集部に配属。担当作品にくろだ美里「キウイケツキドラキウイラ」、菅野文「薔薇王の葬列」シリーズ、みもり「恋して☆トゥインクル」、たらちねジョン「海が走るエンドロール」、ぱらり「いつか死ぬなら絵を売ってから」、赤いシラフ「兄弟制度のあるヤンキー学園で、今日も契りを迫られてます」 SHOOWA原作、奥嶋ひろまさ漫画「同棲ヤンキー赤松セブン」など多数。