陸上競技の日本勢としてメダル第1号となった、男子5000m(T11/視覚障がい)の唐澤剣也。東京大会で銀メダルを獲った唐澤が2人のガイドとともに挑んだのは、世界記録更新と金メダル獲得、2つの目標だった。

意欲的なレース運びに観客も興奮

30日、男子5000m(T11)決勝が行われた朝のスタッド・ド・フランスは、気温18度、湿度78%、風速13㎞で、時折小雨がぱらつくくもり空。同レースに出場したベテランの和田伸也いわく、「5000m日和」となった。

「世界記録を更新すれば、金メダルも見えてくる」(唐澤)との意気込みで挑んだチーム唐澤のスタート位置は、3コース。両どなりは、唐澤のライバルで、近年、この種目をけん引している東京大会金メダリストで、世界記録保持者のイエルツィン・ジャクエス(ブラジル)と、東京大会7位のジュリオ セザル・アグリピノ ドス サントス(ブラジル)だ。

号砲とともに、早速、アグリピノ ドス サントスが飛び出す。チーム唐澤の1人目のガイドランナーは、清水琢馬だ。清水は、唐澤やコーチ兼ガイドの小林光二とは所属企業が異なり、国際大会の経験も浅い。しかし、「4月中旬ごろから、清水ガイドが仕事を休職して専念し」(唐澤)、練習を積み重ねてきた。それだけに息もぴったり。スタート直後、2人は4番手に位置取ると、力強い走りで外側から抜きにかかり、1周目で3番手、2周目には早くも2番手につけた。

清水琢馬ガイドは会社を休職してガイドに専念

その後も、「ペースによっては、2000mから3000mの間で先頭に出たい、と話していた」(唐澤)というように、何度か果敢にしかけるが、アグリピノ ドス サントスにブロックされ、前に出られない。しかし、慌てることなく、「中盤で足を使ってしまうとラスト勝負に負けてしまうので、無理せず行こうと判断し」(唐澤)、2位をキープしつつ、堅実にレースを進めていく。とはいえ、決して消極的ではなく、「隙あらば」という積極性が見える走りで、観客も釘づけになっていた。

3位までが世界記録の異次元スピード

12周半のうち5周目までは7組程度がグループを形成していたが、6周目ごろから徐々にばらけ始め、上位3、4組に絞られる展開となる。唐澤は終始2位をキープしていたものの、8週目、3000mすぎでガイドが清水から小林にスイッチしたときには、1番手から少し離され、3番手と僅差になるが、2位をキープしつつ、前を追い続ける。

レースのクライマックスは、残り2周にさしかかったところから。明らかにギアを上げ、「ラスト1周、(ペースを)上げれば勝てる」(小林)と、必死のラストスパートをしかける。

ゴール後の唐澤剣也

前回の東京大会で「最後、離されてしまった」(唐澤)との反省から、「ラスト2段階、3段階上げるという取り組みを練習で多めにしてきて、それが今回発揮できた」(小林)というものの、唐澤は「ちょっと足が残っていなかった」と振り返るように、最後は及ばず。しかし、終始レースを引っ張り続けたアグリピノ ドス サントスがゴールしたわずか3秒後に唐澤がフィニッシュ。終わってみれば、3位までが世界記録を更新し、和田が「異次元」と評する超高速レースとなっていた。

狙いに行くロサンゼルス大会の「金」

目標としていた金メダルには手が届かなかったものの、チーム唐澤に悔いはない。

「世界記録近辺でレースを進められたのは自信になった」(唐澤)
「唐澤選手とは住居も隣で、合宿もずっと一緒。いい意味でお互い分かり合って、より一緒にここまで積み上げてきた。だから、今回の結果はより一層うれしい」(小林)
と充実感をにじませた。

しかし、ここが終わりではない。

肩を組む小林光二ガイド(左)と唐澤

「(今回の優勝タイムの14分40秒台は)狙えると思っている。(次のロサンゼルスも金を)目標にしたい」(唐澤)
「(唐澤は)競技歴が7年くらい。伸びしろを残している。(記録は)14分35秒ぐらいまでいける」(小林)
と、早くも、2028年のロサンゼルスパラリンピック、そして世界記録のさらなる更新へと意欲を見せた。ライバルのブラジル勢と唐澤との切磋琢磨の日々は、まだまだ続きそうだ。4年後、どんなレース展開で、どんなタイムをたたき出すのか。戦いはすでに始まっている。

text by TEAM A
photo by AFLO SPORT