三井不動産が、2030年を見据えた新たなグループDX方針として「DX VISON 2030」を策定し、記者説明会を開催した。リアルの場とデジタルを掛け合わせて、不動産ビジネスの変革・イノベーションを推進、対応する新DX人材の育成制度も開始する。
リアル×デジタルによるビジネス変革・イノベーションを推進
三井不動産では、今年4月に発表した新グループ長期経営方針「& INNOVATION 2030」を発表。コア事業のさらなる成長や、新たなアセットクラスへの展開、新事業領域の探索・事業機会獲得が掲げられており、DXはこの戦略を支えるインフラの1つとして位置づけられている。
これまでの展開としては、2015年には経営方針「イノベーション2017」の中でIT採用強化など「攻めのIT中期計画」を実施し、情報システム部の主導でデジタルマーケティングやデータ活用などを進めた。2018年からは「VISION 2025」に基づいて「DX VISION 2025」を策定。合わせてITイノベーション部を立ち上げ(2020年からはDX本部)、CX(顧客体験)による社会課題解決とEX(従業員体験)向上のために働き方改革を推進した。これにより、デジタル活用による新サービスやアプリのリリースをはじめ、主要システムを92%刷新し、クラウド移行率は96%にものぼる。社員のIT満足度は86%となっているという。さらに、DXエキスパート人材を80名超採用し、プロパーや出向を含む本部人員も2009年には15名だったが現在は140名超と、多くの人材を確保した。
三井不動産の執行役員でDX本部長の古田貴氏は「攻めのIT中期計画から10年、DXをやってきたが、まだまだやるべきことも、やりたいことも多くある。人材の力によってやれることが増えていると実感しているので、DXエキスパート人材の採用や育成を引き続き行っていく」と話す。
今回発表した「DX VISION 2030」では、「&Customer」「&Crew」「&Platform」の3つを事業計画の柱としている。2030年までに社員の25%を、ITとビジネスの両方の能力を獲得する「DXビジネス人材」となるように育成し、その研修費用に約10億円を見込む。グループ全体のDX関連投資は、年間350億円ほどになるという(ランニング費用を含まず)。
DX人材育成制度や生成AI、サイバーセキュリティによりデジタル環境を整備
顧客へ向けた取り組みとなる「&Customer」では、同社が不動産事業として得意とするリアルな場にデジタル技術を掛け合わせることで、ビジネスにおける新たなイノベーションの創出を目指す。
同社では、BtoBネットワークとしてオフィス入居企業や商業施設出展者、物流施設入居企業などの法人と接点があり、BtoCネットワークでは、ホテル利用会員、シェアオフィス利用会員、商業施設利用会員といった個人との接点も数多く抱えている。これらの顧客に対してデジタル技術を活用したプラットフォームを強化し、リアルな場で提供される価値をより大きくしていく。
ライフサイエンスコミュニティ「LIFE-J」やスタートアップネットワーク「31VENETURES」、宇宙関連コミュニティ「cross U」、アカデミア関連の「Mitsui Fudosan UTokyo Laboratory」といった、コミュニティプラットフォームの拡大にも注力し、共創により自社の枠を超えたサービスの展開や、顧客の解像度向上、データ活用にもつなげていくという。
「&Crew」では、DXビジネス人材の育成を推進していく。同社では、ビジネスとITの双方の能力を獲得した人材を「DXビジネス人材」と定義し、業務を越境しながらDXを加速できる人材の育成を積極的に行っていく。
DXビジネス人財の育成には、ビジネス人材(総合職)がデジタルに関する理解を進めていく、もしくはDXエキスパート人材が同社のビジネスについて理解を深めていく必要がある。
ビジネス人材対象の育成では、「DXトレーニー制度」を開始しており、選抜したビジネス人材を1年間DX本部へ異動させ、座学に加えて実践の中でデジタルスキルの習得を目指していくカリキュラムとなっている。5か月の講義でDXスキルを学び、7カ月で各部門における実際の課題をテーマにした実践型のプロジェクトに対応する。
DXエキスパート人材の育成においては、「ビジネスインターン制度」を開始した。DX本部のエキスパート人材が、各事業の現場業務に6カ月間従事し、実体験の中で同社のビジネスへの理解を深め、業務を通じて社内ネットワークを構築。そして、インターンで得た知見を基に、新たなDX案件の創出や提案ができる人材へと育成していく。
「基本的には不動産ビジネスのプロでありますが、その中でDXを一つのスキルとして身に着けた人が、普段の打ち合わせや客先への訪問の際に、自然とDXの知見が滲み出てくる。そうやってビジネスにインストールされるような、そういう人材を増やしていくことによって、会社全体でDXの底上げをしていきたい」(三井不動産 DX本部 DX二部 DXグループ エンジニアリングマネージャー 山根隆行氏)
また、人材育成と並行して生成AIの活用も推進。RAG(検索拡張生成)技術を活用し、社内の独自データと生成AIを連携させる仕組みを内部開発している。これにより、生成AIのアイデアに対して時間がかかっていたユースケースの実証の時間を短縮し、スピーディな実証を可能にしていくという。生成AIを活用した顧客向けのサービスでは、「すまいのAIコンシェルジュ」「AI東京ドームシティ新聞」などがリリースされている。
「社内独自の生成AI環境で再構築しなおし、スピーディな技術検証を実施していきます。社内独自のデータと連携することで業務効率化を加速させていき、環境を内製化することで業務特化での活用をより進めていきたいと考えています」(三井不動産 DX本部 DX二部 主事 田中翔太氏)
「&Platform」では、デジタル環境を整備し、サイバーセキュリティの強化を図っていく。グループすべての事業領域でデジタル活用が進む中、DX推進においてセキュリティ対策は重要な経営課題のひとつ。「基本対策の徹底」「可視化やモニタリング」「グループセキュリティシステムの総合進化」「侵入がありうる前提での検知力/即応力強化」「建物のセキュリティ強化」といった5つの視点で基本方針を策定した。
近年、インターネットから内部ネットワークに攻撃者が接続し、内部PCやサーバーに侵入するようなランサムウェア被害は国内でも増加している。同社では、インシデント・攻撃事例をいち早く収集し、対応の可否を調査。大量にある脆弱性の中から素早く影響のある危機にフォーカスして対応を進めていく。その際、ASM(Attack Surface Management)を活用して、対応が必要な脆弱性について同社の該当資産の有無を検索し、対象を絞り込んで優先順位の高いものから迅速に対応していくことを目指していく。
また、端末感染前提での攻撃態勢評価(ペネトレーションテスト)も実施。攻撃者に内部ネットワークに侵入されてしまった場合、観戦拡大の可能性がないかどうかを社内ホワイトハッカーが調査し、実際の攻撃者が利用するツールを用いてシミュレーションを行う。これを内製化することで、新規脅威が出た場合にも追加のカスタマイズを容易に行うことができ、攻撃観点の知識を得ることで他の業務にも応用できるなど、たくさんのメリットを得られるという。
「追加のカスタマイズやテスト範囲の柔軟な設定ができることが大きなメリットです。また三井不動産にはグループ会社がたくさんあり、そのそれぞれでサイバーセキュリティはどんどん日々進化していくもの。その進化に合わせ、我々自身の能力の強化も推進していきます」(三井不動産 DX本部 DX一部 DXグループ エンジニアリングリーダー 西下宗志氏)
三井不動産は「DX VISON 2030」の推進により、同社が得意とするさまざまなリアルの場と最新のデジタル技術を掛け合わせ、不動産デベロッパーの枠を超えた産業デベロッパーとして、社会のイノベーションや付加価値の創出に貢献し、多様化するニーズに応える体験価値の向上を目指していく。