日産自動車が画期的なクルマの塗装技術の開発を進めている。夏場の直射日光が当たっても、車体や車室内温度が過度に上昇しない「自己放射冷却塗装」という技術だ。そもそもどんな技術? これが実用化すれば何がどうなる? 乗用車への適応は? 日産が公開した実証実験を見てきた。
「熱のメタマテリアル」技術とは?
今回の塗装は、モノの温度上昇を引き起こす太陽光(近赤外線)を反射するだけでなく、熱エネルギーを宇宙に放射する「メタマテリアル」技術を活用している。暑い夏でもクルマに熱がこもらないとすれば、エアコンに使うエネルギーの量を減らして燃費や電費を向上させられる。もっと単純な話、夏の日中に屋外駐車したクルマに乗り込む際の、あの「ムワッ」とする感じが抑えられると考えるだけでも、同技術の実用化には期待が膨らむ。
使用する塗料は、放射冷却製品の開発を専門とする「ラディクール社」と共同開発したもの。電磁波、振動、音などの性質に対して、自然界では通常見られない特性を持つ人工物質「メタマテリアル」を採用しているのが特徴だ。「メタ」はギリシャ語で「飛び越えた」、「マテリアル」は「材料」という意味で、直訳すると「超越した材料」ということになる。
今回の塗料に使っているのは、冬の夜間から早朝にかけて起きる「放射冷却」と同じ現象を人工的に引き起こす「熱のメタマテリアル」技術だ。塗料が太陽光を反射するだけでなく、クルマの屋根やフード、ドアなどの塗装面からの熱エネルギーを大気圏外(=宇宙)に向かって放出するという性質を持っている。
具体的には、塗料の中に2種類のマイクロ構造粒子を含ませてある。
1種類目は、太陽光の中で塗装膜内の樹脂の分子運動を引き起こす(つまり熱を発生させる)近赤外線の電磁波を反射するもの。2種類目は、樹脂の温度が上がったときに電磁波を放射し、熱を外に放出するという働きを持っている。これにより、夏の日差しにさらされても車体の表面と内部が熱くなりすぎないという性能が発揮できるようになった。
開発に携わった日産自動車 先端技術・プロセス研究所の三浦進主任研究員によると、放出するエネルギーは大気に吸収されない波長8~13マイクロメーターの電磁波となり、大気圏外に飛んでいく。つまり、この塗料を塗ったクルマがあるからといって、地球の空気を暖めることにはならないのだそうだ。
触って確認! 違いは歴然?
説明会の会場には、自己放射冷却塗装と通常塗装を施した白い板に太陽光を模した光を当て、それぞれの温度上昇を比べることができる装置が置かれていた。表面温度を見ると前者が33.6度に抑えられているのに対し、後者は40.0度まで上昇しており、かなりの差が出ていた。
実際のクルマを使った実証実験は2023年11月に始まっている。ラディクール社日本法人の販売代理店を務める日本空港ビルディングの協力により、ANAエアポートサービスが日常的に使用している「NV100 クリッパーバン」(日産の商用車)にこの塗料を塗装し、評価を行っているのだ。この車両と通常塗料を塗装した車両を比べてみると、ルーフやボンネットなどボディ表面で最大12度、運転席頭上空間で最大5度の温度低下が確認できたという。
この日は自己放射冷却塗装を施したクルマとそうではないクルマが屋外に用意されていた。実際に触ったり乗り込んだりして、温度の違いを確かめてほしいという趣向だ。
実際にボンネットに触れてみると、通常塗装のクルマは「アチッ!」という、皆さんご存じのあの感じの熱さであったのに対して、自己放射冷却塗装は「ああ、暖かいな」という程度。その差を明確に感じ取ることができた。
一方で室内については、シート自体が熱を帯びてしまっていたため、大きな差が感じられなかった。あえていえば、通常塗装は「乗り込みたくない」、自己放射冷却塗装は「ちょっと我慢すれば乗り込める」というくらいの差だった。
実用化の見通しは?
この技術、実用化すれば日本の暑い夏を乗り切るために役立ちそうなのだが、どんな見通しなのだろうか? 屋根のないところにクルマをとめている人には、特に気になるところだろう。
商品化について三浦氏は、「塗装の膜厚は開発当初の0.12mmから大幅に薄膜化ができており、トラックや救急車など、炎天下での走行が多い商用車などへの特殊架装として検討中」と話していた。ただし、量販乗用車に使うには、さらに0.02mmまでの薄膜化が必要で、現時点では厳しい状況とのことだ。また、現在のカラーは白だけなので、乗用車用としてはバリエーションを増やす必要があり、こちらも開発を進めているという。