東京・目黒のホテル雅叙園東京で、「和のあかり×百段階段2024 ~妖美なおとぎばなし~」が始まりました。東京都指定有形文化財「百段階段」を舞台に繰り広げられるこのホテルの“夏の風物詩”ともいえる同展は、昨年までの累計来場者数が52万を超えるほどの人気展。今年は「妖美なおとぎばなし」をテーマにすえて、光のゆらめき、ほのかに漂う香り、肌にかすかに感じる風……そんな五感に響く演出で幻想的な空間を創り出しています。
舞台となる文化財「百段階段」は、1935年(昭和10年)に建てられた、同ホテルで現存する唯一の木造建築です。99段の長い階段廊下が7つの部屋をつなぎ、当代屈指の画家たちによって趣向を凝らした絵や彫刻で装飾された部屋には、江戸時代から伝わる美意識と昭和初期のモダニズムが息づき、その絢爛豪華さで“昭和の竜宮城”とも称されていたとか。
「和のあかり」展は、「この有形文化財の中に『ねぶた』のような無形文化財をいれてみたら面白いんじゃないか」というアイディアから始まったそう。階段の明かりを一度全部消して、なにか違うものを入れてみる――そんなユニークな発想が実現した2015年の1回目から、これまでに「百物語」や「百鬼夜行」などの趣向を凝らしたテーマ仕立ての展示で、回を重ねるごとに人気を集めています。
9回目となる今年は、かぐや姫でおなじみの『竹取物語』や、陰陽師・安倍晴明の出生説話『葛の葉伝説』などの物語が、個性豊かな7つの部屋で展開します。部屋に一歩足をふみいれると夢と現の境界をゆらゆら漂うように幽玄な景色が広がり、光と影、香りや音色に魅せられる。部屋ごとに異なる楽曲はすべて、同展のために作曲されたオリジナルという贅沢さ。そして妖しく美しい物語を表現するのは、伝統工芸、地域に息づく文化、現代アートなど、40名を超える作家による作品です。
ディテールまで凝りまくった設定もお楽しみのひとつです。半年前の冬の企画展でおめみえした“架空の旅館”が、今回も登場していました。いわく、ここは風情のある佇まいと美術・伝統工芸に彩られたしつらえで、多くの著名人をも魅了する「旅亭 雅楼(みやびろう)」。江戸末期に創業された旅籠が関東大震災で焼失し、のちに再建されたこの旅館では最近古い巻物が見つかり、そこには江戸後期に起こった不思議な話が綴られていて……といった具合です。
贅を凝らした螺鈿細工のエレベーターを降りたエントランスホールで出迎えるのは、今回のおとぎばなしにまつわる由来が語られた巻物と、和柄模様が艶やかな籠染灯籠の美しい灯かり、そして涼やかでどこか謎めいた小田原風鈴の音色。物語はすでに始まっています。
現実のホテル雅叙園東京と架空の「旅亭 雅楼」がシンクロした摩訶不思議なリアリティが、没入感をいっそう高めていくみたい。足を進めるごとに現実界から異世界に少しずつ入り込んでいくように、解像度の高い設定が「妖美なおとぎばなし」のミステリアスな世界観を際立たせています。
実際に歌舞伎の舞台で使用されている衣装や大道具を用いて、陰陽師・安倍晴明の出生にまつわる物語をドラマティックに描き出した『葛の葉伝説』の一場面。生け花、水墨画、クラフトアートの紙にしきごいという3つの異なるジャンルのアートが織りなす、『鯉の滝登り~登竜門伝説~』の異次元の美。『見るなの花座敷~鶯長者』がテーマの「清方の間」では、禁じられたものを見てしまったことで悲しい結末を迎えるというおなじみの昔話にインスピレーションを受けて、すべての作品を囲いで覆い、入り口からは見えないようにするといった遊び心のある演出も。
ひとつめの部屋「十畝の間」では竹灯籠から漏れる無数の繊細な灯かりが『竹取物語』の幻想空間を紡ぎだし、それが階段を上りきった「頂上の間」の近未来的イメージに繋がって、全体テーマを浮かび上がらせるという展示構成は、見応えたっぷり。すべての部屋を見終えた後には、心地よいけだるさに包まれました。
貴重な文化財建築の構造をとことん活かしたアートな空間にどっぷり浸れる同展は、9月23日まで開催です。
■information
「和のあかり×百段階段2024 ~妖美なおとぎばなし~」
会場:ホテル雅叙園東京 東京都指定有形文化財「百段階段」
期間:9月23日まで(11:00~18:00/※8/17は17:00まで)
料金:当日券1,600円、大学・高校生1,000円 / 小・中学生800円