少子高齢化は日本の大きな課題だ。その影響は地方ほど強く、石川県加賀市は消滅可能性都市とも言われた。2022年、そんな同市で人材と産業基盤を育成する企業「デジタルカレッジKAGA」が設立される。本稿では、同社の取り組みについて代表の齋藤和紀氏に聞いてみた。
北陸の地に新たな社会の礎を築く
「さぁ、デジタル時代を駆け抜けよう」というキーワードのもと、石川県加賀市で設立された「デジタルカレッジKAGA」。その名称から学校法人と思われがちだが、実態はさまざまな人が関わることのできる非営利の連携母体であり、独立した営利法人だ。
設立理念は、デジタル人材が育つ環境を継続的に提供すること。そのために、主な事業として「スキルブートキャンプ」「スタートアッププログラム」「履修証明プログラム」の3つを掲げている。
「スキルブートキャンプ」は、データサイエンスやデジタルマーケティング、ロボット・プログラミング、UI開発といったトピックを設定し、実地・オンライン研修を行うもの。
2つ目の「スタートアッププログラム」は、有望なスタートアップや起業家を選定・誘致し、「e-加賀市民制度」などの自治体リソースを活用しつつ、創業をフルバックアップする。
3つ目は「履修証明プログラム」。デジタルスキル取得・再取得の履修証明(ディプロマ)プログラムを設定し、スクーリングとオンラインを組み合わせ、実戦に役立つスキル取得とスキル証明を手助けする。
同社の業務を一言で説明すると"デジタル人材育成機関"だが、そこに"地方に産業基盤を築く"という観点が加わっている。事業内容は多岐にわたっており、ドローンや空飛ぶクルマ、自動運転技術などを中心としたモビリティの実証実験といった積極的な取り組みをみせる。
ともすると実態のよくわからないデジタルカレッジKAGAだが、どのような社会を見据えて活動を行っているのだろうか。同社の代表を務める齋藤和紀氏に直撃した。
スタートアップが生まれる
「デジタルカレッジKAGAは営利企業ではありますが、私は基本的にグループであって、またコンソーシアムであり概念でもあると思っています」
デジタルカレッジKAGAをこのように言い表す齋藤氏は日立製作所、デルにて経営企画・データ分析、世界最大手石油化学メーカーのダウ・ケミカルにてグループ経理部長を務めた経歴などをもつ。現在は、これまで培ってきたCFO(最高財務責任者)に関する経験・知識を武器に、「デジタルカレッジKAGA」の代表を務めながら、ベンチャー企業のサポートなどを行っている。
齋藤氏によると、CFOは"Chief Financial Officer"だが、同氏が目指すCFOは"Conductor of the Financial Orchestra"。ひとつの企業にコミットするのではなく、自分の周りにお金の流れを作り出し、全体の流れを大きくしていくことだという。
具体的には、デジタルカレッジKAGAを中心にスタートアップを作り、そのスタートアップがまた自発的にスタートアップを育成するという循環により1000社の育成を目指している。デジタルカレッジKAGAが、若い起業家の育成・支援を柱としているのはそのためだ。
消滅可能性都市からのSOS
デジタルカレッジKAGAのもう一本の柱と言えるのが、地方貢献だ。日本において、少子高齢化は非常に大きな課題であり、特に地方はその影響が大きい。日本でも世界でも、地方の人口は減る一方で大都市は増え続け、同時に全体のパイは小さくなり続けている。この状況下において、今から20年後、果たしてどれだけの地方が成り立っているだろうか。
「結局、社会に対する責任としてこの地方の課題をどうにかしないと、日本全体として死に向かうだけです。もうこれはやらなきゃいけないっていう感覚がありました。ですが、地方で何かを始めることは非常に難しい。スタートアップは基本的に集約から生まれるので、大都市にはいても地方にはいないのです。2017年に『シンギュラリティ・ビジネス』(幻冬舎)という本でこの問題を指摘したのですが、これを読んでいた加賀市の市長さんから連絡をいただきました」
2014年、民間研究機関「日本創成会議」の報告書の中で、石川県金沢市以南の自治体の中で唯一加賀市は「消滅可能性都市」とされた。「消滅可能性都市」とは、人口減少が加速し、自治体経営が破綻してしまう可能性がある都市を指す。
同市の課題感は非常に大きく、現在"「消滅可能性都市」から「挑戦可能性都市」へ"というスローガンのもと、企業と人材を募集している。
「『何かしら手を打たなければ』という市長の強い思いを受けたのですが、加賀市は若者が定着しづらいのです。高校卒業後の高等教育機関がないため若者が流出し、結果として地域経済が衰退します。もちろん、挑戦しようと思った人たちも外に出てしまいます。やはり学校が必要だということで、加賀市は高等教育機関を誘致しようとしてきましたが、なかなかうまくいっていないのです。ではどうするか、2年くらいずっと考えてきました」
こうして2022年4月、「とりあえずやってみよう」という思いや「将来的な資金調達」というスタートアップ的な思考から、デジタルカレッジKAGAが設立された。
「加賀市と関係ないスピードで動きたいという思いがあり、意思決定は私一人にしました。加賀市とはあくまで"自治体と企業"の関係です。立ち位置としては事務局としての株式会社であり、概念的な存在とも言えるでしょう」
地道な底上げが変化を生みだす
加賀市の目標は、人口減少を止めること。これに向けてデジタルカレッジKAGAは初年度からさまざまなアクションを行ってきたが、かなり現実は厳しいという。
「そもそも教育すべき人は外に出ていて、加賀市にいない。人を集めようとしても、加賀市内だけでは十分に集めることが難しいのです」と齋藤氏は話す。
「かといって小・中学生は公教育でアクションがとられているので、一民間グループが口を出すわけにはいきません。地元企業のみなさんは自分の仕事に手一杯で、新たに学び直しをさせて地元に定着させようと外部の人が言うのもおこがましい話でしょう。ならば人や産業を誘致しなければなりませんが、これは全国の自治体が望むことなので、加賀市ならではの差別化を図らないといけません」
同氏はデジタルカレッジKAGAを作ったメリットとして、"実証実験が迅速にできること"をあげた。他の自治体では予算を通すだけでも時間がかかる。デジタルカレッジKAGAは民間のスピードで動くことができるので、とりあえずスタートし、良いと思ったら買ってもらう。こうして始まったのが、ドローン事業「ドローンコンプレックスKAGA」となる。
「ドローンや空飛ぶクルマ、モビリティが重要なんです。なぜなら、一つのコア産業が加賀市にできる可能性があるからです。組み立てまでやるのであれば、ここが産業のトップになり、さらに裾野産業まで生まれる可能性を秘めています」
ドローンの開発にはモノづくりが絡み、さらに飛ばせるだけの空間が必要になる。ゆえに土着性が高いと齋藤氏は考えた。さらに、ドローンのエンジニア一人ひとりに声をかけても集まらないので、コミュニティごと誘致するという戦略をとる。産業規模は決して大きくないので、実証実験も加賀市がスピーディに許可を出し、すぐに実行に移せる。"ドローン開発の街"といったイメージを作ることで、人材を集めることが目的だ。
「私がよく例としてあげるのが『幼虫がチョウになります』という話です。幼虫に羽が付いたとしても飛べるようになるわけではありません。組織や団体の問題は何かひとつを得れば解決するわけではなく、全体が変わらなければ解決しません」
加賀市の有効求人倍率は約1.6倍。仮に大企業を誘致できたとしても、すでにある地元企業から人を引き抜くことになってしまう。結果として、既存産業を揺るがしてしまうだろう。結局のところ、地道に全体を底上げしていくしかないのだ。
「地方にスタートアップを期待するべきではありませんが、一方で地方に貢献したいという人はすごくたくさんいます。(デジタルカレッジKAGAは)そういう人たち向けの社会的企業でありたいと思っています。また、地方行政が自分たちで計画を作って、自分たちでビジョンを作り、産業を創るということを自発的にできるモデルも作りたいと思います」
日本の公益企業モデルを目指す
今年、石川県は大きな変化を迎えている。3月16日に北陸新幹線が延伸し、加賀市の加賀温泉駅も停車駅の1つとなる。これは観光をはじめとしたさまざまな産業を後押しするだけでなく、人口減少を抑える効果も期待できるだろう。そのためには県内だけでなく、全国に目を向けて情報を発信していかなくてはならない。
一方で、能登半島地震は加賀市をはじめ石川県に大きな傷跡を残した。いま被災地は徐々に復興の取り組みを進めているが、その取り組みに齋藤氏は希望の光を見たそうだ。
「能登半島地震は非常にいたましい出来事でした。しかし、その復興について『作り直す』『元に戻す』ではなく『次に進もう』と語る人が多いこと、創造的復興を目指していることに感銘を受けました」
アメリカには、社会や環境に配慮した公益性の高い企業に対する認証制度としてベネフィットコーポレーションやBコープがある。齋藤氏は「日本でもそういった企業があるべき」と述べ、デジタルカレッジKAGAの展望を語った。
「デジタルカレッジKAGAの立ち位置も公益企業に近いと思っています。利益を追求してるわけではないけれども、だからこそ長いスパンで考えることができるし、素早く動くことができる。そしていろんな人を巻き込むことができ、誰の権益も犯さない。これからの企業の在り方や、社会の進め方のモデルになれるようトライしているつもりです」