芦原さんの件を受け、世の中には「早急に記者会見をするべきだ」という意見も多い。だが、佐藤弁護士は「実は記者会見をやって未来の話につながるケースは少ない」と苦い顔を見せる。

「最近の記者会見を見ていても、建設的な話につながることは少なく、記者会見での言動によって、また新しい誹謗中傷を生じるという流れになっている。記者会見で真実を言ったら叩かれる。問題点が明らかになったら叩かれる。その結果として、下手したら会社が潰されてしまう。そうなったら守りに入ってしまい、誰も記者会見をしたくなくなり、真実も言えなくなってしまうと思います。本来ならば、何が問題か、同じような悲劇を起こさないようにしよう、業界の改善をしようという未来へと議論が向かうべき。しかし今のSNSを見る限り、単にストレス発散の道具などになってしまっています」

では、どうすれば良いのか。佐藤弁護士は、SNSの誹謗中傷問題の速やかな解決策、侮辱罪の厳罰化に奔走した当人だが、「それでも状況はあまり変わっていない」と嘆きながらこう提案した。

「一つは教育です。正義の言葉も時には人を殺すナイフとなってしまう。どのようにSNSと向き合うべきかの教育を強化すべきです。実はこのリテラシーは、SNS教育をしていると子どもの方がしっかりしていると感じることも多いです。問題なのは“大人”の方なんです」

もちろん人には意見を言う自由がある。表現の自由がある。ただ、大きな報道機関がSNSでの一つの意見をまるで大きな問題のように報じることもある。「社会のためなんだ、正義のためなんだ」と。

プロバイダ責任制限法の改正が不可欠

だが、「繰り返しますが、そのような切り取りの報道が、また新たな誹謗中傷を生んでしまいます。テレビ番組での発言もそうですが、ある一つの発言が切り取られ、それが報道されてしまいますと、それをきっかけにまた誹謗中傷が生まれてしまっています。このような流れが続くと、発信すること自体に躊躇(ちゅうちょ)が生まれる、多数派に迎合しなければ叩かれる、現状の“表現の自由”が皮肉にも、“表現の萎縮”を生んでいるという、いびつな世の中になってしまっています」と佐藤弁護士は嘆く。

「個人的には、プロバイダ責任制限法の改正は不可欠だと感じています。今のプロバイダ責任制限法では、プロバイダと(結果的に)発信者が過度に保護されてしまい、被害者が迅速に救済されず、他方で誹謗中傷がネットで氾濫し、多くの人が苦しみ、結果的に自死に至っていると思っています。実際に、誹謗中傷事件を担当していると、プロバイダ責任制限法の改正前と改正後ではあまり変わっていないという印象を受けるどころか、法改正の結果、プロバイダ側の対応のひどさが際立っています。

 もちろん表現の自由は重要であり、発信者のプライバシー権も十分に保護されなければならないと思われます。法律の改正についての検討会議がされていますが、検討会では、人の名誉や財産が著しく侵害され続けて、人の命が失われている現状をしっかりと見ていただき、今の実態に合うような法改正が急がれると思います。

 また、これだけSNSの誹謗中傷が問題になっており、誹謗中傷が減らない以上、今まで以上に、SNS研修やSNS教育は積極的に行っていくべきであり、行政も積極的に支援していくべきかと思います」

●佐藤大和
1983年生まれ、宮城県出身。07年三重大学卒業、09年立命館大学法科大学院卒業、同年に司法試験合格。11年から都内の法律事務所に勤務後、14年にレイ法律事務所設立、代表弁護士に。17年に日本で初めて芸能人の権利を守る団体「日本エンターテイナーライツ協会(ERA)」を発起人として立ち上げ、共同代表理事。21年には、文化庁「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けた検討会議」委員を務め、文化芸術分野のガイドラインの作成にも尽力している。主な著書に『二階堂弁護士は今日も仕事がない』(マイナビ出版、共同執筆)など。