作家・池波正太郎が生み出し、時代劇の傑作として君臨する『鬼平犯科帳』が、令和に新シリーズとして帰ってくる。今なお、二代目中村吉右衛門の演じたテレビシリーズの記憶が鮮明に残る人も多い大きな重圧の中、十代目松本幸四郎が、“鬼平”こと火付盗賊改方長官の長谷川平蔵として見事に立って見せる。
新たな『鬼平犯科帳』シリーズの幕開けを飾るのは、長谷川平蔵が“鬼平”と呼ばれるようになった所以(ゆえん)を描くエピソードを映像化した『鬼平犯科帳 本所・桜屋敷』(時代劇専門チャンネル 1月8日13:00~、19:00~ ※同日2回放送)。そして注目なのが、若き日の鬼平“本所の銕”こと長谷川銕三郎を、幸四郎の長男である八代目市川染五郎が演じることだ。
二人一役を演じた幸四郎と染五郎が、放送を前に、傑作時代劇『鬼平犯科帳』への思いを語った。
銕三郎の時代があって火付盗賊改方長官としての平蔵がいる
――まずは幸四郎さんの考える『鬼平犯科帳』のイメージを教えてください。
幸四郎:いわゆる捕物帳ではありますが、悪人を捕まえるというだけではなく、むしろ人間ドラマという印象です。それぞれの人間の生きている様が描かれている。悪を肯定するわけではないですが、一人ひとりと相対して、自分の信念を貫いていく長谷川平蔵の強さを、今回演じるにあたり改めて感じました。
――若かりし頃の親友との再会をきっかけに展開していく『本所・桜屋敷』は、文庫版の1巻に収録されている、“鬼平”誕生の所以を描く物語です。最初に読まれたときの感想を教えてください。
幸四郎:長谷川平蔵が“鬼平”と呼ばれる前の話ですが、銕三郎時代の姿から平蔵の人間らしさを感じて、「ステキだな」と思いました。その時代があって、今の火付盗賊改方長官としての平蔵がいる。そして親友・岸井左馬之助(山口馬木也)と再会できたのも全てつながっていて、「ここから『鬼平犯科帳』が始まるんだ」と感じられる作品だと思いました。
染五郎:『本所・桜屋敷』に限らず、池波正太郎先生の作品の特徴・魅力は、人間描写の細やかさ、キャラクターの一人ひとりが粒だっていることだと思います。大叔父(二代目中村吉右衛門)のシリーズでもそうですし、今回の『鬼平』でも、キャラクターそれぞれの個性や色が描かれていて、映像化された『鬼平』という作品の魅力だなと感じました。
吉右衛門の楽屋で思った「生鬼平がいる!」
――御祖父様(初代松本白鸚)、叔父様、幸四郎さん、染五郎さんと4世代にわたって同じ映像作品に関わるというのは、非常に珍しいことだと思います。そのことには、どんな印象をお持ちですか?
幸四郎:歌舞伎では同じ役を代々演じることはよくあることですが、映像では確かにあまり想像できないことですよね。叔父(中村吉右衛門)が演じていたときは、純粋に「カッコいいな」と思って見ていました。自分が出演させていただいて楽屋に挨拶に行ったときも、「生(なま)鬼平がいる!」と思ったくらいでしたから(笑)。それだけ『鬼平犯科帳』というのは、普遍的に、いつの時代にも受け入れられる作品なのだと思いますし、それに出会えたことを幸せに思っています。
染五郎:純粋にうれしいです。今回演じるにあたり、大叔父が演じられていた銕三郎の姿を拝見して、そして演じさせていただき、とても好きな役になりました。また機会があれば、銕三郎として参加したいです。
――同一人物を演じるにあたって意識したこと、共通認識などはありましたか?
幸四郎:まず長谷川平蔵の“鬼平”という呼び名が、すごい名前ですよね。そこには銕三郎時代のインパクトがすごくある。どういう時代を過ごしていたのかを、実際にお見せすることによって、鬼平と言われる所以を強く感じていただけるのではないか。だからこそ、銕三郎から(物語が)始まるというのは、今回の大きな特徴ではないか、という話はしました。そして池波先生の描かれた『鬼平犯科帳』そのものを、しっかりと丁寧に作っていく。やるからには持っているものを全部出し切って、撮影に向かう姿勢や気持ちというものを一つにしようと。
染五郎:自分はあくまでも、父の演じる平蔵の若い頃を演じるのだという気持ちで撮影に臨んでいました。同じシチュエーションのシーンでは、父と同一人物に見えるように工夫しました。
――映像を拝見して、吉右衛門さんの鬼平よりも、若干優しい空気のある鬼平だと感じました。幸四郎さんの個性が出ているのかなと。
幸四郎:特に叔父の平蔵との違いを出そうと思うのではなく、とにかく自分が長谷川平蔵という役をどう演じることができるか。池波先生の原作、そして大森寿美男先生の脚本、山下智彦監督の世界をどれだけ体現できるか、ということに徹しました。唯一意識したのは、叔父の平蔵を真似しようとしない、ということだけです。真似したい気持ちもありましたが、そうすると芝居にならないし、自分が鬼平を演じるという意味を大事にしました。