さまざまな出来事があった2023年も終わり、2024年がスタート。新しい1年をより運気良く過ごすため、年始に各地の神社を参拝する人、パワースポットに行く人も多いのではないかと思う。

  • ひたちなか海浜鉄道湊線の終点、阿字ヶ浦駅に鉄道車両をご神体とした神社がある

ところで、鉄道車両そのものを「ご神体」とした珍しい神社があることをご存じだろうか。鉄道ファンにとっては有名かもしれないが、茨城県ひたちなか市を走るひたちなか海浜鉄道湊線の終点、阿字ヶ浦駅構内に「ひたちなか開運鐵道神社」がある。決して冗談ではなく、本当に鉄道車両そのものをまつっているのだ。

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「ひたちなか開運鐡道神社」は、湊線で引退した車両を保守および観光資源化するため、クラウドファンディングで資金を募り、実現したプロジェクトである。その発起人となったのが、湊線を拠点に、鉄道ファンが楽しめるまちづくりを通して沿線商店街の活性化に取り組む市民団体「三鉄ものがたり実行委員会」。その代表を務め、「ひたちなか開運鐡道神社」の宮司でもある佐藤久彰氏の協力を得て、今回、プロジェクトの経緯や車両そのものなどを取材した。

北海道出身、国内最古の気動車と湊線だからこその由緒

「ひたちなか開運鐵道神社」のご神体は、かつて湊線で運行していた「キハ222」。鉄道車両をご神体としてまつる神社は世界初だという。「キハ222」は1962(昭和37)年に製造された気動車で、もともとは北海道の羽幌炭鉱鉄道で活躍した車両だった。1971(昭和46)年に湊線(当時は茨城交通)へ渡り、2015(平成27)年の引退まで現役で活躍。引退後、阿字ヶ浦駅構内で保管されていた。

北海道で活躍していた車両ということで、運転席の窓を見ると、ワイパーではなく旋回窓を使用している。キハ22形といえば、乗客用の乗降ドア(片側2カ所)を車体のやや中央寄りに配置した車両が多かったが、「キハ222」の乗降ドアは車端部(乗務員用ドアの隣)に配置されている。客室の窓も本州向けの車両より小型で、かつては二重窓だったが、現地で車両を見た限り、窓は一重化されていた。「キハ222」の後方には、同じく湊線で活躍した「キハ2005」の姿が。引退後の現在は三鉄ものがたり実行委員会の活動拠点となっている。

  • 阿字ヶ浦駅の駅舎

  • 神社のご神体として修繕された「キハ222」

  • 「キハ222」の後ろに「キハ2005」も

  • 駅前広場から「キハ222」の車体側面を見ることができる

佐藤氏の許可を得て、「キハ222」の車内も見せてもらった。客室内の床に木板が張られ、ドア付近にロングシート、中央寄りにボックスシートを配置したセミクロスシートとなっている。淡い緑色の塗装を施した内装や、青色のモケットなど、国鉄時代をほうふつとさせる要素が令和の現代にも残る。ドア付近を見ると、整理券発行機を置いていたと思われる台座も残っていた。一方、北海道の車両でよく見られる、客室内とデッキを仕切る壁はなかった。

現在の「キハ222」はご神体としてまつられているため、車内の天井付近にお守りも備え付けられている。三鉄ものがたり実行委員会のメンバーとして現役の神職も在籍しているとのことで、お守りも祈祷を行った上で車内に取り付けたという。

製造から引退まで53年というのは、気動車の中でも最古の部類だった。それだけ長い年月にわたって走行したにもかかわらず、「キハ222」は無事故で役目を全うしたという。半世紀以上に及ぶ歴史の途中、茨城交通湊線は第三セクター化され、2008(平成20)年4月にひたちなか海浜鉄道湊線として再出発している。「キハ222」は茨城交通・ひたちなか海浜鉄道の両時代を知る車両だった。

  • 昭和の趣が残る車内。お守りも備え付けられた

「キハ222」がご神体となったのも、真っ当な由緒が込められている。1つ目は、「長寿」「無事故」だったことから「安心・安全」、さらに転じて「受験合格」。2つ目は、鉄道車両には連結が付き物であることから、仕事や恋愛など「ご縁」を結ぶ象徴にもなる。転じて「商売繁盛」「恋愛成就」の意味が込められた。

3つ目は湊線の駅名に関係している。始発駅の勝田駅は「勝った」、途中の金上駅は文字通り「金運上昇」、殿山駅は「出世」に関係する文字であることから、順に並べると「(勝負に)勝った」「金運上昇」「大出世」となる。こうした駅名の縁起の良さも由緒に挙げている。

4つ目は湊線の過去の経験にちなんでいる。茨城交通時代、湊線は利用者減少にともない廃線の危機に瀕したこともあったが、ひたちなか海浜鉄道して再出発し、2011(平成23)年3月11日に発生した東日本大震災も乗り越えた。その上で、地方私鉄としては困難とされる黒字化も達成した。これらの経験をもとに、「復活の神」「勇気の源泉」という由緒も込められた。

5つ目には湊線の延伸が関わっている。現在の終点である阿字ヶ浦駅から、国営ひたち海浜公園西口付近まで3.1kmを延伸する計画で、第1期としてひたち海浜公園南口付近までの1.4kmを先行開業し、残りの1.7kmを第2期とする発表もあった。先行開業区間は今年度中に工事許可申請を予定しており、早ければ着工から5年後に完成予定だという。

これに関連して、地方私鉄の黒字化から延伸という「大願成就」の由緒も込められた。長寿から始まり、無事故、受験合格、交通安全、縁結び、運勢向上、そして大成功と大願成就という、「キハ222」と湊線にちなんだ多くの由緒が、ご神体となった同車両に込められている。これらをまとめて「開運鐵道」という社名になった。佐藤氏いわく、「乗るだけでパワースポット」とのことだ。

それだけでなく、「キハ222」の前にレールで造られた鳥居も建てられている。このレールは1925年に製造されたものだが、湊線の全線開通は1928(昭和3)年であるため、開業当時から湊線を支え続けたレールといえる。ご神体となった「キハ222」とともに、今後は利用者と湊線の延伸を見守っていく存在になる。

  • 開業から100年近く湊線を支えたレールが鳥居になった

ただし、本来、鳥居に提げられているはずのしめ縄は劣化にともない撤去されており、新しいものを用意するのに時間がかかっているとのこと。完成当時に立てられていた幟も、取材時点では撤去されていた。神社を維持することの大変さを感じさせるが、それらを再び用意できれば、より利用者の目に留まりやすくなるだろう。

鉄道車両をなぜ「神社」にしたのか

それにしても、「キハ222」と湊線に縁起の良い要素がそろっていたとはいえ、なぜ神社なのだろうか。運行終了後の同車両は阿字ヶ浦駅構内に保管されていたものの、潮風を受ける屋外に長期間晒されていたため、塗装の劣化は著しいものになっていた。しかし、鉄道会社として、すでに引退した車両に多額の費用を投ずることは困難だった。

三鉄ものがたり実行委員会は2015年に発足したが、「キハ222」はすでに錆の目立った状態で放置されていたという。佐藤氏も当初、「キハ222」を特別視していたわけではなかったが、話を聞いていく中で「現役時代は長寿だった」「無事故だった」という情報を得た。そこで、神社というアイデアを発案し、県が開催する「茨城県商店街活性化コンペ」にも参加。2015年・2016年のコンペで最優秀賞を受賞した。鉄道車両を神社にするアイデアはこのときに確立した。

しかし、いざプロジェクトを実行しようとした矢先、やむをえない事情が重なり、動けなかった間に新型コロナウイルス感染症も流行してしまった。それ以上は先延ばしにできないため、「コロナでもなんでもいい、やってみよう」という心持ちで、2020年11~12月にクラウドファンディングの実施に至った。目標額380万円のところ、366人からの支援で約460万円が集まり、クラウドファンディングは成功を収めた。

その後、2021年3月に塗装の下準備を行い、6月19日に完成。レール鳥居も建立され、それらに関する儀式・神事を行った。7月31日には、那珂湊駅の上りホームに「一の鳥居」も建てられた。この鳥居も湊線の古いレールを使用している。「一の鳥居」の建立をもって、那珂湊駅を拝殿、阿字ヶ浦駅を本殿とする「ひたちなか開運鐵道神社」が完成した。これを機に、「世界初の『鉄道が参道』」というキーワードも打ち出した。

  • 勝田行の普通列車が発車。「キハ222」の姿も見える

  • 那珂湊駅から阿字ヶ浦駅まで、湊線そのものが神社の参道に

町おこしで1~2日かけて行う形態のイベントを開催するとしても、それだけでは持続的な活性化につながらない。イベント当日は多くの人々でにぎわっても、イベントが終われば再び人が離れてしまう。資金的にも体力的にも負担がかかる。

だからこそ、地域の観光資源になり、地元関係者の負担も軽減しやすい神社というアイデアが選ばれた。佐藤氏は、「これはこれで単独で成立しているもので、町おこしのランドマークとして頑張っていただきたい。そのために、由緒をこれでもかというくらい盛り込んであります」と話す。言うまでもないが、その由緒は前出の通り、「キハ222」と湊線にもとづいた正当な理由で結び付いている。

取材中、「ひたちなか開運鐵道神社」の来訪者を見ていると、鉄道ファンと思われる人が「キハ222」に視線を向けていたほか、12月31日まで開催された謎解きイベントで阿字ヶ浦駅に立ち寄り、ご神体の「キハ222」に興味を持った人もいたようだった。若い人からお年寄りまで、鉄道ファンであるなしに関係なく、さまざまな人が「キハ222」に注目している様子が見て取れた。

ちなみに、佐藤氏がこれまで見た中には自転車やバイクで訪れた団体の姿もあり、話を聞くと、「交通安全の神様なんでしょ?」と返答があったという。佐藤氏の聞き伝手だが、テレビ番組のロケで有名タレントが訪問した後、しばらくの間、ファンが阿字ヶ浦駅に来ていたという話もあった。

直近の取組み、今後の予定は

「ひたちなか開運鐡道神社」に関する直近の取組みとして、「国土交通省 第1回まちづくりアワード」功労部門表彰状授与式に合わせ、地元高校生が描いた御朱印「開運駅印」を2023年7月29日に発表した。この「駅印」は、勝田駅、金上駅、那珂湊駅、殿山駅、阿字ヶ浦駅の各スタンプとともに、地元要素や開運要素を「キハ222」と織り交ぜたイラストを高校生がデザインしている。いずれも那珂湊駅で頒布され、好評という。

11月11日にプロジェクションマッピングイベントも開催。高校生が7~9月の間にプロジェクションマッピングを学び、制作した作品が、ご神体の「キハ222」に投影された。神社の建立後、「キハ222」の前面を袋にデザインしたお守りも那珂湊駅で販売。佐藤氏によれば、女性から好評らしく、「かわいい」という反応があったとのことだ。

建立後の来訪者の様子を踏まえ、佐藤氏は、「日によってバラバラですが、平日にも写真撮影に来ている人が散見できるんですよ。皆が皆、鉄道ファンなのか、神社巡りが好きな方なのかは定かではありませんが、常時人が来てくれる場所になったのは願ったり叶ったりです」と話していた。

  • 地元高校生がデザインした「開運駅印」と御朱印・仲見世巡り

  • 那珂湊駅。「一の鳥居」は駅構内上りホームにある

今後の予定について、沿線の商店街の活性化を促す取組みとして、地元と連携した御朱印巡りや街歩き企画を春頃に実施するという。佐藤氏は、「いまだに昭和の雰囲気が残るほのぼのした街並みが続いているので、歩いて楽しいのではないかと思います。その大事なきっかけとして(鐵道神社を)生かしていきたい」と話していた。

那珂湊駅から阿字ヶ浦駅までが参道となることで、この間の各駅と周辺地域はまさに「仲見世通り」に見立てられる。まずは湊線に乗ってみる。その上で「ひたちなか開運鐵道神社」を訪問し、その証に「開運駅印」を入手すること、さらには今後実施予定の御朱印巡りや街歩き企画を通じて、沿線をより回遊しやすくなる。

「キハ222」に会いに湊線を訪れるだけでも良い旅行になると思うが、せっかくなら、御朱印や企画の有無は関係なしで、時間の許す限り沿線を巡ってみてはどうだろうか。ひょっとしたら、ひたちなか市内のさまざまな場所・施設で得た体験が、新しい1年を切り開く活力を生み出すかもしれない。