師走に入ってなんだか無性に旅がしたくなるこの季節、東京・目黒のホテル雅叙園東京で、企画展「懐かしく新しい“レトロ”を旅する 古今東西ニッポンの風景」が始まりました。昭和のレトロ建築を舞台にノスタルジックな「ニッポン」を旅するという趣向で、レトロなのに斬新、見たことないのに懐かしい、そんな郷愁をかきたてる不思議な展覧会となっています。

  • 東京都指定有形文化財「百段階段」

舞台となる東京都指定有形文化財「百段階段」は、1935年(昭和10年)に建てられた、ホテル雅叙園東京で現存する唯一の木造建築です。99段の長い階段廊下が7つの部屋をつなぎ、当代屈指の画家たちによって趣向を凝らした絵や彫刻で装飾された部屋は、江戸時代から伝わる伝統的な美意識と昭和初期のモダニズムが息づき、その絢爛豪華さで“昭和の竜宮城”とも称されていたとか。

舞台は架空の旅館、オリジナルの家紋も作ってしまう凝りっぷり

  • この企画のためにデザインされた架空の旅館の架空の家紋、『丸に三つ組子扇に牡丹』

「懐かしく新しい“レトロ”を旅する」というタイトルが示すように、この企画展は、7つの部屋で展開する実在の歴史風土と空想の景色とを行き交いながら、ニッポンの風景に出会うというもの。重厚な螺鈿のエレベーターを降りると、今回のためにデザインされた家紋入りの提灯と暖簾がお出迎え。昔ながらの木彫りの置物などが飾られた“架空の旅館”の入り口を通り抜け、階段の最初の部屋「十畝(じっぽ)の間」へと進んでいきます。

  • 架空の旅館という設定の「十畝の間」

旅の宿に着いて案内された部屋でホッとひといきつくようなイメージで、調度品や装飾を設えられた「十畝の間」。旅館の“謎エリア”ともいわれる窓辺に椅子とテーブルが置かれた広縁には、庭の池の鯉が部屋の中に迷い込んできたかのように、何匹もの紙の鯉がゆらゆらと揺れています。この広縁も、部屋の座卓も、鏡台のある支度スペースやレトロな書き机の書斎スペースも、腰を下ろして撮影OK。フォトジェニックな写真が撮れる絶好の撮影スポットとなっています。

  • 紙の鯉がゆらゆらと泳ぐ幻想的な広縁

ちなみにこの架空の旅館、設定もディテールまで凝っています。舞台は「旅亭 雅楼(みやびろう)」、前身は江戸末期に創業した旅籠「雅」であったが関東大震災で焼失。震災後は分家筋である下田「雅」に身を寄せていたが1931年から復興を目指して再開業に至った。名物料理は鯉こくで、著名人も足繫く訪れる名宿……というマニアックな設定は、料亭として創業し、この建物がもともと宴会場であったという現実のホテル雅叙園東京ともリンクしているよう。

  • 【写真】彩色木版の天井画に極彩色の欄間、この建物一ゴージャスな部屋が、祝祭の飾りでさらにハレの雰囲気に

    ゴージャスな「漁樵の間」が、祭りのモチーフでさらにハレの雰囲気に

続く2つ目の「漁樵の間」は、ゴールドを基調に、彩色木版の天井画や極彩色に浮彫された欄間など、文化財「百段階段」の中で最も絢爛豪華といわれているお部屋。そこを江戸時代の縁日や旅先の祭り、お正月らしいモチーフたちで飾り、ゴージャスな空間がさらに華やかで賑やかな祝祭の雰囲気となっています。ここも映える撮影スポットとして用意された空間で、次の「草丘の間」から、いよいよ展示が始まります。

圧巻! 約200体のこけしたち

  • 伝統こけし約200体が集結した「草丘の間」

「草丘の間」には、東北6県で作られてきた伝統こけし約200体が集結し、圧巻の“こけし空間”に。イラストレーターで郷土玩具蒐集家でもある佐々木一澄さんがこれまでに集めてきた東北各地のこけしに加え、著書『こけし図譜』に掲載されたこけしイラストの原画、伝統こけし11系統の分布図や製造工程を解説したパネル、さらに東北地方の郷土玩具も展示されています。

  • イラストレーター・郷土玩具蒐集家の佐々木一澄さん

「東北を訪ねるたびに、『あ、また、あの人も作らなくなっちゃった。あそこももうすぐなくなりそうだね』という話をいろいろ聞いていて、あと10年、15年したら、(作り手が)どんどんいなくなっていくだろう、だから自分の好きなものを少しでも残せるように」と、工人と呼ばれるこけしの作り手たちを訊ねて取材を続け、こけしを描いてきた佐々木さん。ものすごい数のこけしたちに囲まれ、地域や時代、そして作り手によって異なる姿を、表情や形、模様や構造と見比べながらじっくり眺めていくうちに、奥深い“こけし沼”に落ちていきそうな予感がしてきます。

昭和レトロな非日常空間、ネオン煌めく架空の温泉街

  • 昭和レトロなモチーフを描いた作品でエモさが溢れる「静水の間」

花や植物などのモチーフが印象的な「静水の間」に登場するのは、昭和レトロな世界をカラフルに描く京都出身在住のイラストレーター・中村杏子さんの作品たち。タバコ屋さんやラーメン屋さん、デパートなど、想像上のお店や建物の中を緻密に描き込んだ「郷愁的商店街」と「家内幸福」の作品集から20点を展示。可愛らしいモチーフの装飾の室内が、ポップでカラフルなお店や看板が飾られたエモさ溢れる非日常空間となっています。

  • 細い廊下のつきあたりの「星光の間」はネオンアート空間に

さらに階段を上がり、裏路地のような細い廊下を抜けたつきあたりの「星光の間」は、アーティスト・はらわたちゅん子さんが、架空の温泉街の看板を描いたシリーズ「ゆのまちネオン」の展示空間。

  • はらわたちゅん子さんの「ゆのまちネオン」シリーズ

独特なイラストとタイポグラフィを融合させたネオンサイン調の作品は、昭和の歓楽街にタイムスリップしたような懐かしさと妖しさを漂わせています。本物のネオン管の作品もあり、現代のLEDのネオンにはないガスの揺らぎを眺めていると、幻想的で官能的な夜のムードに包まれていくよう。ちなみにネオンアートは、文化財「百段階段」の企画展で初登場とのこと。

  • 47都道府県の“ご当地パン”が紹介された「頂上の間」

最後の「頂上の間」はガラリと雰囲気が変わって、北海道から沖縄まで47都道府県の“ご当地パン”が紹介されています。文筆家の甲斐みのりさんが旅する中で出合ったパンを紹介した著書『日本全国 地元パン』から、地域に根付くパン屋さんやそのパンを紹介したパネルと、さらに個性豊かなパンの袋も100点展示。

  • 地元パンの袋を背景にして写真が撮れるフォトスポット

「グラフィックデザイナーがいなかった時代に、印刷会社の職人さんたちが手がけたようなパッケージが、そのままずっと受け継がれていて、無名の方たちがこういう可愛らしいデザインを残しています。美術作品を見ているような、パッケージのデザイン性の高さも注目してほしい」と甲斐さん。そんな地元パンの袋を背景にして写真が撮れるフォトスポットも用意されています。

伝統的な民芸品やローカル食文化、ニューレトロな商店街の風景や幻想的な温泉街のネオンアート。かつて実在した日本の景色と、空想上のニッポンを行き来しながら、懐かしくて新しい風景に出会える企画展は、1月14日まで開催しています。

■information 「懐かしく新しい“レトロ”を旅する 古今東西ニッポンの風景」
会場:ホテル雅叙園東京 東京都指定有形文化財「百段階段」
期間:12月2日~12月24日/2024年1月1日~1月14日(11:00~18:00) ※12月25日~31日は休
料金:当日券1,500円、学生800円 ※未就学児無料、学生は要学生証呈示