カリフォルニアのビーチでスティーブ・マックイーンを気取る|デューンバギーで王様気分

クールであることには様々なレベルがある。最上級は、カリフォルニアのビーチでスティーブ・マックイーンのデューンバギーに乗るほどのクールさではないか。マーク・ディクソンが伝説の男に近づいてみた。

【画像】スティーブ・マックイーンが実際に運転したデューンバギー(写真10点)

フェラーリ360に乗った若いカップルは、海沿いの道で私たちが乗るデューンバギーの横に並ぶと感嘆の声を上げた。「いい車ですね!」と運転していた男性がサイドミラー越しに語りかけてきた。

「雑誌用に写真を撮っているんですよ。コレ、映画『華麗なる賭け(洋題:ザ・トーマス・クラウン・アフェア)』でスティーブ・マックイーンが運転していた本物のバギーなんですよ」と応答するも、男性ドライバーは何と返してよいのか分からなかったようで一瞬無反応になり、やがて曖昧に頷きながら走り去って行った。「あの二人、誰のことか分かっていませんでしたよね?」と助手席に座るカメラママン、エヴァン・クラインに言うと、彼は同意した。

同様のやりとりは以後も続いた。海辺で撮影していると通行人がマイヤーズ・マンクス製のデューンバギーを褒めはするものの、スティーブ・マックイーンや映画について解説しても彼らはキョトンとした反応しか示さない。「キング・オブ・クールクール」であったはずのスティーブ・マックイーンもついにその魅力に陰りが出てきたのか? 筆者にとっては、俄かに信じがたいことだった…。

マックイーンが監修した特製マンクス

スティーブ・マックイーンが実際に運転したデューンバギーのステアリングを握り、パシフィック・コースト・ハイウェイを1時間走った。繰り返すが、スティーブ・マックイーンが実際に走らせた車である。

彼が演じた紳士泥棒、トーマス・クラウンが保険調査員のヴィッキー・アンダーソン(フェイ・ダナウェイ演じる)を連れて、カスタマイズしたマイヤーズ・マンクスのバギーで砂丘をワイルドにドライブするシーンだ。映画では重要なハイライトのひとつであり、スタントマンではなくマックイーン自らの運転だった。デューンバギーは飛び、ドリフトし、サイドブレーキターンをし、ダナウェイは終始笑い続ける豪快なシーンであった。

「高い砂丘の端からカメラに向かって大きくジャンプして、実にワイルドなシーンでした。フェイのほうに目を向けると、目が点になっていました。そして、彼女が履いていたハイヒールの踵部分がデューンバギーのフロアパンに食い込んでいましたね」とマックイーンはこのシーンを振り返ったことがある。「映画の中ではオレンジ色のデューンバギーが海に消えるだけでしたが、故障でアクセルペダルが戻らず、猛スピードで海に向かって突進したこともあります。フェイはずぶ濡れでしたけど、笑って海の中から出てきましたよ。本当に素晴らしい度胸でしたね。ちなみにデューンバギーのエンジンは降ろして分解し、海水を取り除きました」とも。

マンクスのスペックを決めたのは、ドライバーを務めたマックイーン自身であった。動画共有サイト、YouTubeにて「スティーブ・マックイーン、トーマス・クラウン、デューンバギー、マンクス(Steve McQueen, Thomas Crown, dune buggy,Manx)」で検索すると、ビーチにて上半身裸でマンクスに潜り込んだり、車のエンジンに触れたりするマックイーンの短いインタビュー動画が見つかる。その動画内では以下のように語っていた。

「サスペンションのジオメトリーだったり、オートバイだったり、エンジニアリング全般に興味があります。私にとっては感情のはけ口なのかもしれません」とマックイーン。

「私が演じたトーマス・クラウンが、プライベートの私が設計を手助けしたデューンバギーを作中に所有していたことを誇らしく思っています。フォルクスワーゲンのシャシーにワイドなマグホイールを履かせ、リアにコルヴェア(シボレー)のエンジンを積んでいます。ドライビングポジションはF1マシンに似た、セミ・リクライニングです。最高出力は230bhpだったと思いますが、車両重量は1000ポンド(約 453㎏)くらいしかありません。とても軽やかでした」と続けた。

映画は東海岸が設定になっておりビーチのシーンは、マサチューセッツ州イプスウィッチのクレーン・ビーチで撮影された。文字通り、ブルース・マイヤーズがデューンバギーを造っていたアメリカ大陸の反対側だ。なお、一説によると映画制作チームはビーチのシーンを当初、ジープで撮影しようとしていたが、マックイーンの強い要望によりマンクスが採用されたそうだ。

ブルース.F.マイヤーズが1963年から64年にかけて製作したオリジナルのデューンバギーは、グラスファイバー製のモノコック・タブにフォルクスワーゲンのドライブトレインとサスペンションを組み込んだものだった。量産型のデューンバギーはずんぐりむっくりした外観から、マン島に生息する尾のない猫の品種名にちなんでマイヤーズ「マンクス」と名付けられた。量産のために簡素化を図り、プラットフォームはフォルクスワーゲンのものベースに手を加えたものが用いられた。そして、1964年から71年にかけて”キットカー”として6000台分が生産された。そのうちの1台分は、マックイーンの要望を満たすためにカリフォルニア州バーバンクにあるオフロード・スペシャリスト、コンファー・マニュファクチャリングへ送られた。

コンファーの元従業員ジョン・ハーティングは次のように回想している。

「マックイーンが乗ったデューンバギーの製作に携わりました。私が1966年製コルヴェアのエンジンを解体屋から購入し、ショップに持ち帰ってスチーム洗浄した張本人です。エンジンはフォルクスワーゲンのトランスアクスルに組み付け、ボディはカスタマイズ仕様でした。スティーブは二度ほど製作過程を確認しに来店したことを覚えていますし、親しみやすいナイスガイでした」

ハーティングが触れたように、この特別なマンクスの最も大きな変更点は、通常のフォルクスワーゲン・ビートルの空冷水平対向 4気筒ではなく、シボレー・コルヴェアの空冷水平対向 6気筒エンジンを積んだことだった。伝聞ではあるがマックイーンは当初、ポルシェ・エンジンを要望したが予算が合わなかったという。おそらく、チューンナップが施されていても170bhpほどで、マックイーンがインタビュー動画のナレーションで発言した230bhpには届かない。それでも、ビートルのエンジンよりも大幅なパワーアップが達成されたことには違いない。

現在、マックイーンが乗ったマンクスはコレクターのフィリップ・サロム氏が所有している。ロサンゼルスのガレージでは、コレクションのキュレーションを手掛けるザック・ウェガード氏に出迎えられた。このマンクスがワンオフであることは、すぐにわかった。というのもボディサイドが量産型とは形状が異なり、ヘッドライトがフロントフード埋め込み式になっていたからだ。ちなみに、ブルース・マイヤーズはボディシェルを重ねて保管できない、という理由でこのボディサイドは嫌いだったという。モーターボートに採用されるようなパースペックス製のアクリル”スクリーン”は、コックピットのフロントから両サイドにまで奢られている。そして、クロームメッキされたカスタムメイドのトランク・ラックも特徴的な装備である。

マックイーンが座ったシート

乗り降りする際は、アクリル・スクリーンの存在に注意しないといけない。思わずスクリーンに奢られているクロームの縁の手をかけたくなるが、アクリルゆえに脆い。シートのショルダー部分に手をつき、シートの座面に足を置くことに躊躇してはいけない。シートやドア部分(ドアはないが.)に相当する内張には、キルティング加工が施された黒いノーガハイド(アメリカの人工皮革)が、フロアやトランスミッション・トンネル部分には無地の黒いカーペットが奢られている。

量産モデルとルックスも異なるが、最大の相違点はサイドブレーキの両側に配されたレバーだろう。これらは”フィドル”(いじる、という意味)ブレーキと呼ばれ、後輪左右のブレーキを独立してコントロールできるようにすることで、ドリフトしやすくなるというマックイーン発案の装備であった。

巨大なホイールを収めるために、乗員の足元スペースは狭くなっている。特にドライバーはペダルボックスも右側に大きくオフセットされているので、快適性の面では助手席の足元に軍配があがる。運転席、助手席ともにダッシュボードに配されるスチュワート・ワーナー製の計器類が一目瞭然だ。そのうちのひとつはシリンダーヘッドの温度を指し、フォルクスワーゲン・ビートルのエンジン同様、コルヴェアのエンジンが空冷であることを思い出させてくれる。

4基のキャブレターを備えた空冷水平対向6気筒エンジンは、キーを捻ると驚くほど即座に点火し、ちょっとワイルドなビートルのようなエグゾースト音を轟かせる。ロサンゼルスの渋滞に入ると、マンクスの特徴が明らかになった。ひとつ目は低回転域での走行が不得意でエンジンが愚図り、もうひとつはマニュアルトランスミッションのシフトが”曖昧”であることだ。誤操作防止機構がないので1速から2速ではなく、リバースに入りそうになる。もっとも、シフト操作はすぐに慣れるということも記しておく。

サンタモニカまでの市街地渋滞でストップ&ゴーで繰り返し、”パシフィック・コースト・ハイウェイ”として知られる州道 1号線を北上した。左手には海が広がり、前方には長くカーブした二車線の道路が伸びている。アクセルペダルをグッと踏み込むとエグゾーストノートがたちまちレーシングカーのようなけたたましい音に硬化する。巨大なリアタイヤはマジックテープのように路面をグリップして、マンクスは力強く前方に突進する。4速にシフトアップする頃には、フロントエンドが不穏なほど軽く感じられる。スピードメーターが振りきれているので、どれくらいのスピードが出ているのか分からないが、GPSをチェックすると時速70マイルくらいなら容易に達成可能であるようだ。

アクリル・スクリーン越しに風は盛大に巻き込み、速度を上げるとエグゾーストノートはかき消されてしまうほど。YouTubeで「Thomas Crown Affair beach buggy scene(トーマス・クラウン・アフェア、ビーチバギー、シーン)」で検索すると、いかに素晴らしいエグゾーストノートを轟かせるかがお分かりいただけると思うので是非、チェックされたい。マックイーンによるオーバーステア、スピン、ジャンプ、そして演技とはいえ終始笑っているフェイ・ダナウェイ…、それはそれは実にクールである。マンクスはデューンバギーゆえに砂地を”生息地”とするが、最近はビーチパトロールの監視が厳しく、我々にマックイーンのような走りは許されない。そこで誰にもあまり迷惑をかけないダートを探すことにになった。

ようやくマンクスの真価を発揮できるダートに辿り着くと、非常にクイックなステアリングでとにかく楽しいことに気づかされる。マンクスのボディ重量は最小限に抑えられており、ワイドなトレッドにワイドなタイヤを履いている。ちなみにリアタイヤは、アンディ・グラナテッリが乗っていたSTPスペシャル・インディカーと同じだ。そして、マンクスはまるで水黽が水面を滑走するように、ダートを滑走する。さほど腕に自信がなくても、マンクスを運転している間は王様のような気分に浸れる。

1968年に映画『華麗なる賭け(洋題:ザ・トーマス・クラウン・アフェア)』が公開されたとき、マックイーンはすでにAリスト(一流を指す)に名を連ねていた。だが当時、劇用車の二次流通需要はほとんどなく、撮影を終えたマンクスはカリフォルニアのユナイテッド・アーティストの敷地に放置さ

れた。第二次世界大戦直後に流行ったホットロッドの先駆者であり、後にアメリカで最初のホンダ・ディーラーをオープンさせたジミー・フルーガーというハワイの自動車愛好家だけはマンクスをほしがった。そして、フルーガーによるオファーは受け入れられた。マンクスはハワイに輸送されたが、車内にはまだクレーン・ビーチでの撮影で入った砂や塩が残された状態だったという。

そんなフルーガーも、劇用車としてのマンクスに興味があったわけではなく、デューンレース用のベース車両に購入したのだった。軽量化のためにインテリアは剥がされ、コルヴェアのエンジンをフォルクスワーゲンの 2.2リッター・レース用エンジンに載せ替えた。また、日常走行にも対応できるようアクリル・スクリーンは、量産型のガラス・ウィンドウに交換され、ウィンカーも装着したそうだ。そして、フルーガーの次のオーナーもデューンレースやジェットスキーの牽引車両としてマンクスを活用し、1997年にミニ・クーパーS、ショットガン1丁と物々交換した。その時点でエンジンは不動、ボディはボロボロ、メッキパーツは錆だらけ、という痛々しい状態だったという。次のオーナー、しばらくは放置していたようだが2010年代半ば、マンクスの生みの親であるブルース・マイヤーのヴァリー・センター・ワークショップでレストアさせた。

2020年、ボナムスのアメリア・アイランド・オークションに出品され、マックイーンのファンがマンクスを45万6000ドルで落札した。この2か月前にマックイーンが映画「ブリッド」で乗ったマスタングが374万ドルで落札されていることを思い出せば、マンクスは比較的”お買い得”だったと言えるだろう。その後、落札者はフィリップ・サロムが現在、所有しているマイヤーズ・マンクス社へ連絡し、同社のコレクションにあるべきだとして譲られた。残念ながら、マックイーンが乗ったマンクスは売り物ではない。だが、フィリップ・サロムによって復活したマイヤーズ・マンクスは現在、新生マンクスのキット販売だけでなく、パワートレインがフル電動のものまでラインナップしている。

もちろん、コルヴェアのエンジンを搭載することを阻むものは何もない。

1967年式マイヤーズ・マンクス”ザ・トーマス・クラウン・アフェア仕様”

エンジン:シボレー・コルヴェア空冷水平対向 6気筒、排気量 2683cc(リア搭載)、ロチェスター製キャブレター×4基

最高出力:170bhp(推定)

トランスミッション:フォルクスワーゲン製 4段MT(トランスアクスル)、後輪駆動

ステアリング:ウォーム&セクター式

サスペンション(前):独立式、VW式ビームアクスル、トーションバー、テレスコピック・ダンパー、アンチロールバー

サスペンション(後):独立式、スウィングアクスル、トーションバー、テレスコピック・ダンパー

ブレーキ:ドラム式 車両重量:550㎏(推定)

最高速度:80mph(推定)

編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA(carkingdom)

Words:Mark Dixon Photography:Evan Klein

撮影協力:フィリップ・サロム、アリソン・マーリック、フレンニ・フェルナンデス、ザック・ウェガード、新生マイヤーズ・マンクス:meyersmanx.com