広瀬アリス演じる於愛の方の明るさにホッとした。大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)では目下、三河一向一揆、三方ヶ原合戦に次ぐ大きな危機が家康(松本潤)に近づいている。家康の息子・信康(細田佳央太)は度重なる戦で精神が不安定になり、瀬名(有村架純)は心配のあまり、なんとか戦を止められないかと密かに行動をはじめる。それが五徳(久保史緒里)を通して信長(岡田准一)の耳に入り、見せしめとして水野信元(寺島進)が粛清された。今後に不安しかないのだが、そこへ新キャラ・於愛(広瀬アリス)が登場し、彼女の笑顔に、家康も視聴者もほっこりした。

『どうする家康』於愛の方役の広瀬アリス

近視の於愛が、台所でおやつを食べていた家康を万千代(板垣李光人)と間違えて、おしりを激しく叩く。間違えたとはいえ、殿様を叩くなんて信じがたい行為である。この時代だったら、お手打ちになっても仕方ないだろう。だが家康はびっくりしながらも、とがめない。気取らない家康の人柄の出たシーンである。松本潤は、大仰な演技をせずに、眉を八の字にして戸惑うという、とぼけた感じを出すのがうまいし、対する広瀬もけろっとからっとしていて、印象に残るシーンになった。

家康が再び於愛と出会うのは、いろいろあって眠れない夜のこと。最初の側室・お葉(北香那)が気を利かせて、笛の演奏を聞かせようと於愛を呼ぶ。だが、彼女の演奏は音が外れて、家康はますます眠れない。ここでもまた家康は穏やかで、於愛のへたくそな演奏をとがめない。

これまで家康は、わかりやすく使いやすい優れた人物だけを重用せず、むしろ、不器用な扱いが面倒そうな人物に目をかけてきた。たぶん、自分自身が、木彫りや人形遊びが好きで、他者に本当の自分を開示できない不器用なタイプだからであろう。

振り返ると、家康のまわりには、歯が抜けて何を言っているのかわからない鳥居忠吉(イッセー尾形)や、吃音の長吉(田村健太郎)という、身体的にハンデのある人物がいたが、態度を変えることなく接してきたし、異性と恋愛できないお葉、裏切り者の本多正信(松山ケンイチ)や夏目広次(甲本雅裕)、家康を殺そうとした万千代など、生き方の方向性が自分とは違う人物とも分け隔てなく付き合ってきた。そんな家康だから、近眼で、おっちょこちょいで、笛がへたな於愛に、むしろ親近感が湧いたのではないだろうか。彼女を側室に迎えることにする。

さて、於愛をキュートに演じた広瀬。於愛は、さじ加減を謝ると、鈍感で、自分本位な人物に見えかねないおそれもある。広瀬はあっけらかんと影のない人物に表現している。

広瀬は2008年にデビュー。堅実に活動していたが、一時期、あとからデビューした妹の広瀬すずの活躍の影に隠れがちに見えたこともあった。漫画が好きで、オタク女子的なイメージもあったため、正統派なヒロイン役よりも、少し影のある個性的なイメージがついていた(いまはオタクはむしろ時代の先端ではあるとはいえ)。それが17年、朝ドラこと連続テレビ小説『わろてんか』(NHK)でがらり変わる。松尾諭と漫才コンビを組むリリコ役で、彼女の明るく華やかな面に光が当たるようになった。その前に濱田岳主演の『釣りバカ日誌 Season2 ~新米社員 浜崎伝助~』(テレビ東京)でも料理上手で明るい妻役を好演していたのだが、NHKの朝ドラで、広瀬の曇りない明るさが全国区に広がった。

朝ドラ後は、滝藤賢一とW主演した異色な探偵ドラマ『探偵が早すぎる』(日本テレビ系)で、すっかりコメディエンヌっぷりが板についていた。すらりとして、目鼻立ちもくっきりしていて、派手なビジュアルなので、近寄りがたく見えそうなところ、変に色気を振りまかないし、漫画好きなところにも現代性がある。

主演を務めた『恋なんて、本気でやってどうするの?』(カンテレ・フジテレビ系)も仕事ひとすじで恋愛に縁のなかった主人公が徐々に恋愛に目覚めていく様を、いい塩梅で演じていた。こういう役は、ありえないと思わせてしまうと終わりだし、あまりに生々しくても引いてしまうが、フィクションの世界にうまくハマっていた。

広瀬は、フィクションへの距離のとりかたが抜群。だからこそ、『どうする家康』の側室・於愛も、従来の時代劇の側室とは少し違うところにいる役として、勘所よく演じている。どうしても側室が色っぽ過ぎたり、日陰感が強かったり、何か裏を感じさせたりすると複雑な気分になるからだ。

ただし、於愛も戦で夫を失い娘のために働かざるを得ないという背景はある。そんな重い背景をさりげなく持ちながら、於愛は天然の笑いを振りまく。

家康の側室になるにあたり、於愛が瀬名に挨拶に行くと、ふたりは『源氏物語』の話で盛り上がる。漫画好きな広瀬らしく、作品のことを夢中で話す感じがハマっていた。瀬名が家康と人形遊びを楽しんだように、瀬名は於愛と読書談義を楽しむ。瀬名も、於愛の裏表のない、そしておおらかなところに、家康を託そうと思えるのだろう。これまで側室選びに厳しかった瀬名が、於愛を許したのは、虫の知らせなのかなという気もしてしまう。築山事件が刻々と近づいてきているので……。陰謀渦巻く戦国時代、於愛の名が象徴的である。大事なのは、殺し合いより愛。

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