中晩柑、なかでも県オリジナル品種に強み

「みかん県」。こう言われて思い浮かぶのは、愛媛、和歌山、そして静岡ではないだろうか。他の2県と愛媛では作っているものの比重がやや異なる。2県は温州(うんしゅう)ミカンの割合が高い。それに対し、愛媛県は温州ミカンも作るものの、その収穫が終わった1~5月ごろに出回る「中晩柑(ちゅうばんかん)」に強みを持つ。「中晩柑類は全国トップの生産量を誇っている」(愛媛県)のだ。

農研機構が開発した「せとか」といった品種や昔からあるポンカン、近年生産量を伸ばしているブラッドオレンジなどさまざまあるなかで、特に強みとなるのが県のオリジナル品種だ。農産園芸課の安西昭裕(あんざい・あきひろ)さん(冒頭写真右)はこう説明する。

「県のみかん研究所が『紅まどんな』や『甘平(かんぺい)』、2022年6月に品種登録されたばかりの『紅プリンセス』といったオリジナル品種を開発しています。古い木を伐採して改植する際に、他県にないぶん高単価での販売が期待できるこれらの品種に切り替えていってもらって、本県の農業産出額の柱となるものを作ろうと頑張っているところです」

担い手も農地も減る流れ、集積に難しさも

その戦略を掘り下げる前に、県農業の置かれた状況を押さえておきたい。
農業産出額は1244億円(2021年)で、中国四国では2位、全国では24位に付けている。

「愛媛県もご多分に漏れず、担い手も減少していて、耕地面積も漸減しているところです」と安西さん。2020年度の基幹的農業従事者は2万8654人で、2015年に比べて19.8%減った。そのうち65歳以上の割合は74%で、2015年に比べて4ポイント増えている。全国平均の70%よりも高齢化が進む。

県の担い手への農地の集積率は2022年3月末時点で34.2%。全国平均の58.9%(2021年度末)とは開きがある。これには次のような事情があると、農政課 農地・担い手対策室の吉國忠治(よしくに・ただはる)さんは解説する。

「耕作面積の4割強を樹園地が占めており、手作業の多い樹園地だと、集積して大規模な経営をすることが難しいという事情があります。また、小規模な農地が点在している所も多いので、まとまった面積を担い手に貸し付けることが難しいという事情もあります」

農地中間管理機構を通じた貸借も盛んとはいえないのが現状である。しかし、集積には不利な地理的条件であっても、農地を確実に次の世代に引き継ぐため、農地中間管理機構が果たす役割は重要であるとして、農地活用係長の渡部恭久(わたなべ・やすひさ)さんはこう解説する。

「農業者が減少する中、相対での貸借には限界があります。農地中間管理事業の推進に関する法律が改正され、農地中間管理機構を経由するルートを軸とし、農業経営や農作業の受委託等も可能となったことから、今後、農地中間管理機構のネットワークを生かして広域的で柔軟なマッチングが行われることが重要です」

愛媛県庁

傾斜地という強みが時代の変化につれて課題に

樹園地に限らず、「耕地面積の7割が営農環境の厳しい中山間地域にあり、基盤整備に遅れが見られた」(愛媛県)ことも営農上のネックになっている。農地に占める中山間地域の割合は全国平均が4割なので、愛媛県のそれは大幅に高い。

柑橘を生産するうえでも課題となるのが「園地の傾斜がきつく、労働生産性が悪い」(安西さん)ことだ。急傾斜の斜面に園地があることは、排水性が良くなる、木にまんべんなく光が当たりやすいといったメリットでもあった。

「柑橘の品質向上に役立っていた部分はあり、こうした条件は強みでもあったんです。けれどもこれだけ農家が高齢化し、人手が少なくなっていくなかで、大面積を楽に生産できないのは大きな課題だと捉えています。将来的には、快適に柑橘を作れるように園地の環境をどのように改善していくかが重要になる」と、安西さんは強調する。

農家個人でできる程度のほ場整備を推進

県内では、国の事業を活用した樹園地の大がかりな基盤整備も行われている。しかし、事業費が高額なために工事ができるのはごく一部にとどまってきた。そこで県は、2022年から「樹園地の簡易なほ場整備」も広めようとしている。農産園芸課果樹係長の大西論平(おおにし・ろんぺい)さん(冒頭写真左)がこう解説する。

「公共事業で重機やダンプカーがどんどん入る基盤整備も大事なんですけど、農家個人でできる程度の整備もあって、県としてそれも推進しています。農家が所有する小型の油圧ショベルを使うことでできる整備を後押しして、広げていきたいと考えています」

具体的には、小さな急傾斜の園地で等高線に沿って作業道を設け、園地を帯のような形に再編する方法などがあり、県の事業を活用し、県内各地でモデル園地づくりを進めている。

等高線に沿って作業道を設けた園地(画像提供:愛媛県)

作業道は通常、軽トラックが走行できる2~3メートルの幅を持たせる。ただ「軽トラが入れる道が作れたら便利ですけど、そんなに条件が良いところばかりじゃないので、ちょっとした運搬車のようなものでも入れるようになれば非常に楽」(大西さん)だとして、園地の条件にあわせた整備を進めている。

「農家の間では園地の整備をやってみたいけれど、人を雇わなきゃできないイメージもあるんですよ。実際には、安全性さえ気を付けてもらえば、わりと簡単に自分でできる作業もあるということを分かってほしい」

柑橘は老木になるほど表年と裏年の収穫に差が出る「隔年結果」が生じやすい。
「老木を伐採して新たな苗木を植えるときに、併せて園地を改修していきたい。長期にはなるんですけど、農家にそういう意識を持ってもらって、次の世代が少しでも楽においしい柑橘を作れる状態に持っていきたいですね」(大西さん)

キーワードは高単価、周年供給

「園地の改良と並行して、最新の省力化技術を積極的に導入していくことで、なんとか労働生産性を高めて、生産量を維持していきたい」(安西さん)というのが、弱点を補う戦略だ。対して、強みを伸ばす戦略も愛媛県は持っている。

「県で品種改良した他県にはない育種資源を生かして、周年の供給体制を強化し、消費者が愛媛県の柑橘をいつでも手にできる状態を作りたい。これが、育種の方針となっています」

愛媛県はすでに周年で柑橘を供給できる状態にある(下図参照)。2025年から本格出荷される紅プリンセスが加われば、12月ごろから出てくる紅まどんなから甘平を経て、4月の紅プリンセスまで、県独自のブランド柑橘をリレーできるという、より強力な供給体制が整う。

「ずっと愛媛県の品種を食べられるということが、消費者への訴求効果になると思っています」と安西さん。

「愛媛のかんきつ食べ頃カレンダー」より一部抜粋(画像提供:愛媛県)

キロ単価の高い品種を導入してきた歴史

柑橘のなかでも最もポピュラーな温州ミカンは、かつて西日本の広い地域で作られていた。供給が増えて価格が不安定になったことが、愛媛県で中晩柑の栽培が増えた一因でもある。

「戦後から昭和30年代までは温州ミカンの増産時期で、栽培面積や生産量が大幅に増加しました。40年代に入り、価格の暴落を繰り返すようになり、50年代から、当時価格が良かった伊予柑の栽培面積が急激に増加しました。その伊予柑も1998年頃から低迷して温州ミカンの価格を下回るようになり、ポスト伊予柑として、不知火(しらぬい)や清見、ポンカンなどの栽培面積が増加しました。そして、2005年に紅まどんな(全農えひめの登録商標)、2007年に甘平が品種登録され、愛媛県発のオリジナル品種として市場から高い評価を得ています」(大西さん)

温州ミカンや伊予柑と県オリジナル品種では、こなせる面積や価格が大きく異なる。
「現在でも、温州ミカンや伊予柑は本県柑橘生産量の6割以上を占める主力品種であり、栽培しやすく、卸売単価はキロ単価が200円台後半から300円くらいと安定していますから、県として生産量の維持に努めています。一方、紅まどんな、甘平は手が掛かるぶん大面積をこなすのは難しいけれど、キロ700円台~800円台になります。県内には条件の悪い園地もかなりあって、そうした園地を無理して維持するよりは、少し面積は減らしても、高収益の柑橘を作ることで収入を落とさないようにしましょうと、オリジナル品種の導入を図った経緯があります」(大西さん)

高品質を可能にする施設栽培

ハウスを加温して出荷時期を早めるハウスミカン(温室ミカン)は昔からあるが、特に紅まどんなの普及をきっかけに「雨よけ栽培」が広がった。紅まどんなは、ある程度成長した段階で雨に当たると果皮が割れてそこから腐ってしまう。それを防ぐために木の上をビニールで覆う雨よけが推奨されている。単なる雨よけの設置が最も多く、加温しないハウス栽培がそれに続く。

「甘平や紅プリンセスは露地で作るんですけど、雨よけを設けた方が果皮が非常にきれいに仕上がります。外観がいい、トップクラスの果実を作ろうとする人は、雨よけ栽培をする場合が多いです」(大西さん)

安西さんは「施設栽培をすることが大事というわけではなくて、紅まどんなをはじめとする高級柑橘をより高く売るためのツールとして施設が必要な場合は、ちゅうちょなく使っていく。施設を必要とする農家に対しては支援していくというスタンスですね」と話す。

柑橘の付加価値を高め得る施設栽培。その役割や現状については、次回の記事で深掘りする。