『さよならテレビ』(東海テレビ)と『エルピス-希望、あるいは災い-』(カンテレ)。ドキュメンタリーとドラマでジャンルは異なるものの、“テレビ報道”の裏側を描くというタブーに切り込んだ自己批判の姿勢に、業界内外で大きな反響があがったが、それぞれのプロデューサーを務めた阿武野勝彦氏(東海テレビ)と佐野亜裕美氏(カンテレ)は、互いの作品に強く励まされていたという。

今回、そんな2人の初対談が実現。全4回シリーズの第1回は、えん罪事件を巡るテレビ局の報道現場の苦闘を描いた『エルピス』に寄せられたこれまでのドラマになかった反響や、“悔しさ”から生まれた映像の質へのこだわりなどを、佐野氏が明かした――。

  • 長澤まさみ=『エルピス-希望、あるいは災い-』(カンテレドーガで配信中)より (C)カンテレ

    長澤まさみ=『エルピス-希望、あるいは災い-』(カンテレドーガで配信中)より (C)カンテレ

■ターゲットを想定しないことで反響の種類が広がった

阿武野:『エルピス』は、反響がすごいんじゃないですか?

佐野:これまで作ってきたドラマとは、また違う反響なんです。「普段全然テレビドラマを見ないんだけど…」とか、「10年ぶりにテレビドラマを見たんですけど…」といった前置きが付けられてることが多くて。法曹界の方やえん罪被害者のご家族の方から反響を頂くこともありましたし、メールではなく、お手紙も多かったです。自分で作ってると客観的に見るのがなかなか難しいのですが、そういう反響を見て、刺さる方には深く刺さる何かがあったんだなというのを、改めて実感しました。

阿武野:そうなんですか。

佐野:逆にものすごく怒っているお手紙をくださる方もいて。そこが面白いところでもありますね。

阿武野:そういう反響は、今までなかったんですね。

佐野:これまでは、作る側として「こういう方に見てほしい」と、なんとなく想定した方からの手紙は何通かあったんですけど、今回はそういう想定をしないで作ったので、意外なところに刺さった部分がありました。

阿武野:ターゲットを想定しないで作ったことによって、反響のバリエーションに広がりがあったんですね。

佐野:今までは、自分の親友とか、17歳の頃の自分とか、わりと特定の個人の顔を思い浮かべて作ることが多かったのですが、今回は放送よりだいぶ前に脚本を作ってしまって、具体的な誰かに向けてみたいなことがないままのスタートでしたので、こういう反響を頂いて驚いているところですし、勉強になりました。

  • 佐野亜裕美氏

■“腫れ物感”があるドラマだった?

阿武野:現役のテレビマン、とりわけ報道の現場にいる人たちからのリアクションはありましたか?

佐野:ありました。それは社内ではなく社外の、特に女性が多かったです。私自身は全然知らなかったんですけど、大手マスコミに所属する方々が集まって自主的に勉強会をされているグループがあって、そのいくつかから熱い感想を頂いて、ぜひお話ししに来てほしいと言っていただいたりして。

阿武野:富山県にNHKと民放3局の報道関係者のジャーナリズム勉強会があるんですが、先日、そこで講演をしました。で、「みなさん、『エルピス』はご覧になりました?」って聞いてみたんです。

佐野:あー、胸が痛い!

阿武野:出席者は、キャスターや記者、デスク、報道部長、報道局長と富山でテレビジャーナリズムを担っている30人くらいの人たちなんですけど、「見た人?手を挙げてください」って言ったら、何と半分なんです…。ちょっと拍子抜けして、「見てない人が半分もいるってどういうこと!?」って。

佐野:いやいや、ありがたいです。視聴率もそんなに高いドラマではなかったので…。

阿武野:いや、テレビマンとしては視聴率が低いと僕は思った。東海テレビの報道フロアの僕の周りでは、「『エルピス』見た?」って、なぜか小声でしゃべってます。高校生の頃に、いやらしいことばっかり言ってる深夜放送について、友だちと話したいけど女子の前では言えないみたいな感じ(笑)

佐野:(笑)

阿武野:それとは全然性質が違うんだけど、「見た? 見た? 何か、やられちゃいますねぇ」って不思議な会話になるんですよね。でも、こんなテレビ局の、それも報道のど真ん中を描いたドラマを、見てないなんて、感度が悪すぎないか…と。実際、そこから、講演がちょっとアジテーションみたいになっちゃって…。

佐野:やっぱり、ちょっと“腫れ物感”があるんだろうと思います。カンテレの社内でもきっとあったんだと思うのですが、私は東京支社にいて、かつ現場中は会社に出勤するのが月1くらいなので、実際に社内がどういう感じだったのかがあんまり分からなくて。特に大阪本社の報道フロアがどうだったのかが分からないまま始まり、分からぬまま終わってしまったところがあります。『大豆田とわ子と三人の元夫』というドラマをやったときは、わりと気軽に「面白かったよ」といった感想を頂いたんですけど、今回はそれが全然なくて、大丈夫なんだろうか、社内で問題になったりしてるんだろうか、でもそれも聞こえてこないし、黙殺されてるのかしら…とかいろいろ不安になって。

阿武野:きっと論評するのが難しいんですよ。