デジタル化が進展する中で、従業員の職業能力の再開発や再教育を行う「リスキリング」が注目されている。「リスキリング」という言葉を見聞きする機会が増えた一方で、社員にリスキリングの場を提供できていない企業や、リスキリングの必要性自体を理解していない企業も少なくないのが現状だ。

そんな中、企業内大学「Zアカデミア」を通じてリスキリングを実践しているのが、Zホールディングスだ。1月27日、Zホールディングスが「はたらくAI&DX研究所」所長の石原直子氏をゲストに招き、リスキリングの潮流と事例に関するプレス向け説明会を開催した。

リスキリング(Re-Skill-ing)とは?

そもそも「リスキリング(Re-Skill-ing)」とは、直訳すると「再び、スキルを身に付ける」の意味。具体的には、「新しい職業に就くため、あるいは今の職業で求められるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させる」ことを指す。

現在では「デジタルにかかわるスキルを身に付ける」という、狭義の意味で使われることが多い。

リスキリングは「チャンス」と「リスク」に対処する手段

なぜ、近年になってにわかにリスキリングが注目されているのだろうか。石原氏はリスキリングの重要性をDXと絡めて解説する。

  • 株式会社エクサウィザーズはたらくAI&DX研究所所長 石原直子氏

「DX(デジタルトランスフォーメーション)」は、「デジタル技術による変容・変革」の意味で、ビジネスの文脈では、デジタル活用によってビジネスモデルの変革や新しい市場の創出などを伴う変化を生み出すことを指す。

DXが単なるデジタル化と異なるのは、次の2つのインパクトをもたらす点だ。

・デジタルという強力な手段を使って、顧客の課題・世界の社会課題をこれまでにない形で解決する
・思ってもいないところから現れたプレイヤーがゲームのルールを塗り替える

言い換えれば、DX時代においては、デジタルの活用によって新たな価値を生み出せるチャンスがある一方で、これまで存在しなかった「競合」が現れたり、それまで存在したマーケットが突然消失したりするリスクもあるということである。

リスキリングは、こうしたDX時代の「チャンス」と「リスク」に対処するために不可欠な取り組みであり、「攻め」と「守り」の両方に有効なのだ。

経営者の意思とリーダーシップがリスキリングの大前提

では、実際にどのようにしてリスキリングを進めていけばいいのだろうか。石原氏は「1+3のリスキリング」を提唱する。

「1+3のリスキリング」とは「経営者のリスキリング」+「3つの従業員のリスキリング(使いこなしのリスキリング・変化創造のリスキリング+仕事転換のリスキリング)」から成っており、最も重要なのが「経営者のリスキリング」だという。

「変化は誰にとっても苦痛です。だからこそ、まず経営者が『わが社がこれからどうなろうとしているのか』を示さなければなりません。経営の意思とリーダーシップは、リスキリングとDXの大前提なのです」と石原氏は語る。

まずは、経営者自身がデジタルのポテンシャルとリスクを理解し、会社としての戦略を立てなければならない。その上で、「その戦略を実行するためにどんなスキルを持った人が何人必要なのか」「どのようなプログラムでリスキリングを行うべきか」を考えていくことが大切なのである。

組織的にリスキリングができる会社の条件

石原氏は、DX時代に組織的にリスキリングができる会社の条件として、次の5つを挙げる。

・社員を信頼する: 顧客に最も近いのは社員
・若者にリスペクトを:若い人が教える人
・社員に時間の余裕を:働き方改革にもデジタルが効く
・失敗を許容する:失敗は成功のもと、Leanな学習サイクルが大事
・全社員にデジタルリテラシーを:一手段に過ぎないが、誰もに必要な手段

「変化に一番気付けるのは現場の人だからこそ、現場の社員を信頼し、現場の気付きを吸い上げることができない企業は変化に乗り遅れてしまいます。

反対に、現場の社員が、デジタルの仕組みを作る人に伝わる言葉で自分たちの課題を語れるくらいのデジタルマインドセットとデジタルリテラシーを持つようになれば、さまざまな変化が現場主導で進むようになり、課題解決が一気にスムーズになります」と石原氏。

働き方改革によって、従業員が継続的に学べるよう時間の余裕を提供することや、失敗を許容するカルチャーを醸成することも、組織的なリスキリングを成功させるポイントだ。

石原氏は、「デジタルは一手段に過ぎませんが、これからの時代は誰しもに必要な手段になるので、全社員にデジタルリテラシーを身に付けさせることが重要です」と強調した。

年間のべ26,000名が参加する企業内大学「Zアカデミア」

続いて、組織的なリスキリングを実践している例として、Zホールディングス株式会社「Zアカデミア」学長 伊藤羊一氏と「Z AIアカデミア」ディレクション 田部井伸弥氏が「Zアカデミア」とその一環である「Z文系AI塾」の取り組みを紹介した。

「Zアカデミア」は、「Yahoo!アカデミア」を前身とする同社の企業内大学で、2020年4月以降は「Zアカデミア」としてコンテンツと参加者を拡大してきた。大きく分けて、「管理職対象クラス」と「グループ全社員対象クラス」の2クラスを展開している。

「グループ全社員対象クラス」は「グループ社員の才能と情熱を解き放つ」というミッションのもと、年間200講座を開催。

AI人材育成プログラムやコードの書き方など「スキルが身に付く講座」や、サステナビリティなどの「知識を得られる講座」が人気で、著作活動や講演等を行うメンバーを含む専門スキルを持つ社員が、講師の約8割を占めているという。

2021年度はのべ26,000名が参加。満足度は10段階中平均8.4と、高い水準を記録している。

モチベーション高く学び続けてもらうために、ユーザーである社員の「学びたい」「交流したい」「発信したい」という3つの渇き(ニーズ)に応える場となることを重視しているという。

「Zアカデミア」の取り組みの中でも、特に好評を博しているのが「Z文系AI塾」だ。半年間(全7回)の講座で、「ノーコードツールを使った購入予測モデル作成」「実用化前提のAI活用企画」など実践的な内容が学べる。“文系”と冠している通り、企画職やバックオフィス職を含む、エンジニア以外の職種が対象だ。

受講の結果、同社が「AI人材」として定義するスキル7項目すべてにおいて、受講者のスコアが上昇。実用化を視野に入れた400超のAI活用企画が誕生するなど、さまざまな副産物も生まれている。

「リスキリングをする以外の選択肢はない」

最後に、「はたらくAI&DX研究所」所長の石原直子氏と「Zアカデミア」学長 伊藤羊一氏が登壇したパネルディスカッションでは、「企業におけるこれからのリスキリング」をテーマに意見が交わされた。

一見リスキリングがトレンドになっているように見えるが、石原氏は「リスキリングを提供したい事業が盛り上がっているだけで、実際に社員に対してリスキリングをしっかりと行っている会社は増えていないのではないかと懸念している」という。日本社会のリスキリングは、これからにかかっているのだ。

  • 左:石原直子氏、右:Zホールディングス「Zアカデミア」学長 伊藤羊⼀氏

伊藤氏は「そもそもビジネスパーソンが学び続けることは当然のこと。学び続けることを前提に、DXの時代だからこその『狭義のリスキリング』をすることが大事」だと語る。

石原氏と伊藤氏が口を揃えるのは、「リスキリングはやるかやらないかを考えるというレベルの話ではなく、これからのビジネス環境で勝ち残っていくためには、リスキリングをする以外の選択肢はない」ということだ。

石原氏は「社員にOJT以外の学習の場をほとんど提供していない日本企業は多いですが、今後勝つために必要なスキルは、おそらく現時点では社内に存在していません。リスキリングは会社の戦略であるということを強く認識してもらいたいです」と締めくくった。