井上尚弥は、やはり「怪物(モンスター)」だった。12月13日夜、東京・有明アリーナでのWBAスーパー、WBC、IBF、WBO王座統一戦でポール・バトラー(英国)に11ラウンドKO勝ち、4本のベルトをコレクトし名実ともにバンタム級最強の座に就いた。

  • 試合序盤から果敢にバトラー(左)を攻め込む井上尚弥。戦前の予想通り、両者には大きな実力差があった。(写真:PXB WORLD SPIRITS/フェニックスバトル・パートナーズ)

4団体世界王座統一は史上9人目、バンタム級では初、日本人、いやアジア人としても初の快挙だ。だがこの偉業も、井上にとっては通過点に過ぎない。今後、4本のベルトを返上し階級をスーパー・バンタムにアップ。来年からは4階級制覇、そして前人未踏の2階級における4団体世界王座統一を目指すことになる。

■怪物のKOへのこだわり

(今回はKOは見られない。このまま判定勝ちになるのか…)
10ラウンド目が終わった時、満員の観客席にはそんな雰囲気が漂っていた。
「バトラー逃げるな! 何しに日本に来たんだ!」
ディフェンシブな闘い方を続ける英国人ファイターに対して、野次も飛んだ。

1ラウンドから積極的に攻める井上に対して、バトラーは防御に徹した。
「勝てなくてもいい、それでもKO負けだけは絶対に嫌だ」
そう言わんばかりに。
井上はガードを下げて打ち合いを誘った。それだけではない、両腕を背後にまわし顔を突き出しもした。それでもバトラーはディフェンス姿勢を崩さない。
「10-9で井上優位」のラウンドが重ねられていたのだ。

  • あまりにディフェンシブな闘いに徹するバトラーに対し、井上が両腕を後ろにまわし顔を突き出して挑発する場面も。(写真:PXB WORLD SPIRITS/フェニックスバトル・パートナーズ)

このままの展開が続き、最終12ラウンド終了のゴングが打ち鳴らされれば井上の勝利は間違いない。一つの目標であった「4団体世界王座統一」は果たせる。勝利だけを求めるなら、このままで良かっただろう。だが井上は「倒して勝つ」ことにこだわった。
迎えた11ラウンド、モンスターはさらにギアを上げる。プレッシャーをかけバトラーをロープ際に追い詰めると、スピード感溢れる左右の連打を上下に打ち分ける。ボディブローを喰らい表情を歪めたバトラーは、その後に数発のパンチを浴びしゃがみこむようにダウン! 立ち上がることができなかった。
11ラウンド1分9秒、井上尚弥のKO勝利─。

試合後、井上は言った。
「タフな相手でした。長期戦になることも予想していましたが、KOで勝つ準備をして試合に挑んだ。やりたかったボクシングはできたと思う。
もし判定になっていたら勝ってもやりきれない気持ちになっていたでしょうね。倒せたことは大きな収穫です」

  • 11ラウンド、井上の猛攻を浴びバトラーはダウン。そのまま立ち上がることができず試合は終わった。(写真:PXB WORLD SPIRITS/フェニックスバトル・パートナーズ)

■因縁のネリとの対決はあるか?

初めてのバンタム級王座奪取(2018年5月、ジェイミー・マクドネル<英国>に1ラウンドKO勝利)から約4年7カ月、新型コロナウィルスの感染拡大の影響、またマッチメイクの難航から長き道のりとなったが、井上はついに「4団体世界王座」を統一した。
そして、2023年はスーパー・バンタムに階級を上げ新たな闘いに挑むことになる。目指すは4階級制覇、そしてこれまでに誰一人として成しえていない大記録「2階級4団体世界王座統一」だ。

現在のスーパー・バンタム級王者は次の二人。
▶WBAスーパー&IBF ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン、28歳/11戦全勝<8KO>)
▶WBC&WBO スティーブン・フルトン(米国、28歳/21戦全勝<8KO>)

この二人と順に闘い勝利すれば、井上はスーパー・バンタム級における目的を果たすことになる。
「パウンド・フォー・パウンド」でも上位と評される彼の実力を考えれば、転級初戦でいずれかの王者に挑む資格はあろう。しかし、マッチメイク交渉がすんなりと進むとは思えない。 なぜならば、アフマダリエフとフルトンの「4団体世界王座統一戦」が優先と考えられるからだ。

アフマダリエフは今年6月、ロニー・リオス(米国)に勝利するも左拳を傷めた。そのため、すぐに闘える状態にはないが、「4団体世界王座統一戦」へ向けての交渉は水面下で進行している。実現するなら、来年の春以降だろう。この試合の勝者に井上が挑戦することもあり得る。だがその場合、時期は早くて来秋で試合間隔が空き過ぎてしまう。

そうなると、ランカーとの試合を1つ挟むことになるのか。ならば対戦相手は、日本に因縁がありランキング以上に実力があるルイス・ネリ(元バンタム&スーパー・バンタム2階級制覇世界王者/メキシコ)との対峙が面白いようにも思う。

  • WBA、WBC、IBF、WBOの4本のベルトをカラダに巻きつけ客席からの歓声に応える井上尚弥。(写真:PXB WORLD SPIRITS/フェニックスバトル・パートナーズ)

また、こんな見方もある。
フルトンは「4団体世界王座統一戦」を闘わず、フェザーに階級を上げるだろう、と。
実際、骨格サイズが大きいフルトンはパワーアップに伴い減量がかなり苦しくなっており、スーパー・バンタム級のベルトを返上する可能性も十分にある。その時は、井上陣営はWBC、またはWBOのベルト奪りに照準を絞るのではないか。そこを糸口に王座を統一していくことになる。

階級をスーパー・バンタムに上げても、井上がパワー負けするとは考えにくい。マッチメイク交渉さえ上手く進めば来年、もしくは再来年に井上尚弥が史上初の「2階級4団体世界王座統一」を果たすことは十分にあり得る。
モンスターは、どこまで強いのか? 夢は広がる。

文/近藤隆夫