オレオレ詐欺など、高齢者の特殊詐欺被害が相次ぐ中、長野県は産官学連携による新たな試みを行っている。長野県と長野県警察、信州大学社会基盤研究所、NTT東日本 長野支店が結集して行われている「AIを活用した電話でお金詐欺(特殊詐欺)被害防止」の仕組みと効果に迫る。
AIの力で特殊詐欺対策を防ぐ
長野県、長野県警察、信州大学 社会基盤研究所、NTT東日本 長野支店は、高齢者が「電話を使ったお金詐欺(特殊詐欺)」被害に遭わない環境を構築するため、「産官学によるAIを活用した電話でお金詐欺(特殊詐欺)被害防止に関する協定」を締結した。
注目されるのが、NTT東日本 長野支店が提供する「AIを活用した特殊詐欺対策サービス」だ。
これは、通話録音機能付き端末、通称「特殊詐欺対策アダプタ」を電話に接続し、通話内容を録音。録音した音声データをNTT東日本のクラウドサーバ(特殊詐欺解析サーバ)に転送し、音声認識エンジンと言語解析エンジンを用いて解析する仕組みとなる。
特殊詐欺と疑われる場合には、本人や親族が事前に登録した電話番号やメールアドレスに注意を促す連絡が入るという。しつこい勧誘電話や迷惑電話の着信を拒否する機能や、家族や友人など特定の番号を登録して録音、解析の対象外とする機能も備えている。
締結に至る背景や取り組みの詳細について、長野県警察の水井武文氏、信州大学社会基盤研究所の丸橋昌太郎氏、小林一樹氏、NTT東日本 長野支店の若林陽介氏、橋詰将慎氏に伺った。
特殊詐欺が狙うのは高齢者の固定電話
全国的に特殊詐欺が相次ぐなか、長野県警察(以下、長野県警)もまた被害の防止に苦慮している。昨年、県内では155件の被害があり、その被害金額は2億6,800万円にも及ぶ。その中でも被害件数が突出しているのが、電話を利用した詐欺だ。
電話が狙われやすい理由には「不特定多数の人間にアプローチできる」「音声に限ったコミュニケーション」「直接会う必要がない」などさまざまな理由がある。そして「高齢者の自宅に固定電話がある」という背景も大きい。
「犯人は、お金を持っていてだましやすい高齢者をターゲットとし、その自宅にある固定電話に詐欺を仕掛けてきます。(が、)高齢者への特殊詐欺の啓発の難しさは、自宅での電話対応で適切に判断するように高齢者の皆さんに負担をかけていることです」(長野県警 水井氏)。
長野県の3組織が手を取り合った経緯
犯罪を防ぐために長野県警もさまざまな啓発を行っているが、たとえ手口を伝えても、その一週間後に別の手口で被害に遭ってしまうという例が後を絶たない。啓発活動にとどまらない、抜本的な予防方法が求められていた。
そんな中、長野県警察は信州大学社会基盤研究所に特殊詐欺の研究を依頼。同所の所長で、刑事法を専門とする丸橋氏はその難しさを次のように述べる。
「長野県警さんからご依頼いただき、我々も特殊詐欺予防研究会を開催しました。しかし、やはり55歳以降の高齢者の認知能力には限界があります。地域の協力や技術提供がなければ、改善への取り組みはもちろん、防止ですら難しいという結論に至りました」(信州大学 丸橋氏)。
そんなとき、たまたま相談を受けたのがNTT東日本 長野支店。電話回線を管理している関係からもともと長野県警とつながりがあり、信州大学からICTへの質問を受けた形だ。
「NTT東日本さんに何気なく『良い技術はないですか?』と相談したら、『あります』と特殊詐欺対策サービスを紹介されまして。安易に一企業のサービスを住民インフラとして導入することは通常ありません。ですが、ナンバーディスプレイの契約だけでランニングコストもかからないと。これを普及させたら、ものすごい予防効果があるのではないかと感じたんですよ」(信州大学 丸橋氏)。
こうして2022年春ごろより、話はとんとん拍子に進んでいく。6月には長野県警とNTT東日本との意見交換が始まり、8月ごろには3組織と長野県による連結協定が決まった。
サービス利用者が増えるほど認識の精度も上がる
2020年11月から提供されている特殊詐欺対策サービスだが、すでにいくつか詐欺を防いでいる実績がある。
東京都品川区に住む高齢女性のもとに、甥を名乗る男性から電話がかかってきた。しかし、同サービスが詐欺電話と判断。通知を受けた品川区と警視庁が連携し、その人物の来訪を待ち伏せ、検挙することに成功したそうだ。
「本来であれば、職務質問をし、怪しいと気付き、そのうえで電話の内容を確認する必要があります。この段階で検挙できるのは、その電話の内容が事前に分かっているからこそなんですよ。実は極めて画期的な事例です」(信州大学 丸橋氏)。
特殊詐欺対策サービスを有効に活用できるかどうかは、音声認識エンジンと言語解析エンジンの精度にかかっているといって良いだろう。精度を上げるには、AIがよりさまざまな特殊詐欺の音声を学習する必要がある。
つまり、特殊詐欺対策アダプタが普及すればするほど精度は向上し、より詐欺に引っかかりにくい状況を作ることにつながるわけだ。信州大学でAI・ロボティクスの研究を行っている小林氏はその意義について語る。
「自分は大丈夫と思っていても、特殊詐欺対策アダプタのようなものをどんどん導入してもらうことで、より安全になると考えてもらえれば良いかなと思います。何年か先の自分を守ることにもつながります」(信州大学 小林氏)。
この特殊詐欺対策サービスを提供するNTT東日本は、特殊詐欺に対して次のように考えを述べる。
「電話回線という当社の資産が犯罪の道具として使われるのは非常に悲しいところではありますが、残念ながら我々が電話の用途を規定することはできません。一方で、被害に遭われる方にもっとも近い接点を持っているのは我々の強みです。今回の協定では、犯罪に対して知見を持つ皆さまと一緒にやらせていただけることになりました。特殊詐欺の撲滅に向けて、さらなる活動と啓蒙を行っていきたいと思います」(NTT東日本 若林氏)。
「NTT東日本の一番の強みは、なんといっても地域とのつながりです。ICT技術はもちろんのこと、人と人とのコミュニケーションという部分でも貢献できる部分がかなりあるかと思っています」(NTT東日本 橋詰氏)。
英知を結集させ特殊詐欺の撲滅を目指す
これまでの特殊詐欺に対する防犯は、まず電話を受ける当人の気付きがなければ成り立たなかった。だが、このAIを活用した特殊詐欺対策サービスによって、プライバシーを可能な限り保護しつつ、怪しい電話を検知することが可能となった。技術によって被害を未然に防ぐ取り組みは、犯罪に対抗する新たな一手になるに違いない。
「詐欺を仕掛けてくる犯罪者はある意味"プロ"なので、高齢者一人で退散させることは不可能なんですよ。長野県警さん、NTT東日本さんの努力に加え、学術が一体となることで被害を減らしていけると私は認識しています。各方面の英知を結集させて、特殊詐欺を撲滅したいです。高齢者の方が人生をかけて積み上げてきた財産を、電話一本で奪う。こんなことは本当に許せません。撲滅に貢献できるのであれば、税金で研究をさせてもらっていることに対する恩返しにもなるかなと思っています」(信州大学 丸橋氏)。
「新しいテクノロジーが生まれると、それは必ず悪用されます。しかし、テクノロジーを作る側はその悪用も想定して活動できる立場。先んじて対策を講じていくことが大切だと思います。世の中はデータ駆動型社会へと移ってきており、利用者が増えるほどデータも集まります。インフラを作る側が悪用を検出する技術を合わせて導入することで、犯罪は減少していくのではないでしょうか」(信州大学 小林氏)。
最後に詐欺被害撲滅に向けたメッセージを長野県警から頂いたので、ご紹介しておこう。
「今回の協定のような取り組みを通じて、犯罪が起きにくい環境を少しでも実現したいと考えています。皆さんには、詐欺被害を他人事ではなく自分事として捉えていただきたいと思います。『自分は騙されない』ではなくて、『いつか騙されるかもしれない』と考え、特殊詐欺対策サービスのようなものをしっかりと導入し、備えてもらいたいですね」(長野県警 水井氏)。