藤井聡太竜王に広瀬章人八段が挑戦する第35期竜王戦七番勝負(主催:読売新聞社)は、第6局が12月2・3日(金・土)に鹿児島県指宿市の「指宿白水館」で行われました。結果は113手で藤井竜王が勝ち、4勝2敗の成績で自身初となる竜王防衛に成功しました。

本シリーズ4度目の角換わり腰掛け銀

先手となった藤井竜王は得意の角換わり腰掛け銀の戦型に誘導します。後手となった広瀬八段は素直にこれに応じますが、まったくの同型になっては先手からの攻勢を受け止めきれないと見て、自陣の右金を寄って手待ちするマイナーな変化を採用しました。この金寄りは手待ちの意味だけでなく、場合によっては右四間飛車に組んで先攻する展開も含みにしています。

後手が金を寄った手に対し、実戦例の多くで先手は玉を引いて様子を見る手を選んでいました。こうした展開になれば、広瀬八段としても「後手番で先攻」のシナリオに持ち込めます。しかし本局、広瀬八段の作戦選択を見た藤井竜王は勢いよく桂を跳ねて先攻する手を決断しました。実戦例のほとんどない展開ながら、さほど時間を使わず指し手を進めるところに藤井竜王の研究の広さがうかがわれました。

最初の分岐点

藤井竜王に桂跳ねの先攻を許した広瀬八段は、持ち駒の角を1筋に打って反撃を開始します。この手は手順に先手の4筋の歩をかすめ取り、先に跳ねた先手の桂を取ってしまおうという狙いがあります。桂損のリスクを負った藤井竜王は、1筋からの端攻めを起点に後手の角をいじめる手に代償を求めました。形勢は互角で、藤井竜王の右辺からの攻めと広瀬八段の桂得のどちらが物を言うかに焦点が当たりました。

数手のやり取りののち、藤井竜王は2筋に銀を打って角取りをかけます。これに対し広瀬八段が角を逃げずに桂を跳ねたのが、本局における最初の分岐点となりました。広瀬八段としては素直に角を逃げていては藤井竜王からの猛攻を受けると見て局面をさっぱりさせる穏便策に出た格好ですが、堂々と受けに回る手も十分有力でした。藤井竜王も局後の検討で、角を逃げられると攻め切る自信がないとの感想を残しました。

第二の分岐点を耐えて藤井竜王が攻め切る

対局2日目の初手、広瀬八段が藤井陣に銀を打ち込んで飛車取りをかけた局面が、本局における2度目の分岐点となりました。ここで藤井竜王は飛車を2マス左に逃がす手を読んでいましたが、これは「玉飛接近すべからず」の愚形となるため後手からの香打ちで玉と飛車をまとめて攻められてしまいます。しかし感想戦で広瀬八段が指摘した通り、飛車を1マス左に逃がして自玉のコビンを守る好手が残されていました。これなら藤井竜王としても主導権を維持できたようです。

形勢に自信なしと見ていた藤井竜王は、実戦で飛車を縦に浮いてこの飛車を取らせる展開を選びました。こうなるとのちの千日手が避けられないため、藤井竜王としても妥協策を取った形です。うまく立ち回って千日手に持ち込むチャンスを得た広瀬八段ですが、ここで単に飛車取りの銀を打ったのが淡泊な指し方でした。ここはいったん飛車取りに香を打つのが必要な手続きで、局後「銀を手拍子で打ったのがまずかった」と後悔することになりました。

広瀬八段の銀打ちを緩手と見た藤井竜王はここから一気の攻勢に出ます。飛車を取らせたあとに放った▲2六角が好手で、広瀬八段が△4四香の一手を入れなかったのをとがめています。この角打ちが勝着となり、ここから藤井竜王はこの角の利きを軸として広瀬玉に対する寄せの網を絞っていくことに成功しました。終局時刻は17時17分、持ち駒の角金銀を無駄なく活用した藤井竜王が攻め切って勝利を手にしました。

自身初となる竜王防衛に成功した藤井竜王は、対局後に行われた記者会見で「広瀬八段の序盤の工夫に苦慮することが多く苦しいシリーズだったが、何とか結果を出すことができてホッとしている」と喜びを語りました。

水留啓(将棋情報局)

  • タイトル獲得数を11期とした藤井竜王(左)はいまだにタイトル戦での敗退がない(提供:日本将棋連盟)

    タイトル獲得数を11期とした藤井竜王(左)はいまだにタイトル戦での敗退がない(提供:日本将棋連盟)