そんな鈴木アナにチャンスが巡ってきたのが、2005年秋。ニッポン放送とフジテレビが、資本の親子関係を逆転するにあたり、ニッポン放送からフジへ約50人が転籍することになったのだ。ラジオ局のアナウンサーでありながら「格闘技実況をしたい」という夢を公言していた鈴木アナは、当時の常務に呼び出され、「フジテレビのアナウンス室に転籍したら、『K-1』もあるし『PRIDE』もあるから、その夢はかなえられるぞ」と言われると、迷いなく「行きたい」と即答。

こうしてフジテレビに入社すると、まずは野球中継や『プロ野球ニュース』、そしてボクシング中継の手伝いをすることに。放送されない試合を実況して練習していたが、ニッポン放送時代はスポーツ実況をしていなかったため、「ボロボロだった記憶しかないです」と当時を振り返る。

ボクシング班では、1年間は実況できないと言われていたが、入って4カ月後、先輩のアナウンサーが実況担当の試合前日に胃腸炎を起こし、鈴木アナが代理として前日計量で選手を取材することに。それをまとめて、先輩アナに資料を渡すつもりだったが、当時のチーフアナウンサーと中継ディレクターから「お前が取材したんだったら、自分が実況しちゃえよ。明日デビューだな」と命じられ、急きょ実況デビューが決まった。

その後、K-1、極真空手、柔道、大相撲など、武道・格闘系の実況で経験を積み、総合格闘技はTBSで中継していた『DREAM』を見て技を学習。すると2015年10月、当時のアナウンス室長に呼び出され、「総合格闘技の中継がフジテレビで復活する。『PRIDE』を担当していたチームは関わらないから、お前が男になってこい」と命じられた先が『RIZIN』だった。フジに転籍して、10年弱の月日が経過していた。

そこから、『RIZIN』の実況がライフワークに。「すごく楽しい日々でしたが、『好きなことを仕事にすると面白いでしょ?』とよく言われるんですけど、うまくいかなかったときに、自分のアイデンティティーまで傷つくんです。ただの仕事の失敗で終わらず、ずっと心から血を流してる感じで、切り替えるのに時間がかかります。人間って心が出血すると、口の中で本当に血の味がするんですよ。それくらい大きな存在なんです」というだけに、『RIZIN』のためにフジテレビを飛び出したのは、必然だったのかもしれない。

■配信時代における実況術の意識は

鈴木アナにとって、格闘技実況におけるこだわりを聞くと、「他のスポーツでは、いかに個を消して、落ち着いて、分かりやすくというのはもちろん、解説者の方から『なるほど』と思えるネタをいかに引き出すかを考えながらしゃべるんですけど、格闘技に関してはとにかく非日常の空間が目の前にあるので、まず落ち着いてしゃべるのはおかしな話じゃないですか。競技化されていますが、そこで殴り合っていて、いわば『警察密着24時』が起こっているようなものですから、その普通じゃない光景を表現するための激しい実況というのは意識しています」と回答。

それに加え、これまでは地上波の役割の1つとして、格闘技の視聴人口を増やすため、いかに“敷居を下げる”かも意識し、「格闘技を見たことがない人のため、堀口恭司選手を紹介するときに『野球で言うところの大谷翔平、テニスで言うところの錦織圭、そして格闘技は堀口恭司』と言ったり、那須川天心選手は『ドラゴンボール・孫悟空の実写版』という感じで、そのすごさを伝えています。大先輩の須田(哲夫)アナウンサーに『子どもの頃のアニメのヒーローって何でしたか?』と聞いて、『鉄腕アトムの実写版』と言って、高齢層の方にも届くようにとか考えていましたね」と工夫してきた。

これからは配信での実況がメインになってくるため、このスタイルは変えていくのか。

「僕は正直、配信の時代が来てるからこそ、地上波で見てた人たちに対する意識を変えちゃいけないと思ってるんです。専門チャンネルとなると、通の人たちしか見ないと思われがちなんですけど、いろんな人と話をして聞くのは、『RIZIN』は今、何かをすれば必ず話題になって、通じゃない人たちも見てるんだと。それは、通の人が配信を購入して、通じゃない人たちを呼んで一緒に見て、そこで格闘技好きになった人たちが自分で配信にお金を払うという現象が起こっているのを感じるんです。だからスタンスとしては、地上波ほどではないですが、新しいファンの人たちも想定してしゃべらなきゃいけないなと思っています」

慶大放送研究会時代は、防音の部室でアナウンススクールのテキストを持って、毎日2~3時間の発声練習。早口言葉の「外郎売り」も毎日5回しゃべっていたという。もちろん、家でも発声練習をしていたが、「大きい声を出すので近所では有名で(笑)。でも、どこからも苦情を言われなくて、本当に温かい街で育ったなと思います」と回想。成人式も夜の飲み会に顔を出さないほど発声練習を欠かさず行い、その基礎が生きて、「1日8試合実況しても、声が裏返るということは基本的にないです」と強靭な声帯が作られた。

そこまで鍛えたのは、「格闘技をやってる人たちは超人だと思うんです。でも、自分が常人の感覚を持って超人のすごさを伝えるためには、声だけは超人にならないとダメだと思ったんです」と、やはりファイターへのリスペクトが背景にある。