国際的な政変、気候変動などの影響を受け、日本でも身の回りのモノの価格上昇が見受けられるようになりました。ガソリンをはじめとするエネルギー料金の高騰は最たるもの。物流などにも影響が生じるようになり、慣れ親しんだ品々の値上げのニュースがちらほらと聞こえてきます。

円安が続く中では輸入品全般の価格が上昇の一途を辿っているのも頭が痛いところで、暮らしはどうなるのかと不安な気持ちでいっぱいになっている人も多いのでは?

実はこれからの社会、こんな風にあらゆるモノやサービスの価格が大きく変動していくのが当たり前となりそうです。といっても、天井知らずで値上げし続けるわけではありません。シチュエーションや個人によって価格が変化する。そんな時代に突入しつつあるのです。

  • 物価上昇が「当たり前」になる?

価格上昇の波から、日本だけが取り残されていた

先日、海外在住のSNSのインフルエンサーが「アメリカでランチを食べると一人頭数千円が軽く吹き飛ぶ」といった内容の投稿をしていました。そんな状況は特別なことではなく、世界では全般的にインフレ等の影響による価格上昇の傾向が続いているのです。

書籍『新しい「価格」の教科書 値づけの基本からプライステックの最前線まで』(ダイヤモンド社)の著者で、ダイナミックプライシングサービスを提供するハルモニアのCEO、松村大貴さんは「日本だけが取り残されている」と警鐘を鳴らします。

「長年にわたってデフレ傾向であり続けていた日本人には、国内でのインフレといえば戦後や高度経済成長期までさかのぼり、価格が変わることに慣れていません。しかし日本にも価格上昇の波が到来している今、考え方を改めていかねばなりません」

とはいえ、単純にあれもこれも値上げされるわけでもありません。値上げをすると販売量が減少して利益を圧迫する恐れもあり、企業側も価格を触ることには慎重にならざるを得ないのです。

企業が価格を変えるときに意識する3つのシフト

そんな中でもタイミングや値上げする品を厳選して調整をしているのですが、松村さんは消費者が価格を意識して起こす3つのシフトがあり、企業側はこれを参考にしていると言います。小売店を例にとってみましょう。

1.同じ商品内でのシフト

今までよりもグレードを落として、より安い商品を買うようになる。高級牛乳を買っていた家庭が、廉価版を選ぶのは代表例。質を維持して価格を安くするプライベートブランド(PB)商品が人気な理由の一つ。

2.違う種類の商品へのシフト

牛肉を食べていたのを鶏肉に、ビールを嗜んでいたのを発泡酒にといった具合に、違う商品で代用するようになる。

3.他の店へのシフト

近所のコンビニで買い物をしていたのが、週末にクルマで大型量販店に出かけてまとめ買いをするといった方向に進む。

小売店側はこの1~3を想像しながら「どの品の価格を上げると、どうシフトが起こるかシミュレーション」を繰り返すとともに、エネルギーや天候不順等による仕入れコストも考慮しつつ、ギリギリで極めた結果、店頭商品の価格を決定しています。

  • ダイナミックプライシングサービスを提供するハルモニア CEO 松村大貴さん

個人に合わせて価格が変動する技術が誕生

いずれにしても価格上昇の波は避けられないところですが、おいしいモノや良質のサービスを低価格で享受していた消費者が、今までは安すぎたのだと気付くタイミングだと言えるかもしれません。

「今回の価格上昇の流れをきっかけに、価格が上がっても『仕方ないよね』ととらえるかたも増えるでしょう。価値あるものやサービスを適正価格で買うことで経済がまわり、自分たちの賃金を上げることや、世の中をより良くするという考えにシフトしていくことになるかもしれません」と松村さんは予測します。

もちろん、すべての商品の価格を一律で上げてしまうわけにはいかない以上、企業側もより綿密に価格を設定していく力が問われています。そんな時代の中で注目すべき考え方が「ダイナミック・プライシング」です。

松村さんの定義によれば「売り手主導で主に時間軸での需要変動に対応したプライシング」のことで、航空券やホテル、テーマパークやスポーツ観戦の入場料などはダイナミック・プライシングの代表格。実際、かなり昔から繁忙期とそれ以外でかなり価格差が見受けられています。

ダイナミック・プライシングは少しずつ用途が広がっており、鉄道などの交通機関ではオフピークでの乗車ポイントの付与という形を取っていますし、海外では小売業がIT技術を使ってタイムリーに価格調整するテクノロジー「プライステック」を活用しているそうです。

「アメリカでは同じ小売店でも消費者によって価格をパーソナライズしていく仕組みを導入している事例もあります。同じ店舗にいてもビールが欠かせない家庭もあれば、おむつが必需品の家庭もあるのですから、パーソナライズした価格が生まれるのは自然の流れといえます」

よく考えればスーパーで売られる野菜などは時期で価格が上下しますし、夕方以降の惣菜の安売りなどは当たり前の光景。パーソナライズはスーパーにはマッチしているのかもしれません。

しかも、最近の小売業全般の傾向として、会員アプリやモバイルオーダーを通して割引情報やクーポンが個別配信されています。既に身近な場面にダイナミック・プライシング、プライステックの潮流が巻き起こっているのです。

激変する価値観が価格変動を引き起こす?

今後、エネルギーをはじめとするさまざま問題が複雑化するとともに、サスティナビリティの観点から大量生産・大量消費の流れが縮小し、持続可能な形が真っ先に採用される時代にシフトしていくことでしょう。

「選択肢が広がり、価値観を問われることになる一方で、これまであった選択肢が選び難くなることも起きていきます。例えば、牛がメタンガスを排出することから地球温暖化の原因になっていると言われており、持続可能な社会づくりのために牛とは異なる食に移行することが訴えられ始めています。今までは普通に手に入っていたものが希少なものとなり、いつの間にか価格も高騰してしまう。そんな状況下では価値観やライフスタイルのアップデートがいっそう求められるようになるでしょう」

取材協力:松村大貴(まつむら・だいき)

ヤフーでUS企業との事業開発やブランディング、復興支援に携わった後、2015年にハルモニア株式会社を創業。インターネット広告の仕組みから着想を得てプライシング変革支援サービスを立ち上げ、企業へのコンサルティング、ビジョンメイキングを行っている。著書『新しい「価格」の教科書 値づけの基本からプライステックの最前線まで』(ダイヤモンド社)。