前回の記事で「住宅ローンを長く借りるメリットはもっと知られるべき」と語った住宅ローン比較サービス「モゲチェック」COOの塩澤崇氏。メリットの一つとして「住宅ローンは無料の生命保険」と述べ、金利と事務手数料の支払いコストよりも、住宅ローンの税控除と団信の保障内容のメリットの方が大きいことを指摘しました。

ただ、ローンを借り続けることで得られるメリットは、これだけではないようです。引き続き、塩澤COOに聞きました。

  • 住宅ローンを繰り上げ返済することで抱える「リスク」とは

    ※画像はイメージ

■住宅ローンを借り続ければ、老後資金を減らさずに済む可能性も

――塩澤さんは住宅ローンを長く借りたほうがいい理由として、「住宅ローンは無料の生命保険」のほかに、「Cash is king」を挙げています。これはどういう意味でしょうか?

当たり前のことですが、現金を確保することは非常に重要です。現金は人間における酸素のようなものですから、底をつくとジ・エンドとなります。繰り上げ返済は手元の現金を減らす行為ですので、オススメできないという意味です。

現金が手元にあることのメリットはいくつも挙げられます。

  • 急な出費に備えることができる
  • 老後資金にできる
  • 家のリフォーム代に使える
  • 教育資金に回すことができる
  • 資産運用してお金を増やすことができる

もし仮に上記の資金を別途用意しないといけない場合、どの程度のコストを支払うことになるでしょうか? リフォームローンや教育ローンですとおおむね2~3%の金利です。無担保ローンとなると10%前後の金利になるケースもあります。また、高齢になればなるほど借入審査が厳しくなり、最悪のケースでは借入不可となります。

住宅ローンを繰り上げ返済すると心理的な負担から解放される一方、万が一の出費を手当てするために高金利を支払う、最悪のケースでは対応できないリスクがあります。

また、収入減などの将来不安があるから借金を早く減らしたいと考える方もいらっしゃいますが、この場合、やるべきことは繰り上げ返済ではなく貯金です。

企業経営では、業績不振など将来の先行き懸念がある場合、真っ先にやることは手元流動性の確保、つまり現金をかき集めて破綻リスクを可能な限り減らすことです。決して金融機関からの借入の返済や社債の償還に現金を使うことはありません。

個人の家計も全く同じです。現金こそが収入減や予期せぬ大きな出費、家計破綻から自身を守る生命線であり、借金を早く返して手元の現金を減らすことはご法度です。

また、老後資金を確保する上でも繰り上げ返済しないことは重要です。例えば、60歳で2,000万円の現金があり、がん100%保障(がんに罹患すると住宅ローンが全額チャラになる保障)がついている住宅ローンが1,000万円残っていたとします。もしその時点で全額繰り上げ返済をすると60歳で1,000万円の現金が手元に残ります。

一方で、繰り上げ返済をせずに住宅ローン返済を続けた場合、一定の確率でがんに罹患して元本1,000万円がチャラになり、手元には丸々2,000万円の現金が残ります。

がんの罹患率は60歳ではなんと1.2%にもなります。さらに、その確率は歳を重ねるたびに高まります。

現在、がん100%保障の住宅ローン金利は0.7%程度ですので、がん罹患率の半分程度です。これだけ安い金利で大きな保障が得られるのであれば、その保険をかけ続けない理由はないでしょう。

  • 出所:全国がん罹患データ(2016年~2018年/国立がん研究センター)を元に5歳ごとの罹患率をMFSが分析。皮膚がん以外の悪性新生物を「がん」と定義した。

以上のことから、繰り上げ返済はせずに約定どおり返済することをおすすめします。

――既に短い返済期間で住宅ローンを借りてしまった場合、途中から返済期間をのばすことはできるのでしょうか?

一度借り入れた後に返済期間をのばすことはできませんので、最初に借り入れるタイミングで35年返済を申し込むことが重要ですが、もし短い期限で返済している場合は、借り換えるのも選択肢の一つです。一部の銀行が借り換え時に返済期間を延長できる商品を用意しています。

――どんなケースであっても、返済期間は長くとれるのでしょうか?

返済開始時の年齢によっては、返済期間を短くしなければならないケースもあるので要注意です。例えば、完済時年齢の上限が80歳となっているローンを50歳から利用する場合、返済期間は最長30年までしか設定できません。

■住宅ローンに対する見方を変えて、新たなメリットを得よう

――今回たくさんのメリットを挙げていただきましたが、それでも、長く住宅ローンを借り続けることにマイナスのイメージを持っている方は多いと思います。

時々、「住宅ローンは家計破綻につながる」などのリスク面だけを切り取った情報発信を目にすることもありますが、問題なのは家計管理の仕方であって、住宅ローンという商品自体が問題だとは思いません。

日本人には「借金は悪」というイメージがこびりついているように思います。この発想は表面的なモノゴトの捉え方であり、好き嫌いの感情レベルです。感情で判断してしまうと金融商品の本質を見逃してしまい、住宅ローンの大きなメリットをみすみす見逃してしまいます。非常にもったいないことです。

例えばアメリカでは、FICOスコア(ファイコスコア)という信用スコアが生活の隅々まで浸透しています。このスコアは住宅ローン借入以外にも、クレジットカード申請や物件への入居審査まで幅広く用いられています。アメリカでは、このスコアをいかに高めるか、そして、条件の良い借入をして生活を豊かにするかが当たり前のように考えられています。

銀行からお金を借りているということは、銀行から信用力(返済できる能力)があると判断されている証拠です。多くの方はそれを「借金を背負う」と表現しますが、違和感があります。借金できるぐらい信用力が高いのです。誇らしいことです。

私たちも住宅ローンに対する見方を変えることで、新たなメリットを実感できるはずです。どうせ住宅ローンを借りるなら、「借りていることをどうやってうまく家計に活かすか?」と前向きな視点で捉えたいですね。

塩澤崇(しおざわ・たかし)/株式会社MFS 取締役COO

2006年に東京大学大学院情報理工学系研究科修了後、モルガン・スタンレー証券株式会社にて住宅ローン証券化ビジネスに参画。モーゲージバンクの設立やマーケティング戦略立案、当局対応を担当。2009年、ボストン・コンサルティング・グループで、メガバンク・証券・生保の国内営業戦略・アジア進出ロードマップ等の経営コンサルティングに従事した後、2015年9月より現職。