多くの方が3度のワクチン接種を終え、コロナ禍もようやく落ち着きを見せ始めてきた。その背景には、自治体、医療従事者のたゆまぬ努力があったことは疑いようがないだろう。それを表す好例が、千葉県八街市で行われた、映像通訳サービス「みえる通訳」の活用だ。
医療通訳と手話通訳に対応できる「みえる通訳」
落花生の生産で知られる千葉県。その中でも全国1位の生産量を誇る街が、千葉県のほぼ中央部に位置する八街(やちまた)市だ。2021年初頭、12歳以上すべてを対象とした新型コロナワクチンの接種をスタートするにあたり、同市にはある大きな課題があった。それは日本語が通じない在留外国人の対応だ。
成田空港にほど近い八街市には外国人も多い。医療に必要なやり取りを行うためには、通訳が必須といえる。また接種会場には耳の不自由な方も来訪するが、手話通訳が行える人は貴重で、会場につきっきりになるわけにはいかない。
そこで同市は、接種開始前の2021年3月ごろより通訳サービスの検討を開始。同年5月にNTT東日本が提供、テリロジーサービスウェアが開発している映像通訳サービス「みえる通訳」を導入した。
「私は当時まだ担当ではなかったのですが、何社か比較検討した通訳サービスもあったものの、『医療通訳』と『手話対応』に対応していたのは『みえる通訳』だけだったと聞いています」と、八街市 新型コロナワクチン接種対策室の鈴木貴憲氏は導入時の経緯について語る。
現場の医師から見た通訳の重要性と外国人への影響
ワクチン接種の現場で、接種前の問診を担当している千葉衛生福祉協会の医師、川島悠氏は、八街市の在留外国人への対応について振り返りつつ、コロナワクチン接種での通訳の必要性について述べる。
「千葉衛生福祉協会は、八街市と連携して住民の健康診断を初めとした医療行為を行っています。以前から八街市には、外国籍の方にも手厚い行政サービスを提供するという熱意を感じておりました。当診療所では10数年にわたり健康診断を行っていますが、いろいろな言語の方が健康診断にいらっしゃるんですよ。しかし健康診断と違い、新型コロナワクチン接種はご本人に一つひとつ正確に確認しないと、接種できるかどうか判断できないのです」(千葉衛生福祉協会 川島氏)
日本人でも不安を感じる新型コロナウイルスのワクチン接種。言語が通じない外国の方の不安はそれ以上だ。だが、日本に住んでいる外国の方は『元気』と『大丈夫』は言えるので、通常のワクチン接種だとそのまま『じゃあ接種しましょう』という流れになってしまいがちだという。
「でも、『みえる通訳』を使えば『前回の副作用はどうだったか』とか『アレルギーはなかったか』という、こちらが本当に聞きたいことを聞くことができます。みえる通訳の画面に、同じ母国語を話す方が見えた瞬間に緩む表情があって、『なにを言っているか通じている』という安心感の中で接種を受けていただけている、と感じることが多々あります」(千葉衛生福祉協会 川島氏)
実際、取材中にも、本当は左腕に注射をして欲しいが、日本語では右と話してしまっていた外国人の方がいた。その際も「みえる通訳」の通訳者の方がうまくフォローしてくれていた。医療関係者の中で、「みえる通訳」の効果は絶大だと川島氏は語る。
「医師としても、多少の副反応はあってもメリットの方が大きいので、ワクチンを接種した安心感を感じて欲しいですし、それをしっかりと伝えたいと願っています。八街市の方と一所懸命にアピールはしていますが、画面の向こうにちゃんと言葉が通じる人がいることが一番安心感に繋がっているなと思います」(千葉衛生福祉協会 川島氏)
八街市にはベトナム、バングラディシュ、スリランカ、ネパールなど、さまざまな外国籍の方が住んでおり、英語だけ通訳できれば良いというわけではない。むしろ日本語よりも英語の方が通じない外国人も多く、対応できる通訳を接種会場で雇い入れるのは非現実的だ。このような状況において、多言語対応が行える『みえる通訳』は心強い存在となったことだろう。
大々的に「みえる通訳」の告知をしたわけではなかったが、徐々に外国人の間で存在が広まり、接種を受けた方が近くに住んでいる人たちを連れて予約をしてくれるようになったという。
見えてくる在留外国人の医療アクセス問題
外国人のワクチン接種が進む一方で、在留外国人の健康状態や医療へのアクセスの現状もみえてきたと川島氏は語る。
「外国の方の多くは、日本に来てからあまり医療を受けられてない方が大半です。医療に関わる言葉は難しいですから、気軽に受けられないという背景もあるでしょう。そんな中で、ワクチン接種会場の問診でありながらも、ご自身の病気の相談をされる方もわずかですがいらっしゃいました。やはり医師と会う機会が少ないのだろうと感じました」(千葉衛生福祉協会 川島氏)
ワクチン接種前の「体調はどうですか」という問いかけは、もちろん接種のための「風邪のような症状がないか」という質問だが、普段から慢性的に感じている症状について話す方もいたそうだ。川島氏がそんな健康に関する質問に答えたところ、安心して帰られる様子が見受けられたという。
また接種会場以外に、ワクチン関連の証明書発行の現場でも「みえる通訳」は活躍しているという。
「母国語しか話せない外国の方の場合、そもそも欲しいことや、なにが欲しいのかということすら、私たちに伝えることが難しいと思います。さまざまな証明書やワクチンパスポートなどを希望される方に対して、しっかりと説明できるのは非常に助かりますね」(八街市 鈴木氏)
コロナ禍収束後も広がる映像通訳の活用
八街市に住む在留外国人や聴覚障がいをお持ちの方をしっかりとフォローすることができた「みえる通訳」。同市は今後、そういった方に個別の対応が求められるシチュエーションでも「みえる通訳」を活用していきたいと話す。
「通訳さんを何人も用意するのは、やはり現実的ではありません。そんなときでも『みえる通訳』があれば素早く対応できますから、さまざまな場面での対応が変わってくると思います」(八街市 鈴木氏)
「医療という観点で考えますと、やはり健康診断への導入、次いで教育健康関連の講演会での活用ですね。外国の方は生活習慣病という認識があまりなく放置しがちだと、診療の中で実感しています。日本の医療水準と常識に基づいて、八街市に住む外国人の生活を見直すツールとして使えればいいなと期待しています」(千葉衛生福祉協会 川島氏)
八街市とともに導入を進めたNTT東日本の久我氏は、最後にアフターコロナを見据えた「みえる通訳」の活用について提案した。
「コロナ禍が収束に向かってくれれば、成田空港を通じて海外から多くの方が千葉、ひいては日本各地を観光してくれるようになるでしょう。そのような中で『みえる通訳』のようなサービスがどんどん普及してくれれば、外国の方も旅行を楽しみやすくなるし、満足度も大きく変わってくると思います。八街市さんは先取りして活用を進めておりますが、ぜひ他の自治体のみなさまもインバウンドへの"おもてなし"のひとつとして、ご検討いただきたいと思います」