土俵際に追い込まれた挑戦者、大逆転の可能性は

渡辺明名人へ斎藤慎太郎八段が挑戦する第80期名人戦七番勝負(主催:朝日新聞社・毎日新聞社)の第4局が、5月19・20日(木・金)に山口県山口市「名勝 山水園」で行われました。結果は100手で渡辺名人が勝利し、今期七番勝負の成績を3勝1敗としました。

本局は斎藤八段の先手番から、今シリーズ初の相掛かりとなります。駒組みが一段落した51手目に斎藤八段が▲3五歩と仕掛けました。△同歩に▲3四歩と打って、後手の銀の動きを打診します。対して△2二銀と引いてくれれば4筋が薄くなるので▲4四歩と突きやすくなりますし、また引かせた銀の働きも弱めることが出来そうです。

■名人があえて香を取らせる驚きの構想を披露

ところが渡辺名人は歩を打たれてからわずか5分の考慮で△同銀と取りました。これは▲1一角成と香を取りつつ、馬を作ることが出来ます。先手がものすごく得をしているようで、普通は考えにくい順ですが、類似の香取らせは第1局でも渡辺名人が見せた順でした。第1局の時は香を取ったことで斎藤八段が形勢を損ねたとされましたが、本局はどうでしょうか。▲1一角成△3三桂▲1二馬という進行は、この瞬間、先手の馬の働きが弱くなっています。しかし香得の実利も無視はできません。

以下数手進んで封じ手に。1日明けて開封された封じ手は▲8八香。先ほど取った香を生かす一着です。これで後手の飛車は自陣に戻ることが出来ません。さらに先手は敵陣の馬を金と刺し違え、奪った金を使って、後手の飛車を捕獲することに成功しました。

ですが直後に打たれた76手目△3六金が意外な好手です。▲同銀△同歩は後手が好調なので、斎藤八段は▲3八銀とかわしますが、△4五桂▲同桂△同銀で後手の攻めが止まらなくなりました。しかし守りの銀を使っての攻めなので、先手も▲2三飛成という大きな手順を指すことが出来ます。竜と飛車で後手玉を挟んでの攻めは、なかなか受けにくそうとも思えます。

■守りの銀が攻めに大活躍

渡辺名人は自玉に構わず、△4六桂と両取りに打ちました。▲6八玉に△3八桂成▲同金と銀桂交換し、続けて打った△4六銀打が理外の好手でした。△4六銀と進出できる個所に敢えて銀を打ったわけですが、4五の地点に銀を残すことで、のちに△5六銀と出ることを見越しています。この銀出は先手玉に圧力をかけるだけではなく、後手玉の脱出を阻む5六の歩を取ることで、攻防の一着となっています。実際にこの△5六銀が指されてから、ほどなくして斎藤八段の投了となりました。1日目の△3四同銀が指されたのが54手目で、以下80手目の△4五同銀、92手目の△5六銀と本来は守りの駒だった銀が敵陣に進出して、先手玉の死命を制することになりました。

これでシリーズのスコアは渡辺名人の3勝1敗となりました。名人から見て○○●○というスコアで第5局を迎えるのは過去に7例ありますが、その全てが名人の防衛で、しかも7回のうち5回が第5局で決着となっています。

相崎修司(将棋情報局)

理外の応酬で3勝目を挙げた渡辺名人(提供:日本将棋連盟)
理外の応酬で3勝目を挙げた渡辺名人(提供:日本将棋連盟)