マツダの2シーターライトウェイトスポーツカー「ロードスター」に至高の1台が登場した。同モデルの最軽量グレード「S」をベースとし、さらなる軽量化と専用のチューニングを施した特別仕様車の「990S」だ。乗ってみたらとにかく最高だったので、詳報したい。
最軽量グレードをさらに軽く
初代ロードスター(NA型)が登場したのは1989年のこと。現行型の4代目(ND型)は2015年デビューで、直近では2021年12月に商品改良を受けた。このタイミングで追加となったのが990Sだ。
ロードスターの原点である「軽さによる楽しさ」を追求した最軽量グレード「S」(車重990kg)をベースに、バネ下重量のさらなる低減を図り、それに合わせて足回りやエンジンをチューニングした990S。「人馬一体」の走りを極めたという乗り味はどうなのか、伊豆山中のワインディングで思い切り楽しんでみた。
990Sのベースとなる「S」はロードスターで最も価格の安いグレードだが、装備を省いただけの単純な廉価モデルというわけではない。車重を落とすことにより、初代NA型のように「ヒラヒラ感」のある軽快な走りを実現するためのグレードだ。軽量化のため、フロア下にある「ブレース」と呼ばれる補強パーツとリアのアンチロールバー、リミテッドスリップディファレンシャル、遮音材などを取り外した構成になっている。
990Sでは、軽さと軽やかさをさらに突き詰めた。足回りでは「RAYS」製の鍛造16インチアルミホイール「RAYS ZE40 RS」を採用。1本あたり800g、4本で合計3.2kgの軽量化を達成している。さらにフロントブレーキには「ブレンボ」製の大径ベンチレーテッドディスクと同社製の対抗4ピストンキャリパーを組み合わせてストッピングパワーを強化。加えて電動パワステとエンジン制御に専用のセッティングを施し、前ダブルウィッシュボーン、後マルチリンクのサスペンションはコイルスプリングを硬く、ダンパーの伸び側をより動きやすくする方向のチューニングを行っている。
搭載するエンジンは1.5L直列4気筒DOHC16バルブの「P5-VP[RS]型」。最高出力97kW(132PS)/7,000rpm、最大トルク152Nmを発生する自然吸気の直噴エンジンで、トランスミッションは6速MTのみだ。
「KPC」による抜群の走り
990Sの走りでトピックとなるのは、今回の商品改良でロードスター全車に標準装備となった新技術「キネマティック・ポスチャー・コントロール」(Kinematic Posture Control=KPC)だ。マツダ操安性能開発部の梅津大輔氏によると、「ロードスターらしい日常域での軽快感あふれる走りはそのままに、さらに車速やGが高い領域でも、ロードスターを意のままに走らせる楽しさを存分に味わっていただきたい」との意向からKPCを開発したそうだ。
「キネマティック」とは「(幾何学の)運動学」のこと。KPCは運動学に基づいた車体姿勢の制御技術だといえる。具体的には、リアサスペンションの前後方向の支点が後輪の車軸より高い位置にあることによって、ブレーキング時に車体を引き下げる「アンチリフト力」が発生するというロードスターのサス構造の特性を最大限にいかして、Gが強めにかかるようなコーナリング時に、リアの内側のタイヤにわずかに制動力を与えることで、旋回中に車体の浮きを抑制し、自然に安定した姿勢を保つという技術である。説明すると長くなるけれど、乗ってみればすぐにわかるとのことだったので、早速、伊豆スカイラインに990Sの鼻先を向けた。
結論からいうと、「素晴らしい」のひとことだ。試乗コースは大小のコーナーが連続し、さらにアップダウンが激しいので、左右だけでなく上下のGがボディに容赦なくかかってくる。そんなコースでKPCの効果が最もよくわかったのが、空に向かって登るような角度から水平に斜度を変えるカーブでコーナリングを行う場面。こんなコーナーにブレーキングとシフトダウンを行いながらちょっと速めのスピードで飛び込むと、通常ならリア内側がリフトしている感覚がお尻に伝わってくるものだが、KPCを搭載した990Sはリアの左右のグリップ感を失わないまま、安定した姿勢でしれっと旋回しきってしまう。そのためドライバーの安心感が高く、クリッピングポイントをすぎてアクセルペダルを踏み始めるタイミングが早くなる。これが「素晴らしい」感覚なのだ。
「地面に吸い付く」ようなコーナリングを楽しみながら走っていると、990Sのもうひとつの美点が伝わってきた。乗り心地がとてもいいのだ。コース上にはイン側に赤いゼブラが引かれたコーナーが多く、通過すると結構な勢いで「ゴトゴト」という感覚がボディに伝わってくるのだけれど、乗り比べのために後で乗ったKPCなしの「S」と比べてみると、明らかにショックの量が少ない。走行後にスタッフに確認してみると、ダンパーの伸び側が少し柔らかめに専用チューンされているので、その効果でしょう、とのこと。納得である。
さらに990Sを讃えると、自然吸気の1.5Lは7,500rpmのレッドゾーン近くまで気持ちよく回るし、中回転あたりからはディファレンシャルとボディが共振する構造になっていて、スポーツエンジンらしい太めの快音が楽しめる。また6速のマニュアルミッションは、手応えのあるショートストロークでシフティングができるので、アドレナリンが少しばかり多めに出ているスポーツ走行時には、確実にシフト作業をしている実感があってこれもいいのだ。
シンプルなハイバックシートはGがかかる場面でもホールド感が良好。オルガン式アクセルペダルは、慣れた人なら「ヒール&トウ」を決めることができる。このクルマなら閉めて走ることのほうが少ないだろうと想像できるダークブルーの幌は、車内からでも片手で開閉できるので使いやすい。走り出すと、回転するホイールの隙間から、キャリパーにブルーで書かれたブレンボのロゴが浮き上がって見えるところも素敵だ。
NDモデルの販売状況としては、これまでは50代を中心に40代以上が85%を占めていたそうだが、デビュー後の990Sに限っては30代以下が28%と大きな構成比になっていて、若いドライバーにも受け入れられているという。値段は289.3万円と300万円を切っているが、乗れば価格以上の価値がしっかりと感じられる。そんなマツダのこだわりがユーザーにも伝わり、990Sが幅広い世代に認められたのだろう。
ついでにいうと、軽量スポーツカーは燃費も悪くない。クルマ好きの大半はそのうち電動車に乗り換えることになると思うが、その前にぜひ、990Sをお試しあれ、である。