「出向」という言葉は、ドラマなどでたびたび耳にした経験がある人も少なくないはずです。ただ、その意味をしっかりと理解できておらず、「左遷されてしまうということ?」「そもそも派遣や転勤とはどう違うの?」などと思う人もいることでしょう。

そこで本記事では、出向の意味や読み方を紹介します。また、出向と混同しがちな派遣や異動、左遷との違いや出向に伴う給与や保険に関する情報もまとめました。

  • 出向とは

    出向について、派遣との違いや英語表現を知りましょう

出向の意味と読み方とは

出向とは、一般的には「業務命令によって、他の会社や役所の仕事につくこと」を意味しています。読み方は「しゅっこう」です。

「企業間人事異動」とも言われ、出向後は出向先の会社に従って業務を行うことになります。出向先はグループ会社や子会社であるケースが多く、出向先と出向元の間に紹介料などは発生しません。

出向のメリット

ここでは、出向を命じた出向元と出向をすることになった出向社員、そして出向社員を受けいれる出向先にとってのそれぞれのメリットをまとめました。

出向社員のメリット

  • 他の会社や業種を経験でき、その後のキャリアに活かせる
  • 新たな人脈を作ることができる

出向社員の最大のメリットは、他の会社の文化や異業種の仕事に触れられる点でしょう。これまでとは違った視点で仕事に取り組めますし、異なる価値観を持った上司や同僚と出会えるチャンスがあります。

出向元のメリット

  • 雇用を維持しつつ、一時的な余剰人員を他社で活用できる
  • 他社や他業種のノウハウが得られる

出向元のメリットとしては、解雇者を出さずに手元に余ってしまっている人材を他社に送れることです。期間を定めて、ゆくゆくは出向先企業から出向元に戻ってくることを前提にした「在籍型出向」ならば、他社のノウハウを吸収することも可能です。

出向先のメリット

  • 即戦力となる人材を確保できる

出向先のメリットとしては、採用コストをかけずに優秀な人材を獲得できる点があげられます。

出向のデメリット

一方で出向にはデメリットも伴います。出向社員と出向元、出向先のそれぞれにおけるデメリットをまとめました。

出向社員のデメリット

  • 不慣れな仕事や新たな職場環境になじめず、ストレスが増大する

未知の職種や知らない人だらけの新たな職場で仕事をするということは、かなりのストレスを要します。それだけに出向元は、人選に慎重を期す必要があります。

出向元のデメリット

  • 一時的なマンパワー不足に陥る

スタートアップの子会社(出向先)に出向元企業となる親会社から人材を出向させる場合、経験豊富なベテラン社員を投入することで子会社が劇的な成長を遂げられるかもしれません。ただ、出向元からすれば優秀な社員がいなくなってしまうため、一時的なリソース不足に陥ってしまいます。

出向先のデメリット

  • 出向社員を長期的な戦力として見込めない

在籍型出向で出向先に来た出向社員は、いずれ出向元へと戻っていくことが前提となっています。出向社員が短期的な業績アップやリソース不足解消には貢献してくれるかもしれませんが、中長期的な戦力として見込むことは難しいでしょう。

  • 出向とは

    出向のメリットやデメリットとは?

在籍型出向と転籍型出向の違い

出向には上述の「在籍型出向」と「転籍型出向」の2種類があります。この2つの特徴をご紹介します。

一般的に「出向」と言われるのは在籍型出向を指します。出向元に籍を残したまま出向先で働くため、出向元と出向先の2社と同時に雇用契約を結ぶ形の出向です。出向期間が終われば出向元に戻ることが前提となっており、キャリア形成や人事戦略、企業間交流目的で行われるケースが多いです。

一方の転籍型出向は出向元との雇用契約は解消され、出向先と新しく雇用契約を行います。出向元との関係は切れてしまうため帰任することは想定されておらず、実質的には転職と同じ状況です。転籍型出向は雇用契約も出向先に譲渡されるので、雇用調整目的で行われるケースが多くなります。

出向の類語と意味の違い

出向と混同しがちな言葉に「派遣」「左遷」などがあります。ここでは一つひとつを細かく紹介していきます。

出向と派遣の違い

出向と派遣の一番大きな違いは「実際に働く会社との雇用契約の有無」です。一般的な在籍型出向は出向先と出向元、2つの会社と雇用契約を結びますが、派遣は雇用契約を結ぶのはあくまでも派遣元の会社のみ。派遣先で業務命令に従って働くものの、雇用関係は発生しないのです。

派遣では1日~短期の契約もありますが、出向では年単位の契約になるケースが多くなる点も違いと言えるでしょう。

また、派遣は「労働者派遣事業」の認可を受けていないと行えません。「目的が『キャリア形成』『人事戦略』などに当てはまらない」「出向先で雇用契約を結ばない」などの場合は法律違反となってしまいますので、自分でも出向するときには条件や目的を確認するようにしましょう。

出向と異動の違い

異動とは、組織の中で職員の配置や地位、勤務状態を変えることです。ある人物を同一企業内の経理部から営業部へと配置転換させるといったケースが一例です。そのため、勤務先や勤務地はこれまでと変わらないのが一般的です。

「就業する企業の変化の有無」が出向と異動の違いと言えるでしょう。

出向と転勤の違い

一般的な転勤とは、自社の別の勤務地への異動をさします。すなわち、就業する企業は変わらず、実際に働く勤務地が変わります。

異動と同様、「就業する企業の変化の有無」が出向と転勤の違いと言えるでしょう。ただし、異動と異なり、転勤の場合は勤務地が変わります。

出向と左遷の違い

左遷とは、地位や待遇が悪くなる人事異動のことを指します。一方で出向には「低い地位に落とす」という意味合いは含まれていません。ここに違いがあります。

降格人事や本社ではポストを用意できないなどの目的で出向を行う場合、社員本人に大きな不利益が生じたり、業務上の必要性がないと判断されたりすると出向は無効になる可能性があります。

  • 出向と派遣・転籍・左遷の違い

    出向と派遣の違いは?

出向時の給与や保険

出向する際に誰しも気になるものの、聞きづらいのが「労働条件や給与は変化するのか」という点です。出向ではどのように給与が払われるのか、保険などはどうなるのかを確認しておきましょう。

労働条件

労働条件は出向元、出向先のどちらの会社のものを適用するかを2社間で相談して取り決めます。そのため、どちらの労働条件が適用されるかはケースバイケースです。

一般的には労働に直接関わる部分(始業時刻や終業時刻・残業・休日など)は出向先企業の就業規則に、直接関わらない部分(定年・退職金・昇給など)は出向元企業の就業規則に従うことが多いようです。

給与

出向者の給与を出向先と出向元、どちらが払うかに関する規定はありません。給与は「労働に対する対価」という側面から「出向先が給与を全額負担する」というケースや「出向元が給与を負担したうえで、出向先が出向元に給与分の何割かを支払う」などのケースがあります。

出向した際の給与額がいくらになるのかは、給与部分に関して出向元・出向先どちらの労働条件が適用されるかによって異なります。

健康保険と厚生年金保険

健康保険や厚生年金保険は「給与を払う企業」が負担します。出向元が給与を全額支払っているのであれば出向元が、出向先が給与を全額支払っているのであれば出向先が健康保険と厚生年金保険を負担します。

出向先と出向元のどちらも給与を払っているパターンでは、原則として支払い額の多い方が健康保険と厚生年金保険を全額負担します。

雇用保険

雇用保険は在籍型出向ならば「主に給与を支払う側」での適用になります。給与を出向先と出向元で負担しあっていれば、より多くを負担している側が雇用保険を負担します。

  • 出向契約すると給与や保険はどうなる

    出向元・出向先どちらの労働条件が適用されるかは場合によって異なります

出向先と出向元がもらえる助成金とは

経営の悪化した企業が従業員の雇用維持を目的として在籍型出向を行う場合、厚生労働省から助成金を得られる可能性があります。

産業雇用安定助成金

産業雇用安定助成金とは、コロナ禍の影響で事業の縮小を一時的に行わざるを得ない企業が、在籍型出向を活用して従業員の雇用を維持する場合に助成する制度です。

助成対象は出向元と出向先の両方であり、出向先や出向元が行う教育訓練や賃金、調整経費などの一部の負担が軽くなります。

  • 新型コロナウイルスを原因とした事業規模縮小であること
  • 出向期間終了後は元の企業に戻ることが前提
  • 出向先で別の人を離職させたり、さらに出向したりさせていないこと

などの条件を満たした会社が対象です。

雇用調整助成金

雇用調整助成金は、経済上の理由で事業活動を縮小せざるを得ない企業が、従業員の雇用の維持を目的として休業や出向などを行った場合に助成を行う制度です。コロナ禍の影響を受け、特例措置として助成率や上限額の引き上げ、申請の簡略化が行われています。助成対象は出向元です。

従来は雇用保険に入っている労働者のみ、出向は「3カ月以上1年以内」に復帰するものが対象とされていましたが、特例措置期間中は雇用保険に入っていない人や、1カ月以上1年以内に帰任する出向も対象となっています。

  • 出向先・出向元には助成金が出ることも

    雇用維持を目的として出向を行うと、助成金がもらえる可能性があります

出向の英語表現

出向を英語で表現すると、「出向する」が「on loan」、「出向」が「temporary transfer」となります。loanは融資の「ローン」と同じ単語で、「貸し出す」という動詞です。

  • In order to get to know the field, he was ordered to be loaned to a subsidiary.(現場を知るため、彼は子会社への出向を命じられた)

  • As the business environment deteriorated, some employees had to be temporarily transferred to other companies.(事業環境の悪化に伴い、一時的に出向しなければならない社員も出てきた)

  • 出向は英語で「loan」

    「出向する」は「loan」と英訳します


出向は派遣とよく似た形態の働き方ですが、出向先・出向元の2重の雇用関係を結ぶ、あるいは出向先とだけ雇用関係を結ぶという点において異なっています。また給料の支払いなどにおいても違いがあり、派遣の場合は派遣元が給料を支払いますが、出向はどこが給料を払うかは決まっていません。

出向にはメリットも多く、若手が現場を経験したり企業間の交流のために行われたりするケースもあります。出向者に選ばれても「左遷されてしまうんだ」と必ずしも悲観的になる必要はないと覚えておきましょう。