今年の大晦日も井岡一翔(志成)は、リングに上がる。ジェルウィン・アンカハス(フィリピン)との王座統一戦は流れるも、日本人ランカー福永亮次(角海老宝石)を相手にタイトル防衛戦を行なうことになったのだ。
井岡と福永の間には、キャリアと実力において大きな開きがある。大方の予想は早いラウンドでの井岡のKO圧勝だ。それでも、この一戦は魅力を秘める。「エリート」対「叩き上げ」─。35歳にして世界初挑戦を果たす福永亮次とは、どんな男なのか?
■突如、舞い込んだチャンス
「王座統一戦が中止になった時はとても複雑な気持ちでしたが、いろいろと考えた結果、今年も大晦日に闘うことを決めました。こんな状況の中で試合ができることに感謝します。やるからには全力で挑み、皆さんに何かを感じてもらえる試合をして必ず勝ちます」(井岡一翔)
大晦日まで15日と迫った12月16日の午後、電撃発表がなされた。
一度は中止となったWBO世界スーパー・フライ級王者・井岡一翔の試合が、対戦相手を代えて行われることになったのだ。日時/12月31日、場所/東京・大田区総合体育館は変わらず。
当初、井岡はIBF世界同級王者ジェルウィン・アンカハス(フィリピン)との王座統一戦を大晦日に行うことが決まっていた。ところが、思わぬ事態に直面する。新型コロナウィルスのオミクロン株の流入を防ぐため、日本政府が外国人の入国を原則禁止とした。そのためアンカハスが来日できなくなり、試合が中止となったのだ。
しかし、その直後から動きがあった。
井岡の10度目となる大晦日ファイトを何とか実現させたい主催者サイドが、WBOのランキングに名を連ねている日本人選手にオファーをかけたのである。その男が、ランキング6位、WBOアジアパシフィック&日本同級王者でもある福永亮次。
実は、福永は来年早々に試合を行うことが決まっていた。1月15日、東京・後楽園ホールでの中村祐斗(市野)戦。この試合をキャンセルせねばならないハードルはあったが、以前から井岡戦を熱望していた福永にとっては絶好のチャンス。中村サイドも理解を示し今回の試合が決まった。
福永はれっきとした世界ランカーであり、王座に挑戦する資格のある選手。しかし正直なところ、井岡との実力差は大きい。図式としては先日、東京・両国国技館で行われた井上尚弥(大橋)vs.アラン・ディパエン(タイ)に近く、井岡にとっては「調整試合」の色彩が濃い。
それでも個人的には面白いマッチメイクだと感じている。スター街道を邁進してきた「エリート・チャンプ」と、コアなボクシングファン以外にはほとんど名を知られていない「叩き上げの挑戦者」の対決だからだ。
福永亮次とは、どんな男なのか─。
■奇襲作戦はあるか?
中学卒業後、15歳から地元・大阪で型枠職人の仕事をしていた福永が、ふと見つけたエディ・タウンゼントボクシングジムに入門したのは25歳の時だった。プロを目指しボクシングを始めるには、ちょっと遅い年齢だ。それまでにアマチュアでの経験があるわけでもなかった。 ここでボクシングを基礎から学び、26歳でプロテスト合格、27歳で初試合。デビュー戦は負けてしまった。28歳で上京し一度はボクシングから離れる。それでもリングへの未練があった。
宮田ジムに入り、再びリングに上がる。この頃、福永のファイトスタイルは大きく変わった。スパーリング重視の練習でファイター化しKOの山を築き始めたのだ。そして2016年スーパー・フライ級全日本新人王に輝いた。30歳の時である。
その後、角海老宝石ジムに移籍。昨年2月にフローイラン・サルダール(フィリピン)を7ラウンドTKOで破りWBOアジアパシフィック王座を獲得、12月には中川健太(三迫)に10ラウンドTKOで勝利しOPBF(アジア太平洋)と日本のチャンピオンベルトも腰に巻いた。
これまでの戦績は、15勝(14KO)4敗。軽量級にもかかわらず驚異のKO率を誇っている。サウスポーで現在35歳、それにして粗削りだが一発を秘める魅力的なボクサーだ。
「大晦日までに完璧に仕上げます。人生を賭けて、人生を変えます」
井岡との対戦が決定した直後、福永はそうコメントした。
世界2階級を制した井岡弘樹を叔父に持ち、アマチュア時代から多大な注目を浴びてきた一翔は、プロ7戦目で世界を制したエリート。対して福永は「遅咲き」「叩き上げ」の雑草で、戦歴、ボクシングの技術においても井岡に遠く及ばない。それでも彼には意地がある。
では、福永は3歳年下の格上王者にいかに挑むのか?
まともに対峙しては勝てない。ならば、奇襲に出るのではないか。試合開始早々に持ち味であるパンチ力をフルに活かそう。12ラウンドを闘うスタミナなど考慮せず、井岡がリズムを掴む前に一気に攻め込むのだ。ここで一発のクリーンヒットを得られれば倒すチャンスを作り出せるかもしれない。急ではあるがせっかくの機会だ、普通に試合をして負けるのはもったいない。ここはギャンブルに出て欲しい、「叩き上げ」の意地の奇襲が見たい。
井岡は、こうも言った。
「大晦日を盛り上げたい! 誰もが胸を熱くするような試合をしたい」
だが、井岡が予想通りのKO圧勝をすれば、それは「やっぱりな」の予定調和でありファンの気持ちを熱く焦がすことはない。
この一戦に求められるのは、福永の戦法と意地と覚悟だ。
大晦日、奇跡は起こるのか─。
文/近藤隆夫