わたしたち人間は、「嫌な気持ち」や「不安な気持ち」を感じ、モヤモヤを抱えながら生きています。もちろん、いつどんなときも幸せな気持ちで生きられれば最高ですが、脳になんらかの刺激を受けて生きる限り、ネガティブな感情から逃れることはできません。

  • あなたの「不安な気持ち」は生理現象。不安を感じたら、脳をだましてみるといい /脳科学者・中野信子

「嫌な気持ち」や「不安な気持ち」はどうして沸き起こるのか、そして、どう向き合うべきなのか—。脳科学者の中野信子さんの解説です。

■「嫌な気持ち」は、危険を知らせるアラート機能

わたしたちは生まれつき、脳に快い刺激を受けると「これは好き」、不快な刺激を受けると「これは嫌だ」という気持ちが生じるようになっています。

そして、この性質に従い、本能的に「嫌な気持ち」を感じるときがあります。例えば腐った食べものを見ると、わたしたちは嫌な気持ちになって思わず目をそむけます。もしこのとき、嫌な気持ちを感じなければ、それを食べて自らの体を危険にさらしてしまうかもしれません。

このように、有害なものから自分を遠ざけるために、嫌な気持ちを感じさせる仕組みがわたしたちには備わっているのです。

「嫌な気持ち」は、人間にとって消すことができない性質のものです。同様の性質はほかの生物にも見られますが、自らの生存にとって妨げになるものを避けるための、基本的な防衛反応のひとつなのです。

逆にいえば、嫌な気持ちをごまかして見ないふりをしていると、重大な危険を避けられなくなるでしょう。

「嫌な気持ち」は、人間の生存にとって危険なものを避けるためのアラート機能であり、大切な感情のひとつです。

■「不安」とは、生理現象である

「嫌な気持ち」と同様に、「不安な気持ち」もわたしたちにつきまとうものです。

わたしたちが感じる不安な気持ちは、実は生理現象として生じる面があります。トイレに行きたくなったり、お腹が空いたり、空気が乾燥すると肌がかさついたりするのと同じくらい自然な現象です。

忘れがちですが、脳も体の一部なので、生理現象はふつうに起こります。日光をあまり浴びなかったり、運動が不足したりして体内のセロトニン(※)のバランスが少し変わるだけで、不安になってしまうのです。

こう考えると、たとえ気分が落ち込んでも、「最近ずっと部屋にこもっていたからセロトニン不足なんだな」「日照時間が減っているからだ」と、自分の状態を冷静に観察することができます。

逆に、落ち込んでいるときに無理に元気を出そうとしても、それでセロトニンが増えるわけではないため、余計に自分をダメに感じてつらくなるでしょう。「ただ生理的に不安になっているだけ」という事実を、まず自分で理解する必要があるのです。

人間は、脳もホルモンも自在にコントロールできるわけではありません。不安な気持ちを感じるのは確かに不快ですが、深刻に考えるのではなく、あくまで生理現象だととらえると、気持ちを落ち着かせることができます。

※セロトニン  精神を安定させる働きを持つ神経伝達物質。ストレスなどが原因で不足すると、精神の安定が保てず、うつ病や不眠症などを引き起こす

■自分の不安を、冷静に「腑分け」する

不安は生理現象だと書きましたが、そう簡単にはとらえられない人もいると思います。不安を解消できずにため込んでしまうと、日々の行動にも影響が出てしまいます。

そんなときは、まず自分の不安を「腑分け」してみることをおすすめします。「この不安はどこからくるものだろう?」と、いま感じている不安を一歩引いた目で見つめて、原因や理由を探してみるのです。

例えば、人前で話すのが不得意なのにイベントで登壇しなければならなかったり、馬の合わない人のところへ営業に行かなければならなかったり…。社会人なら、自分が苦手な人が上司になるケースもありますよね。

不安を分析するのは快い行為ではありませんが、思いきって一つひとつ対処の方法を考えていくと、ものごとは少しずつ前進します。苦手な人が上司になったとしても、リモートワークならそれほど嫌な思いをせずに働けるかもしれないし、部署異動の希望を出してもいい。転職という方法もあるでしょう。

これは、不安に押しつぶされそうになっている人ですら、案外やっていないことかもしれません。不安なときは、まず不安を「腑分け」して、自分なりにやれることをやっていく。問題が一気に解決しなくても、そんな行動ができること自体、すでに不安から一歩足を踏み出している証拠なのです。

■まわりに振り回されて不快にならないために

不安な気持ちに対処するには、不安は生理現象だと知ったうえで、自分の不快感がなるべく減る方向へ進むように自分にあった戦略を決めることが重要です。

それこそ、「まわりの人や情報に振り回される」といっても、みんなについていくのが嫌な人もいれば、「振り回される」のをむしろ心地よく感じる人もいます。新しいものやサービスが現れたらすぐに体験して、「これはアリだな」「これはハズレだったな」というように、時代の流れに積極的に乗っていくのが好きなタイプの人もいるでしょう。

まわりからは「振り回されている」ように見えても、本人にとっては、自分の気持ちに従った主体的な行動かもしれません。

あくまで人それぞれであり、自分にとって気持ちいいほうの行動はどちらなのかを見極める感覚を大切にしましょう。

ポイントは、どんな状態が自分にとって「振り回されて不快」かを知ることです。避けるのか、不快感を減らすよう行動するのか、あえて不快を引き受けるのか—不快をどう扱うかの戦略は自分で決めていいということ。

まわりの人や環境に流されずにいたいのに、「でもやっぱりみんなに合わせておいたほうがいいかな…」と、自分が気持ちよくないほうへとばかり、無理をして進んでいたら、いつまでも不安が消えないのは、仕方のないことかもしれません。

■不安を感じたら「できるかもしれない!」と脳をだます

「できると思ったらできる」とよくいわれます。

これは案外理にかなっていて、脳はだまされやすい性質があるため、ある程度の根拠があれば、自分に都合のいいように脳に思い込ませることは可能です。

これを、「ラベリング効果」といい、もともとは他者に対してラベル(レッテル)を貼ると、その人がラベルどおりの行動をしたり、性質を持ったりするようになるという理論からきています。

そこで、不安に囚われたときは、これを自分に対して行ってみるのも手です。不安を感じるようなことに対して、「意外とできるかもしれない」「むしろ得意かもしれない!」と考えると、まず気持ちが落ち着いていきます。

気持ちが落ち着いている状態ゆえ、本来の力を発揮しやすくもなります。結果がさほど悪くなければ、少しずつ自信を持つこともできるでしょう。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 写真/川しまゆうこ

※今コラムは、『脳を整える 感情に振り回されない生き方』(プレジデント社)より抜粋し構成したものです。