コロナ禍により一時的に数が減っているものの、着実に数を増す外国人観光客と労働者。十分な通訳者を確保できない地方自治体はその対応に四苦八苦している。そんな中、長野県中野市が導入したのが、映像通訳サービス「みえる通訳」だ。

  • 長野県中野市が導入した映像通訳サービス「みえる通訳」

オペレーターがオンラインで通訳を行う「みえる通訳」

グローバル化が進む中で、日本に在住する外国人の数は増加の一途をたどっている。その傾向は地方都市にまで及んでおり、外国の方でも安心して暮らせる街づくりはもはや大都市圏だけの問題ではなくなっている。

だが、地方都市はその人口に比例して、外国語を話せる人材の数も減少する。英語だけならばまだしも、その他の言語の通訳者となると周辺地域においても一人も存在しないことも珍しくない。

近年はAIを用いた機械翻訳の精度も飛躍的に向上し、簡単な会話は可能になっている。しかし、各言語特有のニュアンス、各国の制度に基づいた用語、文化的な背景などを踏まえた機微なやり取りを翻訳できるまでは至っていないのが現状だ。

こういった悩みにこたえるべく、NTT東日本とテリロジーサービスウェアは映像通訳サービス「みえる通訳」を提供している。これは、スマートフォンやタブレットを利用し、テレビ電話形式でオペレーターがリアルタイムで通訳を行うサービス。13カ国語の通訳のほか、日本手話の通訳にも対応しており、外国人や聴覚障がい者の方と円滑なコミュニケーションが可能となる。

企業や小売店の窓口、交通機関、宿泊・観光施設、医療施設、行政機関などさまざまな場所で活躍しているこの「みえる通訳」を、地方自治体が導入した一例が、長野県中野市だ。導入の経緯と効果について、中野市役所 総務部 政策情報課の金井友也氏、梅田一海氏、そしてテリロジーサービスウェアの中田氏に伺ってみたい。

スピード感を持ったICTの導入を進める中野市

長野県北東部に位置する中野市は、きのこやりんごなどの豊かな農産物、郷土玩具「中野土人形」、光学機器メーカー「コシナ」などが知られる、北信州の中心都市。2018年には新庁舎が開庁し、庁内端末の無線化、AIによる議事録作成支援システムの導入が行われた。

  • 2018年に開庁した中野市の新庁舎

2021年に五か年計画を策定し、DX推進に関する方針を示すとともに、業務系システムへのRPA導入や地域各所への公衆無線LAN敷設なども実施。さらに、VRを使った農業・観光体験や、公認Vtuber「信州なかの」による動画配信も行うなど、若い世代の活動も活発だ。2022年度からは電子契約も導入される予定だという。

  • VRデバイスを使い、きのこ工場やりんご畑、日本土人形資料館などを見学できる

キノコ類の栽培が盛んであり、"えのきだけ"全国1位の生産量を誇る中野市には、中国からの農業技術研修生も頻繁に来訪するという。また市内の学校にはブラジル系の住民も多いそうだ。だが地域にそういった方々に対応できる通訳者は少ない。同市はその対応のためにAIによる機械翻訳を導入したが、課題解決には至らなかった。

「以前は、AIを使った音声翻訳アプリを窓口に置き、外国人のみなさまに話しかけていただいていました。ですが正直なところ、会話の効率は決して良いものではなく、あまり使われていなかったというのが実情です。やはりAIでは細かな通訳が難しく、タイムリーでスムーズな会話を実現できなかったのです」(中野市役所 金井氏)。

  • 中野市 総務部 政策情報課 情報統計係 主任主事 金井友也氏

コロナ禍のワクチン接種に大きな課題

在留外国人とのコミュニケーションに課題を抱える中、2020年から新型コロナウイルス感染症が流行。そして2021年、中野市役所でも新型コロナワクチンの集団接種がスタートする。そんな状況にあった4月に、日ごろからやり取りのあるNTT東日本から偶然「良いサービスがあります、ワクチン接種の対応にも利用してみてはいかがですか?」と提案されたのが「みえる通訳」だったという。

  • NTT東日本 長野支店 第一ビジネスイノベーション部の當田桃花氏

「『みえる通訳』を初めて使ったときは、非常にシンプルなソリューションだという印象を受けました。言語を選んでタップすれば通訳の方がパッと画面に出てきてくれて、すぐに通訳可能な状態になります。ICTを利用するのが得意な人でなくても使うことができて、操作感が非常に良いと感じました」(中野市役所 金井氏)。

  • 「みえる通訳」の使い方は、通訳を希望する言語のアイコンを押すだけ

  • 通訳者と接続された画面。自己映像や相手映像を表示しないよう設定することも可能

庁内に好印象を残した「みえる通訳」はそのまま採用に向けての手続きが進み、8月2日には実運用がスタートした。「みえる通訳」のシンプルな仕組み、NTT東日本とテリロジーサービスウェアの対応力、そしてなによりも中野市の決断・実行力が、わずか4カ月足らずという迅速な導入を実現したと言えるだろう。

「コロナワクチン集団接種のタイミングに合致したのはたまたまですが、結果的に最適な時期に導入できたかなと思います。あくまで接種までのご案内に利用するものですので、当市では『ライトプラン』を選択しました。医療機関では医療専門用語に対応できる『医療通訳プラン』のほうが良いでしょうね」(中野市役所 金井氏)。

ワクチン接種の現場では、通訳を必要とする外国人に「みえる通訳」が入ったタブレット端末を手渡し、通訳の人を挟みながら職員や医師とやり取りを行ってもらっているそうだ。そして接種が終わったら、受付でタブレット端末を返却する。

テリロジーサービスウェアの中田氏は、「もともとはインバウンドの対応を目的として、『みえる通訳』を開発した」と話す。長野県内ではアルピコ交通、志賀高原プリンスホテル、上田市の観光案内所などで導入されているという。だが、コロナ禍の影響でインバウンドは下火となり、主な対象を在留外国人にシフトチェンジ。自治体や医療機関、金融機関などへの提案を増やしているそうだ。

「やはりみなさまが心配されるのは応答率です。『みえる通訳』は通訳のリクエストに対して15秒以内に応答することをKPI(重要業績評価指標)としていまして、現在この達成率は98%で推移しています。インバウンドが回復するに伴い、今後は利用率も上がっていくでしょうから、それに応じてコールセンターや人数の拡張を図り、95%以上のKPIを維持していきたいと思います」(テリロジーサービスウェア 中田氏)。

  • テリロジーサービスウェア 多言語ソリューショングループ 中田氏

安心感のある、デジタルとアナログを融合したサービス

こうして中野市役所に導入された「みえる通訳」。導入したばかりで市内でもそれほど周知が進んでおらず、まだ利用頻度こそ決して高くないが、その評判は上々だ。

「現在は市役所の総合窓口案内に設置し、必要に応じて関係部署の職員に取り次ぐ形で運用していますが、福祉部門や子育て部門からも導入してほしいという声が上がっています。『言葉が通じないので、対応できないかもしれない』という職員の不安も和らぎますし、安心して本来の業務に専念できるようになるでしょう。使っている技術はデジタルですが、やっていることはアナログだからこそ、安心感があるのだと感じました」(中野市役所 金井氏)。

  • 「みえる通訳」用のタブレット端末は総合窓口案内に設置されている

「育児や教育関係の相談業務では外国の方もお子さん連れで来庁されますから、『通訳の方が来るまでお待ちください』と、長時間お待たせすることもなかなかできません。また、他の部署でも通訳が必要だった場合は、やはりお待ちいただくことになってしまいます。そういったときにも必要なだけ通訳をお願いできる『みえる通訳』は非常に便利だなと感じているところです」(中野市役所 梅田氏)。

  • 中野市 総務部 政策情報課 情報統計係 主事 梅田一海氏

さらにその利便性の高さから、庁内ではさまざまな活用のアイデアが生まれているという。例えば議会の傍聴などに利用し、市政を広く住民に伝えられるようにするという案もあるそうだ。

「『ライトプラン』『スタンダードプラン』には日本手話の通訳も含まれていますので、外国の方のみならず、聴覚に障害をお持ちの方にも対応できます。突発的に通訳が必要になってもすぐに通訳者を呼べるわけではありませんし、ちょっとした応対のたびにお願いしていては費用もかさんでしまいますから、非常に使い勝手が良いと思います」(中野市役所 金井氏)。

「みえる通訳」は、テレビ電話を繫いだ先で人が直接通訳を行うという、デジタルとアナログを融合したサービスといえる。人と人が直接コミュニケーションを行うがゆえに、さまざまな状況に対応できるのは大きな強みといえそうだ。梅田氏、金井氏は最後に、自治体という立場から見た「みえる通訳」のメリットについて話した。

「小さな自治体では通訳の方の数自体が少ないですし、大きな自治体では逆に通訳の方が足りないという状況が発生しがちだと思います。それぞれの環境において、フレキシブルに活用できるのが『みえる通訳』の良さだと思います」(中野市役所 梅田氏)。

「中野市は『みえる通訳』によって在留外国人の方の細かな要望に応えられるようになり、日本のみなさまと同様の行政サービスを提供できる環境が整ったかなと感じます。新型コロナウイルス対応やワクチン接種は、しばらく自治体の大きな課題となるでしょう。そういった対応に追われる自治体は一度使ってみても良いのではないかと思います」(中野市役所 金井氏)。